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新月の夜にあなたと  作者: ぽてとこ
おまけの話
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おまけ4.幸せな未来へ

勝利はじりじりとした気持ちを持て余しながら、目の前の扉を見つめた。

最愛の妻が、その中に吸い込まれてから早数時間。ここに到着した時には夕方だったが、もうすっかり真夜中になってしまった。

扉を見つめたところで、何ができるわけでもなく、仕方なく時計を見ると、先程時計を見てから5分と経っていないことに気付く。

立ったところでやることもないが、座っていることに耐えられなくなり、腰を浮かしかけたところでぴしゃりと言われた。


「落ち着きなさい。あなたがここでうろうろしてたって何も変わらないでしょう?」


平素には無い落ち着きを見せる母、香蓮に、ああこの人も子どもを産んだのだったと今更思い至る。

ちなみに勝利の父、文利も、そわそわと忙(せわ)しなくしているが、さすがに勝利ほどではない。


「扉の前で、何もできずに待っているだけなんて・・・無力なんだな」

「父親なんてそんなもんだ、勝利。それに引き換え、女性はすごいよな。一生頭が上がらないよ」


いつもならここで母への愛を語るであろう父も、さすがに今日は自重してくれているらしい。


「せめて、すぐそばにいられたらよかったのに」

「かっちゃん」

「分かってるよ。どんなことになるか分からないから、立ち会わない方が正解だってことくらい。それでも・・・そばで、支えてやりたかった」




あの日。

待望の家族が増えることを、勝利の両親に報告に行った日、祝福の言葉の次に香蓮から言われたのは、衝撃の言葉だった。


「勝利、立ち会い出産は諦めなさい」

「は?なんで母さんにそんなこと言われないといけないんだよ」


踏み込んだことを言われて、多少苛立った返事をしてしまったが、母は冷静だった。


「あなた、分かってないでしょう。妊娠中は今までのようにいかない、赤ちゃん優先なんだから。出産は、少なくない量の出血があるわ。禁欲生活が長く続いたあなたが、急にそんな血の匂いを嗅いで、冷静でいられるの?」

「・・・」

「ただでさえ初めての出産で、てるちゃんだって不安定になってるのに、あなたがそばでそんな状態になったら、落ち着いて出産なんてできないわよ。分かったわね、勝利。あなたは、立ち会わずに待ちなさい」

「・・・はい」


母の言い分は分かる。同じ吸血鬼だからこそ、思い至ったのだろう。だが、やはり立ち会いたかったという気持ちが捨てられない。


「あの、勝利さん・・・」


てるが遠慮がちに口を開いた。


「私も、立ち会いは遠慮していただこうと思ってたんです」

「え?」

「だから、いつか言おうと思ってたんです。理由は、お義母(かあ)さんとは違いますけど・・・」

「どうして?てる。俺は、俺たちの子どもが生まれてくる瞬間を、そばで見ていたいって、」

「ああ、立ち会った夫が出産後、レス(・・)になるって聞く話だもんね」


急に聞こえてきた姉、香澄の声に、勝利はうんざりした顔で振り返った。


「呼んでもないのに、何で来てるの姉さん」

「そろそろてるちゃんに会いたいなーって思ったから。で?てるちゃん、当たり?」


振り返ると、てるの顔が赤くなっている。


「お、お義姉(ねえ)さん!」

「もーう、気にすることないのにてるちゃん。コイツが出産立ち会ったからって、レスになるわけないわよー。でも、ま、そう言うこと気にしちゃうくらいコイツのこと好きって言うことよねー」

「姉さん、話が見えないんだけど?」


てるはますます赤くなって俯き、香澄は絶好調で話すが、勝利にはいまいち内容が理解できない。


「だからぁ、夫が出産に立ち会うとね、妻を異常に神格化しちゃって、出産後も手を出さなくなる(・・・・・・・・)ってケースがあるらしいのよ。もちろん、立ち会わなくてそうなる人もいるし、立ち会ってもならない人もいるけど。てるちゃんはそれを心配してるんでしょ?」

「そ、それだけじゃないですけど・・・。立ち会うって決めてても、お仕事で来れないこともあるし、そう言うときにがっかりした気持ちになるくらいなら、最初から立ち会いじゃない方がいいかな、とか」

「あらー、お母さんのお友達の旦那さんは、立ち会ってたけど、あまりの壮絶さに気絶しちゃって、かえって邪魔だったって言ってたわー」


こうなると、話は止まらない。

女性3人でやいのやいのと妊娠・出産期における旦那のあれやこれやについて花を咲かせ始めた。


意外だった。てるがそんなことを心配していたなんて。

しかしそれはつまり、勝利とこれからもイチャイチャしたいと言っているようなものなので、喜んで甘受するが。

それはさておき、香蓮の言うことは最もなので、立ち会いは諦めるしかなさそうだ。

残念な気持ちは、すぐには消えそうもなかった。




そうして勝利は今、分娩室の前で焦燥感に駆られながらも、ただただ待つという苦行を強いられている。

香蓮は落ち着いてベンチに腰掛けており、その隣で文利は、視線だけはきょろきょろと彷徨わせていた。


「母さん」

「何?」

「俺が吸血鬼じゃなかったら、そのことはずっと黙ってるつもりだった?」


てるのおなかに子どもができてから、ずっと考えていた。

この子も吸血鬼なのだろうか。

自分と同じような目に遭わないだろうか。

逆に、人間だったらどうしたらいいだろうか。


その時に思った。母は、どう思っていたのだろうか。


「言うわよ、もちろん」


カラッと、当たり前のように香蓮は言った。


「・・・どうして?」

「んー、家族の中に秘密があるのも嫌だし。でも、一番の理由はね。あなたが人間でも、あなたの子どもが人間とは限らないからよ」


夜の病院の廊下に、静かな香蓮の声だけが響く。


「隔世遺伝とか、先祖返りってこともあるでしょ。でもあなたの子どもが吸血鬼だって分かっても、あなたがその存在を知らなければ、その子はどうしようもなくなる。孫を、そんな辛い目に遭わせたくないからね」

