22.囚われて
「やめっ……んむっ……」
エレナは男の一人に口を塞がれた。その瞬間、カルロッタは必死にエレナを庇おうとするが、力の差は歴然だった。
「ちょっと、あなたたち何者だい?」
(畑の近くには、騎士の訓練場があるわ。大声を出せば誰か気づいてくれるかもしれないわ)
カルロッタが、大きく口を開けた瞬間、後ろから伸びてきた腕がカルロッタの口を塞いだ。
「んぐっ……!」
(しまった)
あっと思った時には、背後から布が頭に被せられた。その拍子にカルロッタが持っていた苺の入った籠が地面に落ちた。
「静かに歩け。騒げば……わかっているな」
低い声とともに、苺は踏みつぶされて、二人は引きずられるように連れ去られた。
視界が閉ざされたまま歩くのは足元が心許なくて、カルロッタは何度もよろけそうになる。男がカルロッタの背後にいるようで、歩みが遅くなると、背中を押されて、カルロッタは慌てて足を動かした。カルロッタには、どの方角に向かっているのかさえわからない。
(エレナは大丈夫かしら? 乱暴に扱われていないのが幸いだけれど、一体何者なのかしら?)
カルロッタは、注意深く耳を澄ませて、周囲の音を拾うことに集中することにした。けれど、男たちは声を発することなく、欲しい情報が入ってこない。布を被せられているせいか、外の音は鮮明に聞こえず、心臓の音がバクバクと強く響いていた。
しばらく歩かされて、聞こえてきたのは低く、くぐもった声だった。
「止まれ」
カルロッタは神経を研ぎ澄まして、周囲の音に耳を傾ける。
ざっ、ざっと、男たちが土を踏む音がする。
そうして音に集中していると、馬が鼻を鳴らす低い息づかいを感じた。
(馬……、ということは厩舎の近くかしら? それとも、公爵家に出入りする業者が使う道かしら?)
カルロッタは腕を掴まれたまま、荷台へと押し上げられた。
「急げ」
短い声とともに、荷台の後ろが閉じられた。
木の板がぎしりと鳴り、身体がゆっくりと揺れ始める。カルロッタは自分が荷馬車に乗せられたことに気づいた。
「きゃ」
小さく漏れて聞こえた声はエレナの物で、カルロッタは声がした方へ手探りで身体を寄せ、エレナの手を探し当て、ギュッと握った。震える手でエレナも握り返してくれる。
(どこに連れていかれるのかしら?)
荷台全体が揺れて、振動が身体に伝わってくる。
エレナと二人身を寄せ合い荷台の端に座っていると、カルロッタの耳に、男たちの声が聞こえてきた。
「おい、余計なのまで連れてきちまったぞ」
「あの状況ならば、仕方ないだろう」
「それで、このばばあが癒しの魔女なのかよ?」
「ああ、そうだ。急がねば」
(まあ、なんてことだい。狙われたのは私だったなんて……エレナだけは何があっても守らなければ)
今のカルロッタにできるのは、エレナの手を離さないことだけだった。大丈夫かと尋ねるように時折ギュッと手を握ると、エレナは握り返してくれる。
そうしてお尻が痛くなってきた頃、馬車が停止した。
男たちの気配が遠ざかったのを確認したカルロッタは、そっと、頭に被せられている布の端を指でつまみ、わずかに持ち上げた。そこは想像通り荷馬車の中で、荷馬車の中は、藁の塊やたくさんの野菜が乗せられている。
(助けを呼ぶにもここがどこかわからないわ。何か役に立つ物はないかしら)
カルロッタがポケットに手を入れると、手に感触があった。
(あら、これは苺だわ)
公爵邸の庭で育てていたのは早咲きの苺で、市場ではまだ苺は流通していない時期なのだ。だからもしかしたら、苺を見つけた誰かが気づいてくれるかもしれないという思いを込めて、カルロッタは、苺を荷馬車の隙間から落とした。
