第五章−5:「サービスの奥義を求めて」
「……ったく、接客業の癖ってやつは、抜けないもんだね」
そう呟いたカナの言葉に、ソファで足を組んでいた芹沢あかりが、ぱちんと手を叩いた。
「やっぱりそうなんだ! カナさんって、接客のお仕事してる人なんだよね?」
「え、今の一言でそこまで飛躍する? いや、まぁそうだけど……」
「それって飲食? サービス業? カフェ? ホテル? レストラン? 居酒屋? 立ち飲み? 高級店? チェーン店? 制服はあるの? 笑顔は何度練習した? 接客八方美人ってやっぱ嘘?」
「あーちょっと待って、ストップストップ、質問の洪水」
カナが片手を挙げて制止すると、あかりは申し訳なさそうに肩をすくめて笑った。
「ごめんごめん。でも、ずっと気になってたの。お水の出し方ひとつ、すっごく自然で丁寧だったから。ああ、これは絶対に“訓練された人の動き”だって」
「そこ見るかね、普通……」
「だってさ、無意識で人に心地よく接する人って、ほんとに少ないと思うの。あたしみたいなやつにとっては、それって一種の“魔法”に見えるんだよね」
「……ふぅん、魔法ね」
カナは少し目を細めた。心なしか、表情が和らいでいる。
「まあ、確かにそう見えたら勝ちって部分はあるかな。目の前の客が機嫌悪そうでも、笑顔で返して少しでも和らげたら――それだけで“今日のバトル一勝”みたいな気分になれる」
「やっぱ、戦場なんだ?」
「戦場だよ。満席の時なんか戦国時代。クレーム飛んでくるのは火矢。上司は殿様気取りで、客が王様。店長は大名気取りだけど、誰よりも頭下げてんの」
「わっ、ドラマ化してほしい……!」
「やめな、深夜帯にしか流せない愚痴も多いから」
笑いながらも、カナの声にはどこか懐かしさが混じっていた。
春日と吉田も、その様子をソファの向こうから見ていた。
「カナさん、なんかすごく嬉しそうに話してるな」と春日がぼそり。
「まぁ、仕事ってさ……思い出話できるようになって初めて“終わった”って言えるのかもな」と吉田。
あかりは、そのやり取りにも耳を傾けながら、再び前のめりになる。
「じゃあさ、じゃあ! 今からカナさんに、“本気の接客”してもらってもいい?」
「いやそれはどういう状況!?」
「うちのダイニング、ちょっと改装中でさ。リビングの一角で、今日だけの一日カフェ! カナさん店員、あたしお客!」
「なんでそうなるの!? しかも本気って! 演技指導入るやつ!?」
「ねえお願い! あたし、人生で一度も“カチッとした接客”受けたことないの。やってみたい! 憧れ!」
カナは額を押さえて深いため息をついた。
「……ほんっと、変な子だねあんたは。よし、じゃあ一回だけ。本気でやるよ。ただし、笑うんじゃないよ?」
「はいっ! かしこまりました、お客様!」
――その瞬間、芹沢あかりの背筋がピンと伸びた。
だが数秒後、カナが凛とした口調で言う。
「いらっしゃいませ。お席のご案内、よろしいでしょうか?」
「うわぁ……! 圧がすごい! 背筋が勝手に伸びる感じ! これが接客魔法……!」
周囲の空気が、まるで本物のカフェのように引き締まる。
トーコはその様子を静かに観察していたが、ぽつりと記録のように呟く。
ー「記録補足:当該空間において、明確な業務命令または報酬の発生が確認されないため、“労働”には該当せず。あくまで自主的娯楽活動の範疇と判断」
「トーコさん、そういうとこマジ助かる!」
笑いとともに、リビングには不思議な高揚感が満ちていった――。