「母さん・・・」

「まあ結局、かっちゃんもお仲間だったわけだけど。もしかっちゃんが人間だったら、逆に吸われる側になるってこともないとは言い切れないしね!だから、ちゃんと理解できる年齢になったら、話すつもりだったの」

「そうか。・・・・・・ありがとう、母さん」

「いえいえ」


そう香蓮が答えたとき、扉の奥から、小さな小さな声が聞こえた気がした。

反射的に勝利が立ち上がると、看護師が扉から出てくる。


「赤家さん、可愛い男の子ですよ。もうすぐ出てきますからね」


事前に説明は受けていた。赤ん坊は、これから産湯に付けるなど処置があるので、カートのようなものに乗せられ、新生児室に移動する。その一瞬だけ、写真等を撮っていいと言われていた。


父、文利が一眼レフカメラを、香蓮がビデオカメラをスタンバイする。

勝利は、ただ、初めて対面する我が子のことだけに集中することにした。


看護師さんが、カートとともにやってくる。その中には、タオルに包まれ、真っ赤な顔をした赤ん坊。

その顔を見ただけで、自然に言葉が零れ出た。


「初めまして。君が生まれてくるのを、ずっとずっと待っていたよ」




しばらくして、てるが病室に移動した。

疲労の色は濃かったが、思ったよりも元気そうなその顔色に、勝利はホッとする。

文利と香蓮は気を遣って、先程帰っていった。また明るくなってから来るらしい。


「勝利さん」

「てる・・・よくがんばったな。ありがとう。ゆっくり休んで」

「うん。・・・勝利さん、名前、決めた」

「決めた?」


いくつか候補があったのだが、てるは「直接赤ちゃんに会ってから決めたい」と言っていたのだ。


「『幸利(ゆきとし)』。あの子が生まれてきてくれて、今、とても幸せだから」

「幸利・・・。いい名前だな」


勝利は何度も、頭の中でその名を呼ぶ。

真剣な夫の顔が面白かったのか、てるがふふ、と笑った。


「名前を付けるって、緊張するな」

「ね。なんだかこそばゆい感じ。でも、温かくて幸せな気持ちになるね」

「でもな、てる。これから、もっともっと幸せになるんだからな?」


てるはきょとんとした目で勝利を見、そのあとふにゃりと笑った。


「もちろん。『全身全霊をもって幸せにしてくれる』んでしょ?勝利さん」

「『嫌です。二人で(・・・)幸せになるんです』って返したのは、どこの誰だっけ?」


それはあの日。プロポーズの予告から遅れること2週間。

会社の創立記念パーティを行った、あの思い出のホテルで、勝利が言った言葉だ。


「『嫌』って聞こえた瞬間、絶望的な気持ちになったな」

「だって一緒に幸せにならないと意味ないでしょう?」


父と母になったばかりの二人は、顔を見合わせ、静かに笑い声をあげた。




二人の幸せな未来は、まだ、これからも続いていく。

これにておまけも完結です!


まさかこんなに長くなるとは・・・。

最初は短編のつもりだったんです。だいぶ膨らみましたね。

でも言いたいこと、書きたいシーンや登場人物など、好き放題書くことができ、満足しています!

それもひとえに、読んでくださるみなさんがいたからです。

本当にありがとうございました!



・~*~・~*~・~*~・


付録(?)


今作は、今までの作品に出てきた人があちらこちらで出ていました。

そりゃあもう、分かりやすい人から、マニアックな人まで。

一応ここに、誰が出ていたかを書いておきます。

併せて、マニアック度も記しておきます。



『秘密の実験』より


後部(旧姓 朽木)侑里:主人公 マニアック度★

斎藤 久子:主人公の同期 マニアック度★★



『すっぱいと思い込んだ先輩は本当にすっぱかった-すっぱいぶどうの恋模様-』より


コンちゃん(本名:杵築文音):主人公 マニアック度★

大石 武道:主人公の相手役 マニアック度★

大石 杏:武道の姉ながら、あとがきに名前が出ただけ マニアック度★★★



『5段階恋愛』より


佐藤 美保:主人公の同僚だが、話にしか出ていない マニアック度★★★★



『心を奪いたい男、胃袋をつかみたい女』より


営業の佐藤(男):主人公の夏南とその同期との会話の中で、一回出ただけ マニアック度★★★★★

人事の田淵:同上。今作まさかの大抜擢 マニアック度★★★★★

鹿野:同上。彼に至っては、前作でははっきりと所属部署が記されていない。 マニアック度★★★★★★★



うーわー最後の三人、超マニアックー。

我ながら、よくぶち込んだよな・・・と思います。

つまり、今作と『秘密の実験』『心を奪いたい男、胃袋をつかみたい女』は同じ会社だったらしい!

社内恋愛の多い会社ですね。そんなに大きい会社ではなさそうなんですが(汗)


こんなことも一緒に楽しみながら読んでくださった方がいたら、うれしいです。




最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


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