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第八章−13:「呼びかけた理由」


意識が戻ったとき、天井の白い光がまぶしかった。


「……ここは……病院……?」


声は、喉の奥でくすぶっていた。

出せるかもしれなかった。でも、出していいのかどうかわからなかった。


正確には意識を失っていたというより事故に遭ってからこれまでの記憶がないと言うのが正しいみたいだ。

医師と看護師の会話を聞いていると事故直後からちゃんと意識はあったらしい。


誰に話せばいいのか。

どう言えばいいのか。

その一つひとつを考えているうちに、時間だけが流れていった。


目の前に来た大人たち──白衣の人も、青い服の人も、誰も知らない顔だった。

でも怒っている様子はなかった。優しそうだった。

それでもマサルは、何も話さなかった。


もし間違ったことを言ったら?

何か責められたら?

母がいない理由を訊かれたら?


考えれば考えるほど、言葉は喉の奥で固まっていった。


「大丈夫よ」と言った女性の声に、少しだけ安心した気がした。


その人の顔を見たとき、なんだか、泣きたくなった。

でも泣く理由も、泣いていいのかもわからなかった。


時間が経つにつれて、病院の人たちは優しさを持ち続けてくれた。

だけどその優しさがまた、マサルを「話せない自分」と向き合わせる。


何も言えないまま、何も始まらないまま、ただ時間だけが流れていった。


──そして、その時が来た。


ドアが開く音。聞いたことのある、でも久しく耳にしていなかった足音。


目の前に立つ、その人。

忘れたと思っていたけれど、見た瞬間に思い出した。顔じゃなくて──


空気。


「……お父さん……?」


考える間もなかった。

その言葉だけは、もう止められなかった。


発した瞬間、マサルは初めて、自分がずっと言葉を我慢していたことに気づいた。


ずっと言いたかったんだ。

誰かに呼びかけたかったんだ。

言葉を出していいって、思いたかったんだ。


言葉は、小さくても確かに、世界に届いた。

それが父に届いたとわかったとき、何もかもが少し、ほどけた。


マサルは、泣かなかった。でも、泣きたかった。

心の中では、長いあいだ閉じ込められていた冬が、ゆっくりと溶けはじめていた。

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