↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/92

第五章−3:「芝生の上の招待」

「あ、ねえ! あたし冷たいの持ってくるね。動かないで待ってて!」


そう言い残し、芹沢あかりは自宅の中へ駆け戻っていった。高級住宅らしからぬ無邪気さで階段を駆け上がるその姿に、カナと吉田は目を丸くする。


「なんか、思ってた“金持ちの子”って感じと違うね」

カナがぽつりと漏らす。

「偏見かもだけど、もっとこう……冷たい感じかと思った」


「むしろ、ふつうの子より距離近くない? ……なんならちょっと押し強い」

吉田が笑う。

「でも悪気とか全然ないタイプだな。ああいうの、たまに接客の現場に来るけど……カナちゃん的にはどう?」


「んー……」

カナは腕を組んで考えたあと、苦笑い。

「今日は客じゃないし。普通に友達枠に近い。というか、あの子、根っこが人懐っこいだけだよ。テンション高めの犬みたいなもん」


春日は小さく吹き出し、芝生に腰を下ろす。


トーコは一歩引いた位置から、芹沢邸の庭と使用人たちの動きを静かに観察していた。

目立った動きはない。料理も準備もすべて事前に完了しており、今、動いている使用人は一人もいない。給仕らしい行動も見られないが、すぐ傍に待機しており、必要があれば指示一つで動けるような態勢だけは整っている。


ー(労働行為とみなされる可能性のある一切を避けながら、最大限のもてなしを維持するこの姿勢……)


トーコは、無労働日遵守レベルとして最高位に近い判断を下した。


やがて、あかりがトレーを抱えて戻ってくる。


「はいっ、お待たせ! ちゃんと自分で用意したよ! 使用人さんは触ってないから安心してね?」


そう笑って差し出された冷えたレモネードのグラスに、カナが苦笑する。


「いや、安心って……」


「でもまあ、ありがたくいただくわ」


三人はそれぞれにグラスを受け取り、芝生の上で乾杯のように掲げ合う。

家の庭にしては広すぎる空間。風が吹き抜け、木漏れ日が揺れていた。


「でさー、あたし思ったんだけど」

あかりが唐突に話し始める。

「こうして誰かと話すの、やっぱいいね。普段は友達とも学校以外じゃなかなか会えないし、今日はみんな外出てるわけでもないし。うち、暇で死にそうだったの!」


「それで道端の人に声かけたのか……」

春日が呆れたように言う。


「いやいや、なんかオーラがあったのよ。三人とも、ちゃんと“今日”を自分なりに過ごしてる感じ。だから、話してみたくなったの」


カナが眉を上げる。


「……それ、案外本質突いてるかもね」


吉田も頷く。

「俺たちも、ただウロウロしてるわけじゃないからな」


「でしょ!」

あかりは笑顔を広げた。

「そんな人たちと話せるなんて、今日一日が最高になる予感しかしない!」


そんなふうに、少女の無邪気な言葉に押されるようにして、一行はその芝生の上でゆるやかに時間を共有していった。

それはまるで、社会の喧騒から切り離された特別な空間のようでもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。