第五章−3:「芝生の上の招待」
「あ、ねえ! あたし冷たいの持ってくるね。動かないで待ってて!」
そう言い残し、芹沢あかりは自宅の中へ駆け戻っていった。高級住宅らしからぬ無邪気さで階段を駆け上がるその姿に、カナと吉田は目を丸くする。
「なんか、思ってた“金持ちの子”って感じと違うね」
カナがぽつりと漏らす。
「偏見かもだけど、もっとこう……冷たい感じかと思った」
「むしろ、ふつうの子より距離近くない? ……なんならちょっと押し強い」
吉田が笑う。
「でも悪気とか全然ないタイプだな。ああいうの、たまに接客の現場に来るけど……カナちゃん的にはどう?」
「んー……」
カナは腕を組んで考えたあと、苦笑い。
「今日は客じゃないし。普通に友達枠に近い。というか、あの子、根っこが人懐っこいだけだよ。テンション高めの犬みたいなもん」
春日は小さく吹き出し、芝生に腰を下ろす。
トーコは一歩引いた位置から、芹沢邸の庭と使用人たちの動きを静かに観察していた。
目立った動きはない。料理も準備もすべて事前に完了しており、今、動いている使用人は一人もいない。給仕らしい行動も見られないが、すぐ傍に待機しており、必要があれば指示一つで動けるような態勢だけは整っている。
ー(労働行為とみなされる可能性のある一切を避けながら、最大限のもてなしを維持するこの姿勢……)
トーコは、無労働日遵守レベルとして最高位に近い判断を下した。
やがて、あかりがトレーを抱えて戻ってくる。
「はいっ、お待たせ! ちゃんと自分で用意したよ! 使用人さんは触ってないから安心してね?」
そう笑って差し出された冷えたレモネードのグラスに、カナが苦笑する。
「いや、安心って……」
「でもまあ、ありがたくいただくわ」
三人はそれぞれにグラスを受け取り、芝生の上で乾杯のように掲げ合う。
家の庭にしては広すぎる空間。風が吹き抜け、木漏れ日が揺れていた。
「でさー、あたし思ったんだけど」
あかりが唐突に話し始める。
「こうして誰かと話すの、やっぱいいね。普段は友達とも学校以外じゃなかなか会えないし、今日はみんな外出てるわけでもないし。うち、暇で死にそうだったの!」
「それで道端の人に声かけたのか……」
春日が呆れたように言う。
「いやいや、なんかオーラがあったのよ。三人とも、ちゃんと“今日”を自分なりに過ごしてる感じ。だから、話してみたくなったの」
カナが眉を上げる。
「……それ、案外本質突いてるかもね」
吉田も頷く。
「俺たちも、ただウロウロしてるわけじゃないからな」
「でしょ!」
あかりは笑顔を広げた。
「そんな人たちと話せるなんて、今日一日が最高になる予感しかしない!」
そんなふうに、少女の無邪気な言葉に押されるようにして、一行はその芝生の上でゆるやかに時間を共有していった。
それはまるで、社会の喧騒から切り離された特別な空間のようでもあった。




