第七章:揺れる静寂
集中治療室のモニターが小さくリズムを刻んでいる。
神代圭介――政府高官であり、「無労働日」制度の中枢に関わった男は、未だ昏睡状態にあったが、つい先ほど、容体が「安定」に変わったとの報が伝えられた。
「……峠は越えましたね」
低く静かな声で、久我明弘が呟いた。
点滴の数値、モニターのリズム、眼球のわずかな動き。医師の目には、それらの小さな兆しが確かな命の証に見えていた。
その一方、別室でベッドに横たわる少年――マサル。
容体は外傷こそ軽度だったが、事故後から発語がなく、精神的ショックの症状が見られていた。
それでも、彼は看護師の大町澪の問いかけに、まばたきや指の動きで反応を示すようになっていた。
「うん……じゃあ、『はい』のときは二回まばたき、でいいかな?」
ゆっくりした声で問いかける澪に、マサルは二度、静かにまばたきを返した。
「偉いね……少しずつで、いいからね」
微笑みながら額を撫でる彼女の手に、少年のまぶたがわずかに緩んだように見えた。
そんな安堵の空気も束の間、病棟の外から低い怒鳴り声が響いた。
「ふざけるな!医者が足りないってどういうことだ!」
「俺は許可証を持ってるんだぞ!この状況は“緊急”にあたるだろ!」
スタッフステーションに詰め寄っていたのは、別件で急患を抱えてやって来た男性だった。
労働許可証の審査に時間がかかり、病院側との対応に齟齬が生じていた。
「……またか」
久我は眉をひそめ、苦い顔をした。
「緊急搬送の判断も現場医師ではなく、管制側のAI判断が優先される。……この制度、現場の裁量を軽視しすぎている」
「でも、ルールがなければ現場が崩壊しますよ」
澪が苦笑する。
「“働く意思がある”だけでは、今日は労働できない。皮肉な話ですけど」
病院内でもすでに限界が来ていた。
通常であれば4人で担当すべき時間帯を、久我と澪の2人だけで切り盛りしている。
他のスタッフたちは、順守義務により代休消化中か、最初から労働不許可の対象だった。
神代が推進した制度によって、自らの命も、そしてこの少年の未来も、予期せぬ混乱に巻き込まれている。
その皮肉を噛み締めながら、久我は再び患者リストへ視線を戻した。




