18.公爵家
公爵家に到着したカルロッタは、応接室へと案内された。
そこは以前カルロッタが泊まらせてもらった部屋で、中にはメイドのサラの姿があった。
「カルロッタ様、こんにちは」
背筋を伸ばして丁寧に頭を下げるサラに、カルロッタは微笑んだ。
「久しぶりね、サラちゃん。元気にしていたかい?」
「はい」
「エレナの様子はどうだい?」
「食欲がないようで、今はお休みになられています」
(そういえば、妊娠中はやたらと眠くなるのよね)
カルロッタは、持ってきたかぼちゃケーキの入った籠をテーブルの上にそっと置いた。
「じゃあ、エレナが起きたら教えてくれる?」
「かしこまりました」
ソファに腰を下ろしたカルロッタは、背もたれに体を預けて大きく息を吐いた。
「はぁ、今日はよく動いたわね」
(朝から来客続きで、走ったり、馬に乗ったり、さすがに疲れたわ)
カルロッタが首をまわすと、首からゴリゴリと音が聞こえてくる。
その様子を見ていたサラが、部屋の隅に置いていたティーセットを運んできた。
「カルロッタ様、お茶はいかがでしょうか?」
サラの言葉に、カルロッタの瞳が輝いた。
「まあ、ありがとう。ちょうど喉が渇いていたところだったのよ」
「準備いたします」
サラが動く様子をニコニコして見守るカルロッタだが、頭の中では今日の出来事が巡っていた。
(癒しの魔女だなんて……あの二人組、お行儀の悪い子供みたいな困ったさんだったわね。あの調子じゃ、また家に来そうだし、悩ましいわ)
「うーん」
渋い顔で唸っているカルロッタに、サラは首を傾げる。
「カルロッタ様、お茶が入りました」
「ありがとうね。いただくわ」
カルロッタはお茶を一口飲み、ふぅ……と長い息を吐いた。
「カルロッタ様お疲れのご様子ですね。もしよかったら肩をおもみいたしましょうか?」
サラの申し出に、カルロッタは思わず目を丸くした。
「まあ、悪いわよ。サラちゃんにそんなことさせられないわ」
「私、少しでもカルロッタさんのお力になれたらと思って……、それに優しさは巡って自分に返ってくるのですから」
控えめに微笑みながらそう言ったサラにカルロッタは、口元をほころばせ、目尻を柔らかく下げた。
「じゃあ、お願いしていいかい?」
「はい。私、肩もみ得意です」
カルロッタの背後に回ったサラが、肩に触れた瞬間。
「そこ、そこよ! 気持ちがいいわ」
サラは慣れた手つきで肩をほぐしていく。
(得意と言うだけあって、本当に上手だわ)
「随分と張っていますね」
「そうなのよ。今日は朝からバタバタしていたし、あんなに走ったのも久しぶりだったし、馬にも乗ったのよ」
「馬に乗られたのですか?」
「ええ、公爵様に助けてもらってねぇ」
「……何かあったのですか?」
肩を揉んでもらいながら目を瞑って今日の出来事を順を追って話していく。噂のこと、噂のせいで朝から来客が絶えなかったこと、そして、最後に来た二人組の男のことを話していった。
「そうそう、その二人組の男がしつこくてね」
「それは、一日大変でございましたね」
「もう疲れちゃって、あの男の子たち、伯爵家の人間みたいだったわ」
そう言った瞬間、今までずっと動いていたサラの手が止まった。
「……は、伯爵家、でございますか?」
「そうみたいよ。伯爵夫人が、癒しの魔女を屋敷に招きたいと言っているんですって」
「そ、そんな……」
震えるサラの声に気づいたカルロッタは、後ろを振り向いた。サラは、まるで血の気が引いたように真っ青な顔をしていた。
「サラちゃん……どうしたの?」
問いかけるとサラは、自らの体をぎゅっと両腕で抱え込む。サラの目には不安が滲んでいた。
(サラちゃんのこの様子、ただごとじゃないわね)
「サラちゃん?」
「どうか、どうか気を付けてください」
その言葉にカルロッタは静かに息を吸った。そして、そっとサラの手に触れた。
