第十章−10:「前夜祭のような後夜祭」
日付が変わってから──30分ほど経った頃だった。
空気がどこか、ざわめき始めていた。
はじめに気づいたのは、遠くの街角に光る赤と青の看板。コンビニだ。
次に、ふとした交差点の先、ネオンサインが点灯する。
「24時間営業」の文字が、明滅をはじめた。
そのすぐそばに、シャッターの開く音。
飲食チェーンの制服を着た若者が、照明のスイッチを入れている。
──世界が、静かに復活していく音がした。
「……始まったわね」
カナがポツリと呟いた。
声は静かだったが、目元にはかすかに感情の波が立っていた。
「“おかえり”って言うべきかな」春日が少し笑った。
「……どっちかっていうと、“ただいま”って気がする」
カナの声は、どこか懐かしい記憶を引きずるようだった。
遠く、厨房の照明が白く煌めくのが見える。
マニュアルどおりに黙々と揃える店員たち。
その光景に、彼女はほんの少しだけ、目を細めていた。
「ずっとこの日が怖かった。
でも、終わってみれば──
誰かが働くことで、私たちが戻ってくる場所ができてるのよね」
吉田がゆっくりとうなずく。
「皮肉なもんだ。やっと働かなくて済むって思ったのにさ……
“働く場所”の光が、こんなにホッとするなんてな」
春日は黙っていた。
ただ、遠くのコンビニの明かりに目を向けたまま、ふと眉を寄せる。
(……あれ? この光景、前にも……)
記憶の底で、ひとつの情景が揺れた。
──かつて仕事を辞めた直後、
深夜にフラフラと歩いていたとき、明かりのついた店舗に吸い込まれそうになった。
「この明かりの裏に、また誰かがいる」と思ったときに、なぜか涙が出た──
「……思い出した。俺、あのとき──」
春日が呟くと、カナと吉田が視線を向ける。
「……いや、なんでもない」
春日は照れ隠しのように笑って、空を見上げた。
星は、さっきよりも少し薄れていた。
けれど、代わりに街のあちこちに人の気配と光が戻りつつあった。
世界は、ゆっくりと、元の形に戻っていく。
それが本当に「元通り」なのかはわからない。
けれど、何かが一歩、前へ進んだ気がした。
ー「……次の休日が、楽しみですね」
トーコの声が、ふいに春日のスマートフォンから聞こえた。
その言葉に、誰からともなく小さく笑いが漏れる。
そして、3人は、ふたたび歩き出した。




