第四章−4:「ふたつの正義」
風が変わったのは、午後の陽が少し傾きかけた頃だった。
子どもが配膳列でスプーンを落とし、その音に振り返るように――数名の制服姿が人波を割ってやってきた。
「この会場の責任者は誰だ!」
威圧的な声に、周囲が一瞬静まり返る。
派手な蛍光ベストに「労働取締協力団体」と書かれた腕章を巻いた男たち――自警団が現れたのだ。
「ちょっと、なんなのよあれ……」とカナが鍋から顔を上げる。
吉田が低く息を呑み、「来やがったな」と呟いた。
炊き出しボランティアの中から、一人の男性が前に出る。中肉中背、白髪交じりの穏やかな顔立ちだった。
炊き出し隊のリーダー、通称「赤井さん」と呼ばれていた人物だった。
「私が代表です。どのようなご用件で?」
先頭の男が、まるで犯人を断罪するように叫んだ。
「貴様らの行為は労働に該当する! 本日は政府指定の無労働日。ボランティアであろうと例外ではない!」
「私たちは善意で――」
「善意だと? 法律は感情ではなく運用だ。炊き出しをするという作業は、れっきとした労働だ。違法だ!」
赤井は一歩も引かず、静かに応じる。
「では、あなたがたは。こうして人を押さえつけ、通報し、拘束しようと動いているあなたがたの行為は、労働ではないのですか?」
「我々は政府より監視・通報活動の許可を得た『協力団体』であり、公的行為だ」
「それを“仕事”と定義しないのであれば、善意の炊き出しも“生活行為”として扱えるのでは?」
両者の声の間に、張り詰めた沈黙が横たわった。
子どもたちが親の陰に隠れ、周囲の人々が息を殺す。
それでも、トーコは動かない。
群衆の端、朽ちかけた街灯の陰で、彼女はじっと見つめていた。
無機質な瞳に、観察記録のグリッドが流れる。
《状況:公共空間における小規模な衝突》
《トリガー:無労働日と非営利活動の境界線》
《仲介判断:介入要件未達。監視継続。》
春日が、ささやくように言う。
「正義って、便利な言葉だな。誰もが自分の都合で使ってる」
「……なにそれ急にカッコつけた」とカナが返すも、声には少しだけ硬さがあった。
吉田は、ポケットの中で拳を握ったまま、赤井と自警団の間の張り詰めた空気を見つめていた。




