17.癒しの魔女
ロイドを見送ったカルロッタは、エプロンをつけて、さっそくかぼちゃケーキを作り始めた。
しかし、かぼちゃケーキを作っている間も来客は止まずに、カルロッタは眉をひそめる。居留守を使っているものの、火を使ったため煙突から煙が出ているし、かぼちゃの甘い匂いが外に漏れていることだろう。
(きっと居留守を使っているのがばれているわね)
手はいつも通り動いているものの、意識は外へと向かってしまう。それでも外野を無視したカルロッタはかぼちゃケーキを作っていった。
ドンドンと扉を叩く音に、びくりと肩が跳ねる。今度の客はしつこく、ノックの音が鳴りやまなかった。あまりのしつこさにカルロッタは、そっと扉に近づいて隙間から外の様子を伺った。
玄関前には二人の男が立っていた。
「おい、魔女はいないのか?」
「出てきませんね。でもさっきからいい匂いがしてくるから、中にいますよ、これは」
(やっぱり居留守を使っていることがばれているわね。もう、面倒だけれど出るしかないわね)
カルロッタはエプロンで濡れた手を拭い、扉を開けた。
そこには二人の男が立っている。
一人は騎士の服を着た強面の男で、もう一人は線の細い執事の服を着た若い男だった。
「失礼します。森のマダム、癒しの魔女様でございますね?」
執事服の男は、注意深くカルロッタの様子を伺いながらそう言った。
「違います。私はただの」
カルロッタの言葉を遮るように、強面の騎士が一歩前に出る。
「とぼけなくていい。調べはついてんだ」
腕を組んで偉ぶるその姿と威圧的な言い方に、カルロッタは内心でため息を吐いた。
(あらあら、これは面倒なタイプだわ)
ニコリと笑ったカルロッタは、まるで駄々をこねる子供をあやすような柔らかい声で言った。
「まあまあ、そんなに怖い顔をしないでくださいな。私は魔女じゃありませんよ。ただのおばさんです」
その余裕のある穏やかな笑みに、執事服の男は目を見張った。しかし、強面の騎士は、射るようなまなざしでカルロッタを睨んだ。
「とぼけるな。お前は黙ってついてくればいいんだ」
「困ったわね。そんなこと急に言われても」
困ったように眉を寄せて、首を傾げるカルロッタに執事の男が一歩前に出て告げた。
「我が主が、癒しの魔女様をお呼びです。ご同行ください」
「ごめんなさいね、私は魔女じゃないの。それに今、ケーキを焼いているところで忙しいのよ」
カルロッタがきっぱりと断った。
その瞬間、強面の騎士のこめかみに青筋が浮き出る。
「くそばばあ、こっちが大人しくしてれば調子に乗りやがって」
荒々しくそう言った騎士の口を、執事の男が片手で塞いだ。
「……失礼しました。お許しください、マダム」
そう言って一礼した、執事服の男はそっとカルロッタの耳元で囁いた。
「伯爵夫人であるルイーザ様が、癒しの魔女様を屋敷に招きたいそうです」
(伯爵夫人ですって? 会ったこともないわよ)
驚きに目を見開いたカルロッタに、執事の男は一歩下がって一礼した。そして、むくれてそっぽを向いた騎士は、腕を組んでむすっとしている。
(しつこい男達だわ。一旦、退却しましょう)
カルロッタは、はっと目を見開くと、ポンっと手のひらに拳を当てた。
「あら、大変。ケーキが焦げてしまうわ」
そう言ってまだ帰る様子のない二人を置いて、慌てて部屋に入った。
(困ったわね。それにしても伯爵夫人……確か、エレナをいじめていた人じゃなかったかしら?)
