16.訪れる人
から揚げを揚げていたカルロッタは、静かになった玄関に首を傾げる。
「レベッカ、誰が来たんだい?」
その声に、レベッカはハッと我に返ったように、振り向いた。
「い、いえ、その……来客は……ジョナスです」
言葉を濁すレベッカの小さな呟きが聞こえたカルロッタは、鍋の前から玄関の方に顔だけ出す。
驚きと戸惑いが混ざったような顔をしたレベッカの後ろで、小さく会釈をするジョナスの顔が見えた。
(あらまあ、別れた二人が同じ日に訪ねてくるなんて、タイミングがいいのか悪いのか……)
「レベッカ、お客さんを中に通しておくれよ。もう少しでから揚げを揚げ終わるから」
レベッカは一瞬ジョナスを見てから、小さく頷いた。
「……中へ、どうぞ」
ジョナスがぎこちなく頭を下げて、中に入ってくる姿を確認したカルロッタは鍋へと視線を戻す。
「お邪魔します」
その声を聞いたカルロッタは、鍋から目を離さずに明るく言った。
「いらっしゃい。座って待っていておくれ」
「はい」
カルロッタがから揚げを揚げている間、ぼそぼそと二人の話し声が聞こえてくる。
(あの二人、別れたあの日から会ってなかったみたいね……大丈夫かしら?)
カルロッタは、油の中のから揚げをひっくり返しながら、二人の間に流れる微妙な空気を感じ取っていた。
「さあ、できたわよ」
カルロッタはお皿に揚げたてのから揚げを乗せて、テーブル上に置いた。皿に盛られたから揚げは、どれもふっくらと丸く、黄金色に輝いていて、二人の視線はから揚げに釘付けだ。
「ジョナス、待たせちゃったわね」
「いえ、こちらこそ急に訪ねてすみません」
ジョナスは座っていた椅子から立ち上がり、長身を二つに折り曲げてカルロッタに一礼する。
「何か用事かい?」
ジョナスは持ってきた包みをカルロッタに差し出した。
「これはなんだい?」
「プレゼントです」
カルロッタが包みを開けると、リボンの巻かれたコーヒーの瓶が二つ入っていた。
「コーヒーじゃないか。高級品なのに悪いわよ」
「よかったら、貰ってください」
「いいのかい?」
「もちろんです。あと、これもどうぞ」
そう言ってジョナスがくれたのは、クッキーの詰め合わせだった。
「まあまあ、こんなに可愛いクッキーを、いいのかい?」
「コーヒーに合うかと思いまして」
くまやリボン、ハートに星の形をした可愛らしいクッキーの詰め合わせにカルロッタの口元がふわりと緩んだ。
「ありがとうね」
そう言ったカルロッタの横で、レベッカはポツリと呟いた。
「……私は……貰ったことない……」
カルロッタが驚いてレベッカを見ると、レベッカは両手で口元を押さえて自分でも驚いているようだった。
「な、なんでもないです」
(……やきもちかしら?……この二人、お互いにまだ気になっているみたいね)
「ところでジョナスお腹は空いているかい?」
「お腹ですか?」
「そう。ちょうど特製から揚げが揚がったところだから、お昼まだなら食べておいきよ」
ジョナスは返事に迷うような表情をしながら、レベッカをチラリと見た。
「レベッカ、俺がいても嫌じゃないかな?」
言われたレベッカは、困ったようにきゅっと唇を結んだけれど、すぐに口を開いた。
「私は……別にいいわよ」
「決まりね! それじゃあ、レベッカ、食器を出すのを手伝ってくれるかしら?」
「はい」
食卓には、揚げたてのから揚げに、焼きたてのパン、庭で採れた新鮮な野菜で作ったサラダが並ぶ。
「さあ、たんとお食べ」
から揚げをひと口食べた瞬間、レベッカの目がまん丸になった。
「……なんですか、これは……美味しすぎてたまりません!」
「そりゃあ、よかったよ」
「最上級に美味しいです!」
「ウフフ、嬉しいこと言ってくれるね」
レベッカの喜ぶ顔を見てカルロッタは口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「レベッカは、相変わらず美味しそうに食べるね」
目を細めて愛しいと言わんばかりの顔をしたジョナスに、レベッカは大きく頷いた。
「美味しそうにじゃなくて、本当に美味しいの! ジョナスも食べてみて、美味しくてビックリするから」
