第五章−6:「カフェ開店と、漆黒の闇」
「ではお客様、お席へどうぞ」
カナの声色はすっかり“店員モード”に切り替わっていた。背筋は伸び、動きには一切の無駄がない。
あかりは思わず「わっ……!」と声を上げ、まるで初めて遊園地に来た子どものように目を輝かせた。
「こ、これがプロの動き……! カナさん、これ本職戻ったら即現場復帰できるよ!」
「そこは褒め言葉と受け取っておくけど、軽々しく“戻れる”とか言うのはやめてね。心にくるから」
「うっ……ご、ごめん!」
そんなやり取りを見ていた春日と吉田は、ソファでくつろぎながらお茶をすすっていたが――。
「お客様。お二人もご注文、お決まりですか?」
カナがスッと近づき、完璧な笑顔で声をかける。春日はおどけながら応じた。
「えっと……えーと、ハンバーグ定食と、あと豚汁付きで……」
「それランチメニュー。今うちはカフェ営業中。軽食とスイーツのみのご提供でございます」
「は、はい……申し訳ありませんっ!」
春日はびしっと背筋を伸ばして謝った。横で吉田が吹き出す。
「お前……見事に客演技ハマってんじゃん」
「いや、あの笑顔と接客力はマジで人を支配する」
吉田は苦笑しつつ、自分も乗ることにした。
「じゃあ、俺はブレンドコーヒーとチーズケーキで」
「かしこまりました。チーズケーキは本日、あかり様お手製のものとなっております」
「マジか、そんなの出るんだ……っていうか“様”? あんたどこまで入り込んでんの?」
「コンセプトが“お嬢様の屋敷に開かれた一日限定カフェ”なんで。サービスには忠実にね」
やがてカナが“注文”を受けて去ると、あかりが春日と吉田の前に座り込んできた。
「ねえねえ、お二人はどんなお仕事してたの? 吉田さん、なんか“現場感”ある感じする!」
「……現場感ね。まぁ、ブラック企業出身だから」
「ブラック!? 黒ってこと? え、闇? やばいの?」
「いや、闇ってわけじゃないけど。うーん……毎日朝8時出社、深夜1時退社。土日も当たり前のように仕事。上司からの電話は鳴り止まない。給料は手取り18万。心は常に限界突破。夢は病室の天井見ること」
「うわ、すっごい。何その地獄絵巻。人って壊れないの? それで働いてたの?」
「壊れたよ、バキバキに。で、やめた。いまはニートです。ざまぁです」
「えぇぇぇぇ……じゃあ吉田さんって、“ブラックホールから生還した勇者”ってこと?」
「いやそんなタイトルいらん。普通に社会ドロップアウトしただけだから」
春日がすかさず補足を入れる。
「でも、吉田さんのそういうところ、逆に俺らのチームに馴染んでる感じあるよ。抜け殻感っていうか、達観感っていうか」
「褒めてんのかディスってんのか微妙なラインだな」
「ねえねえ、ブラック企業って、ほんとに存在するの? ニュースでは見るけど、実際には都市伝説だと思ってた……」
「都市伝説だったらどれだけ良かったか……」
あかりは目を輝かせながら、ノートを取り出した。どこから出したのかすら不明だ。
「じゃあ、吉田さんに“ブラック企業体験談”をインタビューさせてください!」
「なんでや。さっきまでカフェごっこしてたのに、今度は社会派ドキュメンタリーごっこかよ」
「だって面白そうなんだもん! “仕事の闇”って聞くと、つい燃えちゃう!」
「燃えるな。これ、語ってる側はちょっとトラウマ再生してんだからな……!」
そんな騒がしい会話を、再び戻ってきたカナが呆れ顔で見ていた。
「なにこれ、職業講座みたいになってんの?」
「カフェで注文受けたと思ったら、ドキュメンタリー番組の収録だったんですよ……」
「しかも発信力は抜群にありそうな、金持ちのお嬢様がメインMCっていう……めんどくさいタイプね」
「ほめてる? それとも刺してる?」
「さぁ?」
あかりは全く悪びれず、笑ってノートをめくった。
「よーし、次のテーマは“労働における心理的拘束とその脱出方法”!」
「絶対この子、将来ジャーナリストになるな……」
春日がぼそっとつぶやいた。
トーコはその様子を観察しながら、機械的な声で補足をつぶやく。
ー「記録補足:該当会話は“業務回想”であり、現在時点では労働とは認定されず。“娯楽的情報共有”に分類」
「うん、ありがとトーコ。ほんと便利」
あかりはそのまま「ブラック企業ごっこ」モードへ突入し、吉田の過去話に興味津々。カフェは、なぜかドキュメント番組の収録現場のような空気へと変貌していったのだった――。




