おまけ3.あの写真のその後
「てるちゃん、あの写真、どうした?」
仕事の合間、急に多佳子に聞かれたてるは、すぐに何のことだか分かった。
ドレス選びの際に、試着した時の写真だ。
「データは取ってありますが・・・まだ、一度も見返してません」
「見る気は、あるの?」
「そうですね・・・今なら、見られるかもしれません」
自分に自信がもてず、過去の経験から自分を着飾ることから遠ざかってしまったてるが、変わるきっかけとなったときの写真。
普通の服装になってから2ヶ月ほどが経ち、自分でも服を選ぶことができるようになった。そんなてるなら、冷静にあの写真を見直せるだろう。
「見てみようかな・・・」
ぽつりと呟いたてるに、多佳子が笑顔を見せる。
「見てごらん。あの時のドレス、利佳子と私でいろんなタイプの選んだから、どれが自分の好みか、逆に好みじゃないかを知ることができると思うよ。色味とか、形とかね」
「そうですね・・・近々、やってみます」
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付き合い始めて2ヶ月以上が経ち、徐々にてるが勝利の家にいることが増えていった。食器や部屋着など、てるの物が当たり前のように、勝利の部屋に置いてある。半同棲状態、と言ってもいいだろう。
交際は順調だ。
しかし勝利には、どうしてもひとつ不満がある。
それは、いまだにてるの服選びができていないことだ。
てるが服を買いに行ったのは、杏か多佳子が一緒のとき。
それなのに、何故か、自分とは行ってくれない。
その理由を聞いてみたのだが、「すみません、まだそれはできません」ときっぱり言われてしまい、取りつく島が無かった。
ずるい。多佳子はもう何度もてると服を買いに行っているというのに。
それに加え、最近勝利の頭を悩ませていることがもうひとつ。
「課長?おっしゃりたいことがあるなら遠慮なさらずにどうぞ」
「ん?」
気持ちが行動に表れていたのだろう。
知らず知らずのうちに、恨みを込めて多佳子をじっと見てしまっていたようだ。
「あ、申し訳ないです。何でもないのですが」
「何でもないって目じゃありませんでしたよ。人を親の仇みたいに・・・言うなら今ですよ?」
そう言って多佳子はちらりと隣のデスクを見た。
そこに座る人物は今、資料室に行っている。
他の社員も、今日は皆揃って営業に出ており、二課には現在、勝利と多佳子しかいなかった。
「何でもお見通しですね。・・・私事で申し訳ないのですが、彼女が一緒に服を買いに行ってくれないのに、会社の先輩とは何度も行っているのが気になるんですよ」
「何度もって、ドレス選び入れてもたった2度ですよ?」
「0の私から比べると、大きな数字です。それに、近々3度目があることも聞いています」
多佳子は呆れたように、ため息を吐いた。
「そんなに服が選びたいんですか?」
「それもありますけど・・・彼女が他の人と楽しさを共有しているのに、私とはしてくれないのが寂しいですね」
「課長、かなり重いですね」
そう言うと多佳子は、人差し指で口を軽く叩いた。
考え事をしている時の彼女の癖である。
「時に課長、彼女さんが、以前のような服装をすることになったきっかけの話って聞いてます?」
「・・・ええ。先日、話してくれました」
てるの中で、何か心境の変化があったのかもしれない。
急にてるが、「お話があります」と真剣な顔をして言うので、一体何の話かと身構えたら、以前ちらりと聞いた、過去にあったことを詳しく話してくれた。
聞いた直後は、相手の男や周りの奴等に激しい怒りがわいたが、てるがもう気にしていないと言うので勝利も考えることをやめたのだ。
「あ~そうですか・・・じゃあ、近々、彼女さんが携帯を覗いて何か見ていたら、しばらく様子を見てみてください。メールやメッセージの類じゃなさそうだったら、そうっと近付いて声をかけることを推奨します」
「・・・どういうことですか?」
「可愛い彼女さんはもう、トラウマから復活したようなので。頑張ってくださいね、課長。もう一つのお悩みの方も」
「えっ・・・」
そこまで話したところで、「ただいま戻りました」とてるが入ってきた。計ったかのようなタイミングは、さすが多佳子と言ったところか。
言っていることはよく分からなかったが、素直に行動してみることにした。
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勝利が風呂に入ったのを見て、てるは携帯を取り出した。
昼間、多佳子と話した事を、行動に移すためだ。
何も他人様の家で見なくても、と思うが、こういうことは翌日に回すと怖気づいてしまい、「また今度」と流してしまいがちなのだ。
嫌なこと、苦手なことは先にやるに限る。
写真のデータを呼び出すと、あの日の写真が複数枚出てきた。
まずはざっと見る。
確かに、ドレスの色だけ見ても、ピンク、水色、ベージュ、緑、紫に赤に・・・と、いろいろな色を着ていたことが分かる。
形も様々だ。シンプルなものもあれば、それこそ童話のお姫様のように、飾りがふんだんについている物もある。
「利佳子ちゃんはやっぱり、お花やリボンがついてるドレスが好きなんだな・・・でも私は、自分が着るならシンプルなものがいいな。あ、でもレースは好きかも・・・。多佳子さんが選んだのは結構セクシー系だったんだなー」
ぶつぶつと呟きながら写真をめくっていくと、すぐ後ろから声がかけられた。
「何を見てるんだ?」
「ぎゃっ!課長!!」
色気のない叫び声を上げてしまったが、勝利は気にしていないようだ。