(あら? レベッカはこの甘い視線に気づいていないようね)
ジョナスの視線は、大切な人を見る時のそれで、愛おしさに満ちていた。
大きく口を開けたジョナスが、から揚げを一口で食べる。
「お! 本当だ。うまい!」
「でしょう? 最高でしょう?……って私が作ったわけじゃないけど」
二人の醸し出す空気にカルロッタも頬を緩めた。
「二人とも美味しそうに食べてくれて、作った甲斐があるよ。それにやっぱり、食事はみんなで食べると美味しいし、私も嬉しいよ」
その日の食卓は、二人が別れたことなど感じさせないほど和やかだった。
食事が終わると二人は、片付けまで手伝ってくれた。
「俺までごちそうになり、ありがとうございました」
「ジョナス、プレゼントありがとうね」
カルロッタはジョナスとレベッカを玄関で見送った。
「カルロッタさん、気を付けてくださいね」
「レベッカも、心配ありがとうね。公爵家のみんなにもよろしく伝えてちょうだい」
「はい、失礼します」
「二人とも、またいつでもいらっしゃいね」
玄関から二人に手を振ったカルロッタは、室内に戻る。
先ほどまで賑やかだった室内で、カルロッタは一人静かにテーブルを拭いていく。
「森のマダム……癒しの魔女……やっぱり私のことではないわね」
カルロッタ自身、自分はただのおばさんという自覚がある。人と少し違うことと言えば、オーラが使えるということぐらいなのだから。
それから数日後。
その日は、朝から来客が多かった。
「すみません、こちら森の魔女の家ですか?」
「いえ、違いますよ」
(きっと、例の噂を聞いた人だわ)
一人目を追い返して、しばらくすると二人目のお客がやってくる。
「ごめんください。癒しのマダムはいらっしゃいますか?」
「こちらにはおりませんよ」
(また来たわね)
三人目も四人目も同じような質問をする人がカルロッタの家を訪ねてきた。五人目以降の客には居留守を使ったけれど、噂が広まっていると実感したカルロッタは、どうしたものかと頭を悩ませる。
「こんなに来客が多いと、ゆっくりできないわね」
そう呟いた時だった。
ドンドンと、玄関の扉を叩く音が聞こえてくる。
(また、誰か来たよ。勘弁しておくれよ)
カルロッタはさらなる来客に、居留守を使おうと息をひそめる。
「カルロッタさん、いるか?」
(この声は……知っている声だね)
そっと扉を開けるとそこには、公爵であるロイドが立っていた。
「あら、こんにちは」
「よかった、いたか」
ホッと胸を撫でおろしたロイドは、急いで来たのか汗ばむ額を手の甲で拭っていた。
「どうかされましたか?」
「頼みがあるのだ」
「頼みですか?」
「ああ……実は、エレナが子を授かったのだ」
「まあ、それはおめでとうございます」
嬉しいニュースにカルロッタの顔が綻んだ。
「しかし、つわりがひどく、何を食べても吐いてしまうのだ」
「妊娠初期は、つわりがひどい人は水さえ飲めなくなりますからね」
(懐かしいわね。と言っても私は食べつわりで空腹がダメだったタイプなのだけれど。食べられないのは辛いわね)
「食欲もなくて辛そうなのだが、カルロッタさんの作ったかぼちゃケーキならば食べられそうと言うのだ」
「まあ、それで公爵様がこちらまで来たのですか?」
「エレナの為にできることが俺にはなくて、居ても立ってもいられずに……かぼちゃケーキを作ってもらえないだろうか?」
落ち込むロイドに、カルロッタは優しく微笑んだ。
「わかりました。かぼちゃケーキお作りいたします。ただ、今の時期はかぼちゃが手に入らなくて」
カルロッタが言い終える前に、ロイドは手に持っていた袋を差し出した。
「我が家の料理人に用意させた物だが、足りない物は持ってくる」
中身を確認すると、材料が揃っていた。
「これで作れますわ。夕方には焼き上げます」
「恩に着る。頼んだ」
「おまかせくださいな」
カルロッタがドンと拳で胸を叩いて笑うと、ロイドは深く頷き安堵したように微笑んだ。
「エレナの隣にいてあげてくださいね」
「もちろんだ。感謝する」
そう言ってロイドは足早に帰っていった。




