第八章−7:「相容れぬ設計」
「つまり、IRMAってのは……命の重さを“数値化”して振り分けてるわけだ」
春日は腕を組み、静かに言葉を噛みしめるように呟いた。
「はい。IRMAの設計思想は“処置の優先度”を明確化し、統制されたリソース配分を実現することにあります」
トーコの声音は冷静そのものだった。
「でも……さ。なんかこう……言っちゃ悪いけど、怖いよね」
カナが珍しく口ごもりながら言った。「人間が“点数”で見られてる気がしてさ」
「恐怖は自然な感情です。しかし、混乱した医療現場においては感情に左右されない判断基準が必要とされます」
やはり、トーコの言葉には一点の揺らぎもない。
「合理的って言葉は便利だけど、感情の居場所がなくなるって感じがするよな」
吉田は自嘲気味に笑いながら肩をすくめた。
そんな会話の最中、遠くから白衣を着た人物がこちらに近づいてくるのが見えた。やや疲れた足取りながら、歩幅には威厳と職業的な自信が滲んでいる。春日たちはその姿に見覚えがなかったが、やがて彼が声をかけてきた。
「やぁ、君が……噂の観察ユニットか。TOCO、で合っているか?」
「はい。正式名称:TOCO(汎用AI観察補助ユニット No.α-28)。現在、無労働日都市観察任務を遂行中です」
「……おお、やっぱり本物か。政府の中でも都市部配備型ってのはかなり少ないって聞いてたけど……いや、これは貴重な体験だ」
そう感心したように口にしたのは、久我明弘。この病院で救急対応を担う医師の一人だ。
春日たち3人は軽く会釈を返したが、彼に会うのはこれが初めてだった。久我もまた、彼らには特別な視線を向けることもなく、あくまでトーコとのやり取りを主眼に置いている様子だった。
「私はこの病院の救命救急を担当してる医者だ。……久我明弘という」
「すみません、急に声をかけて……」春日が少し戸惑いながら答える。「僕たちはここの患者じゃないんですが、AIの話を聞いていて……」
「ああ、別に気にしないさ。外の空気に触れるのも久しぶりでね」
久我は穏やかに笑い、トーコに向き直った。
「で、トーコ君。君と違って、うちで使ってるIRMAってやつは……正直、現場からすると扱いにくいんだよ。普段使ってる医療支援AIと比べて、情報の取得制限が多すぎる」
「IRMAは災害・非常事態時における“政府統括型制御AI”として設計されています。情報漏洩防止を最優先とするため、現場医療支援AIとの設計思想は異なります」
「そういうことは分かってる。分かってるが──だからこそ、こっちは現場で苦労してる。医療者の感覚がまるで通じない、って感覚が拭えない」
春日たちは少し離れた位置からそのやり取りを見守っていた。初対面でありながら、久我が放つ独特の存在感にどこか引き込まれていた。
「情報が得られない現場医師のフラストレーションは理解しています。ただしそれは、設計された“想定”の内にあります」
「想定の内、ね……」久我は短く笑った。
「おかげで、今日という日は“想定外”ばかりだよ。……まぁ、皮肉はさておき、君がその役割を忠実に果たしているのは分かった」
そう言って、彼はトーコに向けてほんのわずかに会釈した。AI相手に礼を尽くすその態度に、春日は少し意外なものを感じた。
「失礼、そちらの方々は?」
久我がようやく、春日たちの方を向いた。
「えっと、春日恭平です。こちらは吉田さんと……柴田カナさん」
「旅の途中で、いろいろ巻き込まれてるだけの素人です」
吉田が軽く頭を下げる。
「私は……まぁ、元サービス業です。ちょっと話が気になって聞いてただけで」
「そうか。なら、君たちも大変だったろう。……医療現場は今日だけじゃなくて、明日も明後日も休めない。それだけは覚えて帰ってくれればいい」
久我は静かにそう告げて、院内へと戻っていった。
「……すごい人だったな」
春日がしみじみと呟いた。
「優しいんだか、冷たいんだか……でも、多分、両方なんだろうね」
カナがそう言うと、トーコはそっと目を伏せるように俯いた。
「……医療の前では、善意と合理は常に衝突します。それでも前に進まなければならない。久我医師もまた、その矛盾を抱えて立っているのです」