転がったてるの携帯の画面をちらりと見る。
「これ、ドレスを買いに行った時のか?」
「う・・・当たりです・・・多佳子さんが、撮ってくれたんです」
「俺も見ていい?」
「え・・・いや、その、これは・・・」
正直、見せたくない。
そんな気持ちがてるの顔に出ていたのだろう。
「・・・ごめん。ちょっと嫉妬しただけだから、気にするな」
「え?嫉妬ですか?」
「・・・一体誰にって顔だな。多佳子さんに決まってるだろ」
「だって、多佳子さん、女の人なのに・・・」
「男だろうと女だろうと関係ない。てるが一番信頼してるのは多佳子さんだろ?一緒に服を買いに行ったこともあるし、ドレスも選んでたし・・・」
てるは知らなかった。勝利がそんな風に思っていたなんて。
勝利は自嘲するように笑った。
「悪い、忘れて。つまらない独占欲の表れだから」
「課長」
「何?」
おしゃれをしようとすると頭の中で響いていた嘲笑は、まったく聞こえなくなった。それは、勝利と付き合い、少しずつ自分に自信をつけることができたからだ。
「課長のおかげで、私、変われたんです。多佳子さんは、確かに要所要所でアドバイスをくれたんですけど、でも、変われたのは課長がいたからです」
「・・・うん」
「でも、その、一緒に買い物はちょっと・・・」
少し明るさを取り戻した勝利は、続いたてるの言葉にすぐにシュンとなった。
勝利を悲しませたいわけではない。理由をちゃんと言わなければ伝わらないのだ。てるは恥ずかしさを振り切り、思い切って声に出した。
「・・・だって、好きな人には、ちゃんとじっくり考えた可愛い格好で会いたいじゃないですか」
床を見つめてぽそぽそ言うてるの顔は、おそらく真っ赤であろう。
顔に熱が集まってきているのが自分でも分かった。
「てる・・・」
「あの、服選びにはまだ自信が無くて、多佳子さんとか杏さんとかに『似合うよ』って言ってもらうと、きっと課長も可愛いって思ってくれる服装になってると思うと言いますか、あ、でも、いつかは課長ともお買い物に行ってみたいって気持ちはあるんです。も、もう少し待ってもらえれば、きっと、」
「ありがとう、てる。ごめん、些細なことに俺がこだわり過ぎてたな。いつかは行けたらと思うけど、そんなに慌てなくてもいい。その代わり、一つだけ約束してくれ」
「はい?」
てるの両手は、さらに大きな温かい両手で包まれた。
顔を上げると、勝利の目が、てるをしっかり見つめている。
「ウェディングドレスは、俺に選ばせてくれないか」
「はい・・・って、えぇっ!?」
「あ、これはプロポーズではないからな。それは後日改めて」
「な、何ですかその、予告みたいなのは!?」
「いや、まだシチュエーションが絞りきれていないんだ。もう少し検討したいから、時間をくれ。それは一旦置いておいて。今度こそ俺が選んだドレスを着てほしい。・・・ダメか?」
眉を下げ、懇願するように見つめられる。その目には、弱い。
「ダメじゃないです、けど」
その瞬間、パッと花が開いたように、勝利は笑顔になった。
「じゃあまずてるの好みを教えてくれ!」
「え?」
どこから出てきたのか、分厚い雑誌が2冊、テーブルの上に置かれた。
表紙には可愛い花嫁さんが、幸せそうな笑顔を浮かべてポーズを決めている。
「結婚情報誌・・・?」
「内容が微妙に違うから2種買っておいた。ドレスもいろいろあるんだな。形、素材、色味も白と言っても多種多様で・・・てるは柔らかい生地が似合いそうだな。形はどうしようか・・・Aラインか、プリンセスラインか・・・エンパイアラインって言うのもあるし」
早口で言いながら、ぺらぺらと該当ページを見せてくれる。
勝利はすでに、読み込んでいるらしい。
「ミニドレスみたいな少し珍しいドレスもあるけど、俺としてはやっぱり王道のウェディングドレスがいいな。とすると、このあたりか・・・。ああ、ブーケやヘッドドレスも併せて考えるのか。てるはどんなのがいい?」
「か、課長、ちょ、ちょっといったんストップして、」
「あ、そうだな」
あまりの展開についていけないてるのストップに勝利が応じてくれ、ほっと息を吐いた。
しかし。
「ドレスの前に、指輪と式場を決めないとな。あとてるの家にもご挨拶に伺って・・・。どうしてもドレスは着てほしいんだが、式場は教会にするか?レストランで人前式もいいし、そのあたりは俺はこだわりはないんだが。和装が着たければ、お色直しで・・・でもカラードレスも捨てがたいし。お色直しは3回くらいやるか?指輪はどんなものにしようか。結婚指輪は日常で使いやすいのがいいな。ずっとつけてもらわないと」
「え、え、え、課長?」
「指輪はこっちの雑誌の方が詳しく載ってた。式場は、そっちの雑誌にフローチャートが載ってたぞ。タイプ別になってて、分かりやすかったな。まあ結局は、実際目で見てみないとだが。式場巡りツアーも頻繁にやってるみたいだし、申し込むか。てるは次の土日、空いてるか?」
「あの、あの、あの」
「てるのご実家にはいつ行こうか。できれば、お兄さんご夫婦にもお会いしたんだが・・・。連絡を取ってみてくれないか?できるだけ合わせるから」
そう言えばこの人は仕事ができる人だった、とてるが思い出したころにはもう、実家への挨拶も、指輪の注文も式場決定も終わっていた。
付き合い始めてから1年も経たないうちに、入籍も結婚式も済ませることになるとは思わなかったが、二人でこれからもずっと一緒に歩んでいけることを、てるは嬉しく思うのだった。
勝利がフラッシュモブを検討し、田淵が「それはてるちゃんが困るからやめた方がいいんじゃ」と止める画が頭に浮かぶ・・・。




