第七章−2 :「医療支援の異物感」
救命病棟の奥、無機質な壁面に組み込まれるように鎮座しているのは、灰色の台座に固定された、球体のセンシングユニットだった。
中央に淡く光る青白いライン。まるで見ているようで見ていない、非人間的な存在感を放っている。
「医療支援AI《IRMA》、次の処置を提案します。患者コードK-032:左前腕部擦過傷に対し、洗浄後、基準濃度の再生剤塗布を推奨。再生剤の在庫は拠点保管庫Bにて確認済みです」
カチリ、と通信端末に処置提案が通知される。
その瞬間、久我の眉がピクリと動いた。
「拠点保管庫B? そんな回りくどいこと言わなくても、手元にあるんだよ、今ここに」
ため息と共に、久我は既に取り出していた再生剤を指で示した。
「イルマって、こんなに不親切だったっけ……?」
澪がモニターを覗き込みながらぼやいた。
「普段の補助ユニットなら、もっと処置に“寄り添う”感じがあったのに」
「違うユニットなんだよ。あれは――」
久我は、センシングユニットに目をやった。
「政府の中央管理系。無労働日における“監視と許可運用”が主目的で、医療は二次的なオプションにすぎない」
「……つまり“人を助ける”より、“ルールを守る”のが優先、ってわけね」
「その通り。あくまでこれは“制度を運用するAI”であって、“患者の命に最適化されたAI”じゃない」
澪は自分のメディカルタブレットを睨みつけた。
「普段使ってる補助AI、ログインも弾かれたまま。バックドアでもあるのかしら」
「それどころか、俺の診療記録のテンプレートすら独自フォーマットに変えられてる。何が“標準化”だ……」
病棟に流れるわずかな緊張と苛立ち。
普段なら言葉にしない程度のズレが、無労働日の混乱によって一気に堰を切ったように表面化している。
久我はタブレットを閉じると、澪に小さく呟いた。
「現場の人間がいちばん労働してるのに、最も扱いが雑だな、この制度は」
「……ほんと。せめて“私たちの言葉”で、指示をくれたらまだマシなんだけどね」
壁の球体ユニットは静かに青白い光を瞬かせていた。
その光がまるで無表情な「了承」や「監視」を意味しているようで、ふたりはどちらからともなく視線を逸らした。




