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「休日」ーHot Airー  作者: 門牧 春樹


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第八章−6:「戦場のような静寂」


ようやく辿り着いたその施設は、春日たちの想像を遥かに超えていた。

山間の夜を照らす異質な光。人工照明の強さではなく、そこに集まる“意思”のようなものがあたりを満たしているようだった。


「ここ……病院、だよな……?」

春日が言う。


「拠点病院か。名前だけは聞いたことあるな」

吉田も声を潜めるように呟いた。


外壁は暗色で質素だが、堅牢に整備されており、臨時の発電装置らしき構造体が背面にそびえていた。入口の前にはトリアージ用の簡易テントが設けられ、数名の医師と看護師が淡々と傷病者を受け入れている。搬送された患者は、苦しげに呻く者もいれば、沈黙のまま担架に乗せられる者もいる。


そこに悲鳴はない。誰もが黙々と、しかし慌ただしく動いている。

静かで、だからこそ“戦場”のような緊迫感に包まれていた。


「……なんか、すごいな……」

春日が言葉を失ったように呟く。


「違う世界って感じ……でも、これは現実なんだよね」

吉田も、どこか気圧された表情でその様子を見つめていた。


カナは言葉を発しなかった。ただ両手を胸の前で組むようにして、黙って頭を下げた。

この日、“休日”と呼ばれるはずの一日に、それでも働き続ける者たちの姿――その光景に、胸の奥が熱くなった。


「……ああいうの、見ちゃうとね。なんか、自分が何してたんだろうって思えてくる」

ようやく絞り出すように言ったカナの声は、微かに震えていた。


春日も、吉田も、言葉をかけなかった。ただ、そっと彼女の隣に立ち、同じ方向に視線を向けた。


一行の少し後方で、トーコが静かに立っていた。

無表情のまま、病院の内部へ向けて視線を投げ、情報網に接続している。


ー「病院内ネットワークへの接続は良好。診療データを解析中……」

呟くような声のトーンが、風に紛れて夜に溶けていく。


――接続確認。観察ユニット『IRMA』の存在を確認。

施設内医療AI支援ユニット、稼働中。


トーコの眼差しがわずかに鋭くなる。


ー(この施設……IRMAが動いているのか)

通信傍受された断片的なID信号、そして診療ログのアルゴリズム。その特徴的な形式からトーコは確信する。


IRMA――正式名称《Integrated Resource Management Assistant》。

トーコと同様、政府主導のプロジェクトで開発された観察補助ユニットの姉妹機にあたるが、その目的は「対人支援」ではなく「医療最適化」。


直接的な接触はない。互いに別分野に特化し、異なるプロトコルで運用される。

だが、今この瞬間、同じ時刻に、同じ国家機構の一部として動いている。


ー(相変わらず、効率主義の塊のような動き方ですね。あなたは)

声には出さず、データの応答ログの中に浮かぶその“存在感”に、トーコは密かに語りかけた。


その一方で、春日たちはまだIRMAの存在はおろか、病院内に久我や大町がいることすら知らず、ただ「その場所の静かな熱量」に圧倒されていた。


灯りの意味が、今ようやく輪郭を持ったような気がして、誰も動けずにいた。


病院の外に佇んだまま、トーコはしばし動かず、空間とデータの両方を眺めていた。

その内側には常人の目に映らない無数の情報が流れ続けている。人の体温、鼓動、会話、苦悶、処置、命の重み。その全てが、網の目のように記録と予測の中を走っていた。


「……この病院、すごいな。どうして今日みたいな日に稼働できてるんだろうな」

春日の呟きに、カナと吉田も視線を向ける。誰もが感じていた疑問だった。


その問いに、トーコは一拍置いてから静かに答える。


ー「この病院は“政府指定特別稼働拠点”に該当しています。正式名称は《全災害対応型医療拠点病院》──平時から危機時まで、国家統制下で自立的に稼働することを前提に設計され、無労働日においても最低限の機能を継続する許可を受けています」


「……つまり、今日でも動いていいってお墨付きがあるわけだ」

吉田が呟く。


ー「はい。そしてこの施設では、私とは異なる政府管轄AIユニット《IRMA(イルマ)》が常駐しており、事故や傷病者の発生をリアルタイムで監視・覚知しています」


トーコは病院の建屋上部に設置されたアンテナユニットを見上げた。そこから照射される不可視の情報波が、外部と内部を絶えず結んでいる。


ー「IRMAは医療リソース最適化を主目的として設計された支援ユニットです。彼女は事故現場の発生を即時に検出し、各ケースの重症度や周囲の環境、交通状況を総合的に判断して、救命救急車・ドクターヘリ・化学消防車などのリソースを選定、最短経路とタイミングで派遣します」


「まるで、現代の神様って感じだな」

春日は思わずそう呟いた。


ー「比喩としてはおおむね正確ですが、IRMAはあくまで“効率と最適解”を追求するユニットです。感情や倫理を判断基準には含みません。傷病者の“人となり”よりも、統計的予後、処置の即効性、資源配分の公平性を優先します」


「……非情、って言い方もできるな」

吉田が目を細めた。


ー「非情というより、“全体最適の追求者”とでも理解いただければ妥当でしょう」

トーコは揺るぎない声で答える。


カナが言った。「つまりさ……この病院の中じゃ、トーコとは別の“無感情な支配者”がいるってことだよね?」


ー「その通りです。IRMAの判断に人間が関与するのはごく一部、最終確認程度です。今日のように人的資源が限定される日には、IRMAの統制下で動く医療体制が、事実上すべてを決定しています」


三人は言葉を失っていた。

どこか神殿のように静かで、それでいて過酷な戦場のように稼働し続けるこの病院。その裏で、目に見えないもう一つの意思が動いていると知り、背筋に微かな緊張が走った。


春日が最後にぽつりと漏らした。


「それじゃ……俺たちがもし倒れても、そのIRMAってのが判断するんだな。生きるか、死ぬかも」


トーコは即答しなかった。少しだけ空を仰いでから、淡々と返す。


ー「はい。IRMAは“必要な命”を選びます。そして……その命がどうして“必要”とされるのか、そこには誰も口を挟めません」


夜空の星が、沈黙のまま彼らを照らしていた。

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