第五章−7:「ブラック喫茶と恋の予感?」
「さて、本日もブラックカフェ“カフェ・ヘル”開店のお時間です!」
あかりがソファの上に立ち、謎の司会者ポーズで叫んだ。
「なんでそんな店名になってんだよ……」
吉田が頭を抱える横で、春日がニヤニヤしながら問いかけた。
「吉田さん、どうせなら本格的にやってよ。“当時の上司”とか演じるからさ。ね、カナさんも」
「……やめときなさい。悪趣味な再現ドラマみたいになる」
カナは苦笑しながらも、差し出されたカップに紅茶を注いでいた。
そんな中、吉田がふと空を見上げ、口を開いた。
「……でも、ほんとにあの頃はさ。唯一の癒しが、カナさんのカフェだったんだよな」
一瞬、部屋の空気が変わる。
「ん?」
「え?」
あかりと春日が同時に反応した。カナは紅茶のポットを止める手を、少しだけ遅らせた。
吉田は続けた。
「会社で終電ギリギリまで働いて、ろくな飯も食わずに帰ってさ……。でも駅前のカフェだけは開いてた。カナさんが夜シフトに入ってたの、たまたまだったんだけど」
カナは無言で紅茶を注ぎ直した。
「カナさんって、覚えてないかもだけど。いつも“お疲れ様です”って言ってくれてさ。……あれ、すげぇ嬉しかったんだよ。もう、あのひと言だけで、今日も死なずに済んだって思えたくらいで」
「……覚えてるよ。吉田さん、毎回コーヒーだけ頼んで30分で帰ってた。すごく疲れてるのに、店の中じゃ誰にも文句も言わなかった。逆に店員の愚痴を聞いてくれたりしてた。常連っていうか……不思議なお客さんだった」
「……へぇ〜〜〜〜」
あかりが妙に意味深な声を出した。全員が振り返る。
「え、なに?」
「ううん、なんでもないよぉ? お疲れ様のひと言で救われてた〜、覚えててくれて嬉しい〜……これはもう、恋でしょ♡」
「違うからな!? いま絶対違うからな!? 断言する!」
吉田が慌てて否定するが、あかりは聞く耳を持たない。
「だって“お疲れ様”に救われて、“コーヒーだけでも通ってた”って、それ、完全にラブストーリーの導入部じゃん!」
「いや、そりゃ当時の俺が勝手に救われてただけで……」
「うわ〜、じゃあカナさんが他の男に“お疲れ様”って言ってたらどうするの? 嫉妬する? どうなの?」
「するか! っていうかそんな権利ないし!」
春日が横から口を挟んでくる。
「吉田さん、顔赤くなってるぞ。まさか図星?」
「違うっつってんだろ!」
吉田の動揺っぷりが火に油を注ぐ形となり、あかりは完全にスイッチが入ってしまった。
「じゃあさ、もしカナさんが今日限りでこの“カフェ”閉店します、って言ったら……泣く? 涙でコーヒー塩っぱくなる?」
「もうやめてくれ……!」
「お客様の情熱が湯気となって立ち上る、ブラックカフェ“ヘル”! 本日は“片思いのビター風味”をお届けしております!」
「ナレーションまで付けんな!!」
トーコがスッと現れ、いつもの無機質な声で補足する。
ー「補足:該当の“感情的高揚状態”は労働には該当しません。“社交的交感”に分類されます」
「それ誰向けの補足!? 余計に恥ずかしいから!」
カナは頬を赤らめつつ、だが真顔でぽつりと。
「まぁ、恋とかどうかは別にして……私も、あの時の吉田さんが無言で座ってるだけで安心できたのは、覚えてるよ」
吉田は言葉に詰まったまま、黙ってうなずいた。
あかりはと言えば、両手を頬に当ててニヤニヤが止まらない様子で、
「これ、絶対将来結婚式で流すVTRに入るやつだ……!」
「やめろぉぉぉぉ!!!」
勘違いコントは、しばらく続いた――。