そしてカルロッタは、荷馬車に積んであるリンゴをポケットに入れていった。そこまでして、隣に座っているエレナの耳元に顔を寄せてカルロッタは言った。
「エレナ、あなたは私が絶対に守るわ」
それからすぐに男たちの声が聞こえてきて、カルロッタは布を下げて、エレナの隣に腰かけた。そしてギュッとエレナの手を握りしめる。
カルロッタとエレナは荷馬車を降りさせられて、そのままどこかに連れていかれた。途中で、どこか室内に入ったことしかわからなかった。それからしばらく歩くと、鍵の束をいじるカチャカチャという音の後に、扉を開けるギギギッという音が聞こえてきた。
「止まれ」
その低い声が反響して聞こえたことで、カルロッタはこの場所が密室なのではないかとあたりをつける。
(ここはどこなのよ)
布をはぎ取られたカルロッタが見たのは、木造の簡易的なベッドの置いてある部屋だった。
「入れ」
背中を押されたカルロッタとエレナが中に入ったのを確認し、男は立ち去った。
「エレナ、無事かい?」
カルロッタはエレナの頭の先から足の先まで何度も視線を行ったり来たりさせて確認した。
「ぶ、無事ですわ」
血の気の引いた顔でそう言ったエレナをカルロッタは抱きしめた。
「無事でよかったわ」
「カルロッタさんも大丈夫ですか?」
「ええ、私はなんともないわ」
カルロッタとエレナはお互いの無事を確認した後、改めて今自分たちが立っているこの場所を見渡した。
「誰かが暮らしていた部屋みたいだね」
カルロッタの言う通り、その部屋にはベッドに寝具、机や椅子まで置いてあった。室内は薄く埃が積もっているものの、鉄格子の窓さえなければ、普通の部屋のようだった。
「確かに、生活感のある部屋ですね」
カルロッタが部屋にある棚を開けると、そこには本が数十冊並んでいた。引き出しには、筆記用具やろうそく、コップや手拭いなど、生活に必要な物が一通り揃えられている。
「それで、ここは一体どこなんだろうね」
「恐らく……ここは伯爵家の屋敷ではないでしょうか」
「伯爵家?」
「はい、先ほどの男の剣に家紋が彫られていたのが見えたんです」
「家紋……」
「はい、花嫁始業の一環で、貴族の家紋に目を通したことがあります。貴族家はそれぞれ、自らの領地を守る騎士団を持っていて、それぞれ家紋を刻んだ剣を使っています」
エレナの情報が正しければ、ここは伯爵家の屋敷の部屋ということになる。
(伯爵家……エレナをいじめていた主犯格は伯爵夫人だったし、私の家まで来てしつこかったのも伯爵家の人だったわ。なんだか因縁を感じるわね)
気持ちを切り替えるように、カルロッタは小さく息を吐いた。
「ふぅ……さてと、まずはこのお部屋を過ごしやすくしましょう」
笑って腕まくりをしたカルロッタに、エレナの不安で揺れていた瞳が止まった。
「カルロッタさん……」
「部屋の乱れは心の乱れ。だから部屋は綺麗が一番なのよ」
さっき見つけた手拭いを使い、できる範囲で掃除をしていく。
「エレナ、ベッドで休んでちょうだい」
「え? でもわたくしだけ休むなんて」
「一人の体じゃないのだし、休める時に休んでおきなさい」
「わかりました」
横になるように勧めたカルロッタは、ベッドの端に腰かけた。
「私が側にいる限り、大丈夫よ。何かあったら起こすから眠りなさい」
「……はい……少し、寝ます」
(緊張状態が続いていたからエレナは相当疲れているはずよ)
カルロッタは窓の外に視線をやった。
鉄格子の窓の外には大きな木が茂っていて、外の景色は確認できないものの、光が漏れていて、今が夕方であることがわかる。
(いつも畑に行っても夕暮れより前に屋敷に戻っていたから、どんなに遅くてもそろそろ私とエレナがいなくなっていることに誰か気づいているはずよ)




