第三章−3:「無労働日の“勝者たち”」
とある河原沿いの広場に差し掛かった時、春日たちの目に、鮮やかすぎるほど完璧に整えられたキャンピングスペースが飛び込んできた。折りたたみチェア、パラソル、ソーラーパネル付きの発電機、氷入りクーラーボックス。炊事用具からBBQグリルまで抜かりがなく、数人の男女が笑顔で昼食の準備をしている。
「うわぁ、なにこれ……避難所より快適そう……」
カナが皮肉ともつかないトーンで呟いた。
「こんにちは~。移動中ですか?」
陽焼けした短髪の青年が声をかけてくる。黒いポロシャツにアウトドアパンツ。どこか企業の広報に出てくるモデルのような雰囲気すらある。隣には、同じく日焼けした女性。小学生ほどの子どもがタブレットで動画を見ている。ここに通信があるはずもないのに。
「それ、録画済み?」と恭平が問うと、女性は笑顔で頷いた。
「ええ、昨夜ダウンロード済みです。今日は完全オフですから。通信も止まるって告知、早かったですしね」
一行は思わず顔を見合わせる。まさに「無労働日」を完全に攻略した“勝者たち”が目の前にいる。
「お仕事は……?」
吉田が少し間を置いて尋ねると、青年は平然と答えた。
「外資系ITのリモート職なんで。今日は完全休暇ですけど、有給スライドしておいて正解でした」
「自営業です」と女性。「非常用に備えて発電も準備してるんです。ちょっとコストかかりましたけど、こういう時に価値が出るんですよ」
彼らは当然のように事前に制度の詳細を把握し、余裕をもって準備していた。働く側にとっても、享受する側にとっても、ベストを尽くせばこういう「理想の休日」が成立するのだと彼らは無言で証明していた。
「……あのさ」カナが口を開く。「あなたたちは確かに準備してた。見事だと思う。けど……その理想を当然と思う客が毎日私たちのカフェにやってきて、“今日もちゃんと笑顔でね”とか言って、勝手に神様面してたんだ」
青年は少し眉をひそめた。
「いや、それとこれは……」
「違わないわよ」カナの口調が静かに鋭くなる。「あなたたちはこの制度に乗った側。でもね、乗れなかった人間も、支える側の人間もいるの。私たちはあんたたちのバカンスの裏側で、ずっと休みもなく、笑顔も売ってきた」
しばし沈黙が流れる。気まずい空気を割って、トーコが冷静に言葉を差し挟む。
「観察記録・付記。『休日の準備』ができた者と、準備を求められなかった者との間に認識の断層が存在します。これは価値観の相違であり、制度そのものの欠陥ではありません」
「……言い方が機械すぎるわよ、ほんと」カナが肩をすくめた。
吉田は一歩引いたところで黙っていたが、最後にぽつりと口を開いた。
「……俺たち、完全に“観光地で迷子になった部外者”だな」
青年たちは気まずそうに笑い、話題を変えたが、空気は以前ほど和やかではなかった。
その場を後にして歩き出すと、恭平が小さくつぶやいた。
「休日って……誰かが働いてないと成り立たないんだよな、やっぱり」
誰もそれに答えなかった。ただ、進行方向から吹いてきた風が少しだけ冷たく感じられた。




