↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/92

第七章−4:「身元なき少年、情報なき日」


神代圭介の病室は静寂に包まれていた。

モニターに映る心電図の波形は緩やかに安定し、酸素マスク越しの呼吸音も規則的に響いている。


久我は腕を組み、無言のままその様子を見つめていた。

集中治療室から一般病棟に移すにはまだ早いが、峠は越えたと見て良い。内出血のコントロールも順調だった。


「まったく皮肉な話だな……この人が推し進めた制度のせいで、もう一人の患者の情報が一切得られないとは」


久我の独り言に、大町澪がコーヒーの紙カップを片手に応じる。


「本当にね。神代圭介。政府行政局の制度整備課だっけ。

今は皮肉で済んでるけど、マサル君が何か重篤な持病持ちだったら、笑い事じゃない」


久我はふっとため息を漏らし、背後の小机に置かれた少年――マサルの記名がある自転車の写真データを再確認する。


「せめて、あの“マサル”って名前が本名ならいいんだけどな……通称だったら詰むぞ」

「通称って、たとえば?」


「“まーくん”って呼ばれてるから自転車にそう書いてるだけとかさ。下の名前すら正式じゃない可能性ある」


「……あー、それはある。あと家族が過剰に個人情報保護を意識してて、子どもにも本名使わせてないとか」


ふたりは同時に頭を抱えた。


「役所系の登録データベースはIRMA経由で弾かれる。学校関係はそもそもオンラインシステムにアクセス不能」

「SNSも、IPごと死んでるからWi-Fiどころか検索も無理……って、詰んでるな」


「トーコとかいう観察ユニット、使えれば情報持ってそうだけど……」

「接触できたとしても労働許可者じゃないから相手にされないわよ。あれ、“働いてる人間”しか感知しないんでしょ?」


澪の言葉に久我が苦笑した。


「そういう時だけは都合よく働いてるって認定してほしいもんだな」


ふたりはしばし沈黙した。

廊下を行き交う医療スタッフの足音が遠くに聞こえる。

そんななか、久我がぽつりと呟いた。


「――手がかりをひとつずつ潰すしかないな。例えば……あの自転車自体、購入情報があれば販売店経由で逆探知できる可能性もある」


「レシートが残ってるか、防犯登録がされていれば、ね」

「……ただ、そんな照会もIRMA経由になるかもな」

「で、また弾かれると」


もう一度、ふたりは黙る。

それでも、放棄することだけは口に出さない。

久我は立ち上がり、マサルの部屋へと向かった。


「諦めないわよ、あの子。感情がちゃんとある。反応もある。心は、閉じてない」

澪が背中越しに言うと、久我は軽く片手を上げて応えた。


ふたりの静かな闘志が、重たい制度の壁に静かに挑んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。