第八章−4:「暗闇に溶ける声と、少しの羞恥心」
しばらく誰も口を開かなかった。
無言のまま、舗装の割れた歩道を三人と一体が歩く。
いつしか風が止み、音のない夜の中を足音だけが軽く響いていた。
「……なんかさ」
春日がふと前を向いたまま口を開いた。
「考えたって答え出ないことばっかだな」
「うん。正しいとか間違ってるとか以前に、ただ疲れる」
カナが肩を落とすように言った。
「正義も善意も……使い方を間違えると人の首を絞めるってことなんだろうな」
吉田が煙のように漏らす。
ー「はい。なので思考を一時停止し、再起動するための行動が推奨されます」
トーコの声が、どこか冗談めいて聞こえた。
「それ、つまり“気晴らしでもしてこい”って意味か?」
誰も答えないまま、ふいに街の奥から声が聞こえてきた。
──「光のない世界を味わおう!」「視覚に頼らず、五感を研ぎ澄ませ!」
「……何だ?」
春日が足を止め、耳をすませる。
暗がりの先、細い路地を抜けた公園のような広場に、いくつかのシルエットが浮かんでいた。
そこにはランタンも懐中電灯もなく、ただ“光を遮るための黒布”で囲われたブースや、手探りで歩く人々の姿があった。
「……えっと、これは……?」
カナが眉をひそめる。
「“闇感覚開放イベント”らしいっスよ」
吉田が入り口にある紙看板を指差した。
《視覚断食式:ダーク・エクスペリエンス ― 暗闇を通じて本来の自分を知る ―》
「なんだその胡散臭いサブタイトル」
「いや、面白そうじゃん。俺、ちょっと体験してくる」
春日は突然やる気に満ちた表情になり、列に並び始めた。
「やめときなって。絶対無理だから」
カナが止めようとしたが遅かった。
春日は「こういうの一度やってみたかった」と言い残し、黒布の中に消えていった。
──そして約10分後。
黒布のカーテンが不自然にばさりと開き、青ざめた顔の春日がすり足で戻ってきた。
「……ごめん、むり。マジでむり」
「ぷっ……ほら言わんこっちゃない」
カナが吹き出す。
「“本来の自分”見えた? それとも“本来の弱さ”?」
吉田がにやにやしながら聞いた。
ー「もう少し修行してからどうぞ」
トーコの冷静すぎるひと言が、春日に追い打ちをかけた。
「……ちょっと期待した俺がバカだったわ……」
顔を伏せる春日。
さっきまでの重たい空気は、いつの間にかほんの少し和らいでいた。
「でもまあ……たまには恥かくのも悪くないっしょ」
カナが肩をすくめながらぽつりと言った。
「だな。なんか……暗闇って意外と、お節介な光より優しい気がしてきたよ」
春日はそう言って、ふと夜空を見上げる。
漆黒に浮かぶ星々は、さっきよりもほんの少し近くに感じられた。




