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「熟女が熟女に転生してどうするのよ!何もできません」と言いつつ、痛快熟女がお悩み解決   作者: 藤井


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20/23

20.努力

 毎日、至れり尽くせりで、穏やかな時間が過ぎていた、その日。


「ねえ、エレナ、向こう側は何があるんだい?」


 カルロッタが指さす先は、いつも散歩している道とは逆方向だった。


「あちらは、使用人の宿舎、それに訓練場と厩舎、あとは畑もありますよ」


 畑と言う単語にカルロッタが反応する。


「行ってみてもいいかしら?」

「もちろんです。ただ華やかな物はありませんよ?」

「畑と聞いたら、見たくなっちゃって。私一人で行ってくるわよ」

「大丈夫ですか?」

「もちろんよ、少し見たら戻るわ」


 エレナに手を振り、カルロッタは畑があるという方向へと歩き出した。

 公爵家の敷地はとても広く、カルロッタが歩く道は花は植えられていないものの、整備されて歩きやすい道だ。


(さすが公爵家ね。隅々まで管理が行き届いているわ)


 使用人の宿舎の隣を通り過ぎ、しばらく歩いて行くと、畑が広がっていた。


「まあ、まあ、まあ、これは立派だこと」


 たくさんの畝があり、色とりどりの野菜が植えられている。美しい畑にカルロッタの視線は釘付けだ。家庭菜園が趣味のカルロッタは、畑に吸い寄せられるようにして近づいて行った。


 野菜の種類、植え方、見ているだけで楽しく時間が過ぎて行く。


「あら、やだ、もうお日様があんなに高いところにあるわ」


 体感では少しでも、思ったより長い時間しゃがんでいたようで、体がギシギシだ。カルロッタは立ち上がると、スカートの裾についた土を手ではらい、グッと伸びをした。


(下ばかり見ていたから首が疲れたわね)


 そうして首をぐるりと回した瞬間、カルロッタの視界の端で動く物があった。

 木々の合間を縫うようにして見え隠れしているのは、揺れて動く赤い髪だった。


「あれは……レベッカだわ」


 カルロッタは、茂みの間からレベッカの姿を伺った。

 そこは騎士の訓練場のようで、レベッカの額は汗で光っていた。こめかみを伝う汗を苦にする様子もなく、黙々と剣を振っている。じっとその姿を見ていると、カルロッタはあることに気づいた。


(レベッカ……泣いているわ)


 声をかけようか一瞬迷ったが、人気のないところで泣いているのだから、誰にも見られたくないのではないのかもしれない。そう判断し、そっとその場を離れようとしたカルロッタだが、レベッカは、剣を振るのをやめ、こちらを見ていた。


「誰ですか?」


 茂みの中から、顔を出せば、レベッカはひどく驚いた様子だ。


「え? カルロッタさん?」

「畑があると聞いてこっちまで来てみたのよ。邪魔してごめんなさいね」


 手拭いで汗を拭うレベッカは、涙の跡を隠すように笑った。


「いえ……ただ剣を振っていただけですから」


 レベッカは使い込まれた剣を、軽く一振りして鞘に納めて深いため息を吐いた。

 胸の奥から吐かれた重たいため息に、カルロッタは一歩距離を詰めレベッカの顔を覗き込んだ。


「レベッカ? 大丈夫かい?」

「……大丈夫……じゃないです」

「よかったら、話聞こうか?」


 力なく笑うレベッカは、目元だけは潤んでいて、カルロッタはそっとレベッカの肩に手を置いた。


 騎士の訓練場にある、丸太に二人で並んで腰かけると、レベッカは小さく呟いた。


「私……全然ダメなんです」

「ダメってなにがだい?」

「あの日、ジョナスと別れたあの日からずっと、オーラを使いこなせるようになるために鍛錬しているのですが、思ったように使えるようにならないのです。父や兄にも指導してもらったのに、全然できなくて。Sランクと認められて、近衛騎士団に入れるかもしれないと夢見ていたのに、完璧にオーラを使うことができたのはあの日だけでした」


