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第九章−10:「無労働日、その真実」


「……で、もし差し支えなければ、聞かせてもらえないか」


 沈黙の中、神代圭介がゆっくりと言葉を切り出した。


「この“無労働日”という施策について、君たちの率直な意見を……。現場にいて、実際に今日という日を体験した人間の声が、何より必要だと思っている」


 病室に再び静寂が落ちる。吉田が口を開いた。


「……俺は、働いて働いて……何もかも擦り減らして、家族も壊した。だから最初に聞いたときは、こんな日があったら、きっと誰かが救われるって、そう思った。だけど今日の現実は……あんまりにも、準備ができてなかった。誰かが倒れても、助けに行くのが遅れる日って、どうなんですかね」


 神代は黙って聞いていた。


 今度は大町が口を開いた。


「……私は、こういう日があってもいいと思ってました。ほんの少しでも誰かが『休める』ならって。でも、今日の病院は、それどころじゃなかった。制度に振り回される人の姿を何度も見て……やっぱり、まだ“理想”と“現実”の間には距離があるなって」


 マサルはしばし俯いていたが、小さく言った。


「……ボクは……よくわかんないけど。でも、誰かと話せたり、誰かがそばにいてくれたりするだけで、ちょっと安心する……。働いてるかどうかじゃなくて、たぶん……気持ちのことなのかなって思いました」


 神代は、少年の言葉に眼差しを向け、ほんのわずかに頷いた。


 そして、最後に久我が言う。


「……医者としては、今日みたいな日は正直、やりにくい。規則に従うのが仕事だけど、人の命って、制度より軽いものじゃない」


 彼は苦笑気味に目を伏せた。


「皮肉なものだな……。休みのはずが、こんなにも働かされる日になるなんて」


 神代のその言葉を聞いた瞬間、大町が「ぷっ」と吹き出した。


「ちょっ、ちょっと先生……。それ、先生が何度も今日つぶやいてたやつじゃないですか……!」


「えっ……ちょ、やめろって……」


 久我が慌てた表情を見せると、マサルと吉田も思わず吹き出した。


「まさか……そんなに気にしてたんだ?」

「なんか、先生の“口癖”になってる気がします」


 柔らかな笑い声が病室に広がる。どこか張り詰めていた空気が、ようやくほぐれた瞬間だった。


 だが、次の瞬間──


ー「提案があります」


 場の空気に一切影響されない声音で、トーコが口を開いた。


ー「神代圭介氏がこの試験運用について“現場の意見”を求めているのであれば、春日恭平氏および柴田カナ氏の召喚を提案します」


「……あの二人を?」

大町はキョトンとした表情でトーコに視線を向けた。


 神代が目を細めると、トーコは即座に補足した。


ー「春日氏は労働の枠組みに属さない視点から社会の歪みに気づき、自己を通じて無労働日の盲点を示しました。柴田氏は接客業という最前線で長年働いており、現場の感覚と消費者心理の両方を理解しています。いずれも、制度設計には無い要素を拾える適任者です」


「……たしかに、どちらもこの日を象徴する存在だな」

 久我が真顔で呟く。


「まさかあの2人が“代表”扱いされるとは思わなかったけど……でも、それもまた皮肉ですね」

 大町も笑いながら同意する。


ー「召喚手配を進めます。彼らには既に許可済の見学権限があるため、移動の制限はありません」

 トーコはすでに端末へ指令を送っていた。


 神代は、ゆっくりと息を吐きながら天井を見上げた。


「……なら、聞いてみようじゃないか。彼らが今日という日をどう見たのかを」


───


 ──《春日恭平氏および柴田カナ氏、至急、神代圭介氏の病室へお越しください。優先度:高。トーコより》


 春日のスマートフォンから、トーコの機械的な声が響いた。


 「……は?」


 思わず春日は素っ頓狂な声を上げた。待合所のベンチで足を投げ出して座っていたカナも、怪訝そうにスマホ画面を覗き込む。


 「なにそれ、今の……“優先度:高”?どういう基準で?」


 「いや、それ俺が聞きたいわ」


 春日は額に手をやってため息をついた。スマホの画面には、トーコの“観察モード”が起動しており、病室の内部──つまり神代圭介が今いる病室の映像が小さく映し出されていた。


 「……まさか、あの人が俺たちに話を聞きたいって?」


 「私たちになんか語れることあったっけ? ……ていうか、あんたはともかく、私、ただの元カフェ店員よ?」


 「いやいや、カナさんほど“現場”のリアル持ってる人いないって」


 「……うまいこと言って煙に巻こうとしてない?」


 「してないしてない。ただ俺、現場経験ゼロのニート代表として召喚されたっぽいから、もう腹括るしかないかも」


 「ちょっと、それでいくの? 私は“カフェ代表”ってことになるの? それ、なんかダサくない?」


 二人は言葉を交わしながら、病院の長い廊下を歩き始めた。歩調はゆっくりで、足取りには若干の不安と戸惑いが滲んでいた。


 「……でもさ、ほんとになんで私たち? 久我さんや大町さんが直接話せばいいんじゃない?」


 「トーコ曰く、“この日を象徴する人材”らしいよ」


 「は? 象徴……? ちょっと待って、それって皮肉?」


 「皮肉か真面目かは、もう本人に会って確かめよう」


 やがて、病室の前に到着した二人。春日は小さく息を吐き、スマホをポケットにしまう。


 「……よし、突撃してみようか」


 「ちょっと、私まだ心の準備が……あーもう! やけくそだわ、行くしかない!」


 互いに視線を交わし、軽くうなずき合う。春日はノックもせず、いつもの調子でドアを開けた。


 「どうも、ニート代表とカフェ代表でーす。呼ばれたんで、来てみましたー」


 その声に、病室の中にいた神代、久我、大町、吉田、マサル、そしてトーコが振り向いた。


 カナは小声でつぶやいた。


 「なんで、あんたはこういう時に限ってテンション上がるのよ……」


 「緊張すると、こうなるんだよ……俺ってやつは」

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