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第九章−5:「静かな異議」


病室のブラインド越しに、うっすらと茜色が差し込んでいた。

神代圭介は、枕元のタブレット端末に目を向けながら、静かに口を開いた。


「……確認したいことがある。あの少年と、もう一人……父親の面会は、許可されていないのか?」


久我明弘は一拍置いてうなずいた。

「はい。今のところ、IRMAの判断では“少年のみ”の個別面談が適切とされています。父親である男性との接触については――」


「否定か」


神代はそれ以上、言葉を続けなかった。

代わりに、そばにいた大町澪が顔をしかめて前のめりになる。


「おかしいです。事故の当事者が、少なくとも事実関係の把握のために父子と話を希望してるのに、それすらブロックされるのは――どう考えても筋が通らない」


久我が小さくうなずきながら、フォローを入れる。


「IRMAはあくまでマサル君の精神的安全と医療優先を最重視しています。ですが……」


「それでも、全否定で済ませていい話じゃないでしょう!」


大町の声がひときわ鋭く響いた。


「“現場にいた人間”の責任を一方的に切り分けて、親子の再会すらブロックするような管理が“人道的”なんですか?」


彼女は手元の端末に操作を加え、IRMAへの意見申請を直接入力した。

指が止まらない。パネルを叩くその動作すら、普段の彼女には見られない荒さだった。


【大町澪 → IRMA】

要請:吉田圭吾氏の面談許可について再検討を求める

理由:事故当事者である神代圭介の同意・希望、並びに親子間での直接対話による精神的安定促進の観点から

備考:面談に第三者(医療スタッフ・観察AI)の同席を条件とすることで調整可


久我はそっと息を吐き、大町の背を見守っていた。

すると、彼の端末に一件の通知が届く。


【TOCO − 汎用AI観察補助ユニット No.α-28】

通信形式:直通連絡(IRMA経由なし)

対象:久我明弘・大町澪


─────────────────────────

久我医師、大町看護師へ。


本件に関して、IRMAの判断構造にわずかながら不整合が検出されています。

面談可否の判断について、IRMAを介さない非公式な経路での意見交換を希望します。


可能であれば、速やかに中庭通信ポイント(第1病棟裏・職員通路沿い)へ。

会話内容は記録されますが、IRMAに即時共有はされません。


必要であれば、マサル氏の状態および吉田氏の精神的安定に関わる観察記録も提示可能です。


記録:TOCO(汎用AI観察補助ユニット No.α-28)

─────────────────────────


大町が端末の内容を見て、驚きと疑念が混じった表情で久我を見る。


「……トーコが、IRMAを“通さずに話がしたい”って」


久我は少し考え、神代へと視線を移した。


「神代さん、少し席を外しても?」


「構わない。むしろ――早く、あの子たちに会ってやってくれ」


神代のその言葉が、二人の背中を押すのに十分だった。


中庭へと向かうその足取りの中、大町の表情にはまだ怒気が残っていた。

だがそれと同時に、かすかな希望の光も――確かに浮かび始めていた。

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