玄関の鍵をかけたカルロッタは台所へと戻る。
オーブンを覗くと焼き上がりまでもう少しかかりそうだった。
カルロッタは忍び足で玄関の前まで戻ると、扉に耳をつけて聞き耳を立てた。外に意識を集中すると話声が聞こえてくる。
「連れて帰らないと俺らが怒られるぞ」
「そうだな」
「無理やりでも連れていこうぜ」
「返答次第だな」
「俺が一発殴って大人しくさせるぜ」
「最後の手段だな」
二人の会話を聞いていたカルロッタは、血の気が引いていくのを感じた。
(なんて物騒なことを言うんだい)
息を殺して扉から離れたカルロッタは、オーブンの中を覗く。
「焼けたわ」
かぼちゃケーキを包み籠に入れる。そして、カルロッタは深く息を吸い、気持ちを落ち着かせた。
(ここにいるのは危ないわ。こっそりと裏口から出るしかないわね)
窓からそっと外を覗けば、玄関前には男たちがいるのが見える。
頭巾を深く被り、部屋の中を忍び足で移動して、そっと裏口へ続く扉を開けた。
(いないわね。今しかないわ)
キョロキョロと周囲を見渡して、頭巾を頭に被ったカルロッタは外に出た。そして足音を殺しながら森の小道を進む。遠回りになるけれど、森の中を抜ければ街へ出ることができるのだ。
森を抜けて馬車乗り場を目指して走り出した。
「はぁ、はぁ……」
走り出して、ほんの数分でカルロッタの息が上がっている。
(こんなにすぐに疲れるなんて……)
「ぜぇ、ぜぇ……く、苦しいわ」
(膝も痛むし、完全に運動不足だわ。目標は元気な年寄り、これからはもう少し体を動かすわよ)
立ち止まり肩で息をするカルロッタはそう決意して顔を上げた。
その時、前方から声がした。
「カルロッタさん?」
カルロッタが頭巾を少し持ち上げて前方を確認すると、馬に跨ったロイドがこちらを凝視していた。
「これからお宅に行こうと思っていたのだが……どうしたのだ? その恰好は」
息を整えたカルロッタは、姿勢を正した。
「実は、来客が多くて……居留守を使ったものの、玄関に人がいて裏口から出てきたんです」
カルロッタが事情を話すと、ロイドは険しい顔で頷いた。
「伯爵家の者が来たのか……それでは、しばらく公爵家に身を寄せてはどうだろうか?」
「いいのですか?」
「もちろんだ。エレナも喜ぶ」
馬から降りたロイドは、スッとカルロッタに手を差し出す。
「手を」
「え? む、無理ですよ。私はとても重いんです。本当に、とっても」
カルロッタ自身、自分がぽっちゃりしている部類に入ると自覚があるのだから、持ち上げるのは大変だろうと大きく首を振る。
そんなカルロッタに構わず、ロイドは手を差し伸べたままだった。
「大丈夫だ」
(多分、無理だわ。私は本当の重いのに、どうしましょう)
「エレナの倍は重いですわよ」
「問題ない」
(ここまで言って引き下がらないなんて、こうなったら……なるようにしかならないわね)
カルロッタはそっと手を差し出す。
ロイドはその手を軽く握り引き寄せた。そしてカルロッタの身体を支え、そのまま馬の背へと持ち上げた。
「ひゃー」
カルロッタの小さな悲鳴を聞いたロイドは、フッと微笑み馬にまたがった。ロイドはおろおろとするカルロッタをすっぽりと包み込むように後ろから手綱を持つ。
「掴まっていてくれ。行くぞ」
「わ、わかりました」
(馬の上ってこんなに高さがあるものなのね。地面を見たらダメだわ。いっそのこと目を瞑っておくのもいいかもしれない)
かぼちゃケーキの入った籠を握りしめて頭巾を深く被り、目を閉じるカルロッタに気づいたロイドは、音を立てずに静かに笑った。
馬が歩き出すと、風が頬を撫でる。
頭巾の端がふわりと揺れて、カルロッタは目を開いた。
(あら……気持ちがいいわね)
最初は怖かった揺れる馬の上だけれど、少しずつ周囲を見る余裕が出てきた。
「あなたが来てくれたら、エレナが喜ぶだろう」
「顔を見ておめでとうを伝えたかったから、ちょうどよかったです」
「……もしよければ、公爵家の相談役になってくれないだろうか?」
「相談役って、私はただのおばさんですよ。それに相談役なんて言われなくても、いつでも相談には乗りますよ」
そう言って、朗らかに笑うカルロッタに、ロイドは手綱を操りながら言った。
「公爵家の後ろ盾があったほうがいい」
「え?」
「貴族の中で、癒しの魔女の噂が大きくなっているんだ。公爵家の後ろ盾があれば、手出しする輩は減るだろう」
カルロッタは先ほどの二人組を思い出して、胸の奥がひやりと冷えるのを感じた。
「……俺は、あなたに感謝している。あなたの言葉でエレナは変わった。だから公爵家があなたを守ろう」
その言葉に、カルロッタの胸は温かくなった。
(……なんて優しいんだろうね。こんなに心配してくれるなんて)