 レベッカが、オーラを使ったあの日、重い木製の扉を豆腐を切るようにスパンと切ったのをカルロッタはよく覚えていた。


「それで、昨日は騎士団の昇格テストの日で、試験を受けてきたのですが……全然ダメでした」


 手のひらを開いたり閉じたりしながら、グッと歯を食いしばるレベッカの瞳からは今にも涙が溢れそうだった。


(頑張っていただけに、評価されなかった時は辛いわよね)


「努力が実る瞬間って、ある日突然くるものだよ。レベッカはその手前にいるだけだと私は思うよ」

「手前……」

「そう、結果が追い付いていないだけで、レベッカの努力は確かに積み重なっているよ」


 溢れ出る涙を手の甲で拭うレベッカだけれど、涙は止まらなかった。


「……私、悔しくて……ジョナスに浮気されて振られて、自分は魅力がないだって、そう思って。でも、私には剣があるって思えたんです。それなのに、その剣さえも中途半端で、オーラだって思ったように使えなくて、もっと、ちゃんとした自分になりたいのに、頑張っても、頑張っても、成果が出なくて……っ……」


 カルロッタは、肩を震わせるレベッカの背中をそっと撫でた。


(努力が報われない時は辛いものだわ。結果が出ない時こそ、伸びしろが一番大きい時だったりするのだけれど、それは後にならないと気づくことはできないのよね)


「焦らなくて大丈夫だよ。レベッカのペースで進んでいいと思うわよ。私は剣術のことは詳しくわからないけれど、レベッカの努力は、誰よりも強くて美しいわ」

「カルロッタさん……」


 レベッカはグッと顔を上げて、空を見上げた。


「私、頑張ります」

「無理は禁物よ」

「はい!」


 元気な返事と共にレベッカは立ち上がると、鞘から剣を抜いて、両手で構えた。


「カルロッタさん、今の私を見ていてください」


 そう言ってレベッカは一度目を瞑り、開いた。


「はあああああ!」


 大きな声と共に、レベッカは力の限り剣を一振り。

 すると、剣が光ってカルロッタは目を大きく開いた。


(ちゃんとオーラが見えるけれど、だめなのかしら?)


 そう尋ねようとした瞬間、剣は光を失った。


「私は、どんなに集中しても一瞬しかオーラを出すことができないのです」


 先ほどのレベッカの肩に力が入っている姿にカルロッタは首をかしげる。


(剣と包丁じゃ違うかもしれないけれど、オーラを使う時は力はいらないわ。私の場合、大事なのはイメージ。硬いかぼちゃも、軟らかい豆腐も、どんな風に料理したいかを考えて、肩の力を抜いていつも通りに料理しただけだわ。アドバイスできるような経験もないけど、一つだけ伝えよう)


「レベッカ、剣のことはわからないけど、もっと肩の力を抜いてみてもいいかもしれないわよ」

「力を抜くですか?」

「そう、ほら、力を入れていると呼吸も浅くなって疲れるじゃない?」

「……確かに」


 深呼吸したレベッカは、軽く剣を握って立っている。


「あら、いいじゃない。余裕があるのに隙がなくてかっこいいわ」

「楽な姿勢ですが、言われてみると疲れなくていいかもしれません」

「無駄な力を抜いて、リラックスして、緊張をほどくのよ。とにかくいいイメージで、レベッカなら自然体でも軽々剣が扱えるのだから、自信をもって……まあ、素人の意見だから参考になるかはわからないけれどね」


 カルロッタが言い終わらないうちに、レベッカの指先がわずかに震えた。

 その瞬間、空気が静まり、光がゆっくりと剣を包んでいく。


「……あら、綺麗なオーラね」


 さっきよりも白く、眩しいほどの光にカルロッタは目を細める。剣を握っているレベッカは目を見開いて剣を凝視していた。


「……オーラが消えない?」

「うん、光っているわよ。綺麗ね」


 ニコニコと笑うカルロッタを見た後、レベッカは茫然としたまま、訓練用の藁の束に向かい剣を斜めに振り下ろした。


 斜めに走った光が、藁の束を切り裂き、藁がぱらりと舞った。

 切り口は驚くほど滑らかだ。


「で、できました!」


 レベッカの笑顔が一気に明るく弾けた。

 それを見たカルロッタも優しさがにじむように、柔らかく微笑んだ。


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