第二章−6:「集落にて」
ぽつぽつと建物が現れ始めた。
山道の緩やかなカーブを抜けた先、ぽつんとした集落の入口に差しかかると、空気の密度が変わったような気がした。春日が何気なく前を行く吉田の背を見ながら、「なんか、人が住んでるって感じだな」とつぶやく。
「集落、って言ってたけど……これだけか?」
「生活の匂いはあるね。でも、やけに静かだ」と吉田。
そのときだった。
「あのぉ!おーい!そこの君たちィ!」
くぐもったような大声に振り返ると、よれよれのシャツをはだけかけた高齢の男性が、汗まみれの顔に万札をべたつかせながら近づいてきた。
「食べ物を……水を……これやるからよ……なんか……出せ……!」
まるでコンビニの冷蔵庫にでも話しかけるような口ぶりだった。
男は一万円札を差し出しながら、道端で物資を分け合っていた家族連れに詰め寄っていた。だが、誰も答えようとしない。電気も水道も止まったこの世界では、紙幣の価値は今だけゼロだ。
「ねぇ、見た?」カナが笑っていた。口元は笑っていたが、目はまるで笑っていなかった。
「ほんと、いるのよ。こういう人種。
“金を払えば何してもいい”って思い込んでる、現代型の神様気取り。
サービス業の人間が『笑顔で対応する』のを、『従属してる』とでも錯覚しちゃう脳味噌スカスカな人、いるのよ。結構な数で」
「カナちゃん、今日は随分と毒を吐くじゃないの」と吉田が苦笑する。
「いやだってさ?わたしたち、やってた側なんだよ?
でもね、接客する人間って、心の奥底で――いや、むしろ反射的に、こうやってカテゴライズしてんの。
“神様”→“お客様”→“客”→“汚客”→“おカス”→“人のカタチをした何か”。
この人はどこかなーって、毎回瞬時に分類されるわけ」
「そ、それで俺は?」と吉田が問いかける。
「吉田さんはね……“良いお客様”の部類には入ってたよ。少なくともわたしの中では」
「……なんだろう、ほっとするような、そうでないような……」
「じゃあ俺は?」と、恐る恐る春日が尋ねた。
カナはじろりと彼を見て、すっと目を細めた。
「春日は……そうねぇ、“お客様寄りの客”ね。空気は読めてた。まあまあ合格点」
春日はほっとしたような、妙に微妙な顔をした。
ー「――ちなみに」
それまで黙っていたトーコが、不意に口を開いた。表情は相変わらず平坦だが、声色にはほんのわずかに皮肉が混じっているようだった。
ー「今日の“休日”において、ここにいるあなたたち三人は――
“人のカタチをした何か”に分類されると推定されます」
「ひどっ!?」と春日が半笑いで叫ぶ。
ー「わたしの分類では、ですが」とトーコは淡々とつけ加えた。
沈黙。
カナが吹き出した。吉田も思わず笑い、春日は顔を赤くしながらふてくされた。
ゆっくりと、山の陰が深くなっていく。陽はまだ落ちていないが、どこか時間が止まったような静けさが、集落の奥へと続く道に漂っていた。