「心配してくれてありがとうね。私は簡単に捕まらないわよ。それに、公爵様もついているから大丈夫よ」
「……本当に気を付けてください」
カルロッタがニッコリ笑うと、サラは少しだけ肩の力が抜けたようだ。
それから、エレナが目を覚ましたと言う知らせを受けたカルロッタは、かぼちゃケーキを手に持ってエレナの元へ向かった。
ベッドに横になっているエレナは、まだ少しぼんやりしているものの、顔色もよく元気な様子だ。
「エレナ、おめでとう!」
「カルロッタさん?」
カルロッタがここにいることに驚いた様子のエレナは、慌ててベッドから降りようと身を乗り出す。そんなエレナをカルロッタは手で制した。
「そのままでいいわよ。体調はどうだい?」
「……お腹は空いているんですけど、食べたら気持ち悪くて」
「それは辛いわね」
「いえ、元気なんですけれど、みんな病人のように扱うので、困っているぐらいです」
まだ膨らんでいないお腹を撫でながら、エレナは苦笑していた。
「それで、その……お願いがあります」
「どうしたんだい?」」
「カルロッタさんお手製のかぼちゃケーキなら食べられそうで、お時間がある時に作っていただけませんか?」
カルロッタは持ってきたかぼちゃケーキをエレナに差し出した。
「はい、どうぞ」
「え?」
ぽかんと口を開けたエレナは、籠の中を確認する。
「かぼちゃケーキ……どうして?」
「フフフ、実はね、公爵様が家まで来たのよ」
「ロイドが、カルロッタさんの家にですか?」
「ええ、エレナがつわりで、かぼちゃケーキなら食べられるかもしれないから作って欲しいって。わざわざ材料まで持って、自分で来られたわよ」
「自分で……」
「愛されているわね」
驚いたように目をパチクリさせていたエレナだったけれど、次の瞬間、頬を赤らめながら照れくさそうに笑った。
「嬉しいです」
「そりゃあ、よかったよ。今、食べられそうかい?」
「はい。食べたいです」
「無理せずにね」
側で控えていたサラは、ケーキを受け取り、お皿に盛り付けていく。ふんわりと甘いにおいを漂わせるかぼちゃケーキに、エレナは勢いよくフォークを入れた。
「いただきます!」
「召し上がれ。でも気持ち悪いと思ったら遠慮せずに言うんだよ」
エレナはかぼちゃケーキを口に入れると、もぐもぐと咀嚼する。
「……おいしい! やっぱりカルロッタさんのかぼちゃケーキは最高です」
「気持ち悪くないかい?」
「はい。これならたくさん食べられそうです」
「公爵家の料理人にレシピを教えておくよ。ちょっとした隠し味がポイントだからね」
「ありがとうございます」
安心させるような笑みを浮かべるカルロッタに、エレナも穏やかな表情だ。
「今日はね、公爵様に助けてもらって、ここまで一緒に馬に乗せてもらったのよ」
「助けてってことは……何かあったのですか?」
「実はね」
そう言ってカルロッタは、エレナに今日の出来事を話して聞かせた。
「やっぱり、癒しの魔女はカルロッタさんことだったのですね」
「うーん、確証はないんだけれどねえ、どうやらそうらしいと今日実感したわ。それでね、何人も朝から人が来たのだけれど、最後に来たしつこい二人組が伯爵家の人みたいだったわ」
話が進むにつれて、エレナの表情は曇っていく。
「伯爵家がカルロッタさんを?」
「そうみたいね。だから公爵様が、しばらく公爵家に身を寄せてはどうかと言ってくれたの」
「ぜひ、そうしてください」
「迷惑じゃないかしら?」
「もちろんです! ずっとここにいてほしいほどです」
そう言って微笑むエレナの言葉に、カルロッタは内心でホッとしていた。
(伯爵夫人のところの二人組の男、あまりお行儀が良さそうではなかったし、一人で家にいるのは怖かったのよね)
「しばらくお世話になるわね」




