第二章ー5:「午後の迷走」
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舗装が不完全な農道のような脇道に足を踏み入れてから、既に一時間近くが過ぎていた。
木々の合間から差し込む日差しは、春先にしては妙に熱を帯びており、黙って歩いているだけでも汗がにじんだ。春日恭平は、背中のリュックにタオルを詰め込んだことだけが今日唯一の勝利だと、自分に言い聞かせていた。
「なあ、まだか? キャンプ場」
そうぼやいたのは吉田圭吾。中年男性にしては健脚なほうだが、さすがに寄る年波と空腹には勝てない。道中の自販機は全てブラックアウトしており、缶コーヒーの一本も手に入らないのが辛かった。
「……だから、こっちの方角で合ってるって言ってるじゃん。あのマップアプリのキャッシュ、俺が最後に更新したやつだし」
恭平は半ば自信を装って言ったが、そもそも地図アプリに関しての知識はあやふやだった。道の端を歩いていた柴田カナが、ふと立ち止まって振り返った。
「春日くん」
「ん?」
「あなた、何をしにキャンプ場に行きたいの?」
唐突な問いに、恭平は立ち止まる。問われた動機に対し、明確な言葉はなかった。
「……家族に置いてかれた。だから……迎えに行く。っていうか、そこしか行き場ないし」
「でも、日付が変われば全部元通りになるってわかってるでしょ?」
「うん。……でも、それでも、今日は“違う”日なんだ。俺にとって」
カナは静かに目を細めた。その表情を吉田は遠巻きに見つめながら、ポケットからしわくちゃになったコンビニのレシートを取り出した。日付は昨日。最後の買い物――食パンとカフェオレ。
「なあ、こんな日に、俺らみたいなのがぞろぞろ歩いててさ。変だよな」
「変っていうか……非効率だよね」と、恭平。
「でも、変で非効率なことほど、人って妙に記憶に残すんだよ」と吉田は笑った。「だからこそ、今日は意味がある」
その言葉に、少しだけ沈黙が落ちた。
そのときだった。
ー「春日さん。15時48分です。おそらく、この道をそのまま進んだ場合、目的地に到着する前に日没を迎えます」
トーコが静かに報告する。彼女の端末は、オフライン状態でも最小限の環境推定演算を可能にする独立型AIだ。
「マジかよ……」
ー「さらに補足します。この道の先に存在する小規模の農村地帯にて、現在何らかの通信遮断が発生しており、行政網にアクセスできません。過去の事例より、事故やインフラ断絶などの可能性があります」
「つまり?」
ー「進むか戻るかの判断は、あなた方の“意思”に委ねられています。……ただし、今いる場所は、3人の“特別監視対象”が同時に存在している、極めて特異な空間でもあります。……私は、この状況に興味があります」
「それって……」
「何が起こるか、わたしも分からない、ということです」
不安を煽るでもなく、感情もなく淡々と語るトーコの言葉に、春日たちは一瞬だけ立ち止まった。
そして、誰からともなくまた歩き出す。
夕暮れの気配が背後から迫るなか、遠くで微かに――風とは違う、何かが揺れる音がした。
道はまだ続いている。しかし、その先に何があるのか、誰も答えられなかった。




