おまけ2.日常の一コマいろいろ
小話いろいろです。
視点もいろいろです。
話の途中に切り替わるものもあります。
【てるの同期】
「そういえば、てるってあまり同期とは出かけないのか?」
勝利から聞かれ、てるは同期の顔ぶれを思い出す。
「あー、もう一人いた女子はやめちゃいましたね。もともと、私の代は採用されたのが4人で、女子は私と彼女だけだったんですよ。私の見た目があんなのだったから、男性陣はほとんど話しかけてこなくって・・・連絡先も知りませんね」
淡々と話すその内容は、あまり喜ばしいものではないだろうが、勝利はどこかでほっとしてしまった。
「あ、でも・・・」
「ん?」
「最近、すごく久しぶりに挨拶されたんですよね。『こんにちは』って。こちらも『こんにちは、池上さん』って返したら、『俺の名前知っててくれたんですか、感激です!』とか言われて・・・。あれ、絶対私だって気付いてませんよ。まさか『同期の佐藤です』って言うわけにもいかず、曖昧に笑いながら逃げてきちゃいました」
あははと笑うてるの横で、勝利は一人、その男の名前をブラックリストに載せるのだった。
【けがと彼女】
てるは結構そそっかしい。
何もないところでも転ぶし、あちこちぶつけるしで、生傷が絶えない。
そんな彼女は、最近、ある悩みを抱えていた。
「・・・課長の治療が場所を選ばなさすぎる!」
叫んでみても、そこは一人きりの自分の部屋の中、しかも布団の中。
答える人はいないが、別にそれでよかった。
それよりも問題は、悩みの内容だ。
勝利は、てるの怪我を感知すると、すぐに治療しようとする。
さすがに人前ではしないようにしてくれているが、人気のない場所なら、フロアでも、廊下でも、非常階段でも、会議室でも、どこでも治療する。
さっと舐めてハイ終わり、なら、まだ耐えられる。
舐めるときは、なぜかてるの目を見つめながら、ねっとりと舐め回すのだ。
一度、あまりの色気に視線を合わせていられずに顔を背けたら、舐められている感触が鋭敏になってしまい、それはそれでつらい目に遭った。
そしてこれが勝利の家だと、大体、その後が決まってくる。
寝室に行くか、もうその場でするか。
することは一緒だ。
もちろん、ちゃんと許可を取ってくれるし、てるの体調がすぐれない日は遠慮してくれる。
それでも、毎回のように治療とそれがセットになると、てるが元気な時はほぼ毎日となるわけで・・・。
さすがに、多いのではないかと思ってしまう。
この悩みに対しての、平和的な対策は、一つしかない。
【怪我をしないようにすること】
なるべく慎重に、気を付けて生活しよう。てるはそう誓った。
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最近、てるの怪我がめっきり減った。
いいことなのだが、勝利にとっては少し・・・いや、かなり残念だった。
治療をしている時のてるは、恥ずかしがって顔を真っ赤にし、プルプルと小さく震え、それでも勝利と目を離さずにひたすら終わるのを待っている。
その顔があまりに勝利のツボで、てるから血の匂いを嗅ぎとる度、痣が無いかチェックして見つける度に、つい執拗に舐め回してしまう。
しかしそれも、最近では無い。
怪我が無いのはいいことなのに・・・残念である。
勝利の家で一緒に夕飯を食べる。
他愛ないおしゃべりをしていると、てるが小さく「いっ」と言い、手で口を押えた。
「どうした?」
「いえ、なんでもないです・・・」
そう言いながら、口に残っていたものをごくんと飲み込む。
そして、舌で口の中をゆっくり探っているようだった。
その様子で、勝利には見当がつく。
「・・・てる、噛んだな?」
「いえっ全然!大丈夫です!」
「どこ?口の中は治るの遅いから、治しておいた方がいい。いろいろ沁みるし」
「だ、大丈夫ですよー」
「・・・言わないなら、口の中全部舐め回す」
「み、右の奥です!」
てるに無理やり場所を吐かせ、勝利はてるが座っている椅子に近付いた。
「ほら、口開けて」
歯医者みたいだな、と自分でも思いながら、小さく開いた口に、自らの舌で唾液を送り込む。
場所が奥だし、てるの唾液もあるからなかなか治りにくいかもしれない。
勝利は繰り返し、てるの口内に唾液を運んだ。
おそらく治っただろう、と判断し、最後にチュッと音を立てて口を離すと、とろんとした目のてるが、頬を上気させたまま勝利を見つめていた。
そのまま、てるを寝室に連れ込む。
「か、課長!夕飯の途中ですよ?」
「無理。待てない。新月が近いし」
「近いって・・・まだ1週間くらいありますよね!?」
「満月よりは近い」
「で、でも、課長・・・!」
「てる・・・嫌?」
すでにてるの服をだいぶ脱がせた手を一度止め、上目遣いで見つめると、小さく「ずるい・・・!」と聞こえた。
「てる・・・」
「も~!課長のバカ!・・・嫌なわけ、ないじゃないですか・・・」
そうして今日も、二人の夜は過ぎていくのだった。
【海斗君再び】
「ただいま帰りました、課長」
「おかえり、てる」
てるが実兄の家に遊びに行って、帰ってきた。
実兄の家は、てるが住んでいる部屋と実家の間にあるらしく、時々遊びに行くとのこと。
それを止めるつもりはもちろんないが、帰ってきたてるには確認しなければならないことがある。
だから、実兄宅から直で待ち合わせして、そのまま勝利の家に行くことにしたのだ。
部屋に入ってお茶を飲んで落ち着くと、勝利は本題に入った。
「それで、てる?今回は、海斗君に妙な痕を付けられなかっただろうな?」
笑顔で聞いたつもりだが、てるにとってはどう映ったのか、ピクリと体が動いた。
「ダイジョウブでしたよ?」
「付けられたか。どこだ」
あまりの片言ぶりに、すぐに嘘だと分かった。
勝利が一歩近づくと、てるは一歩後ろに下がった。
「何もありませんって!本当に!」
「そうかそうなら全身剥いで隅から隅までじーっくり見てみよう」
勝利の本気の目に、てるは降参したらしい。
半ば涙目で叫んだ。
「ごめんなさい右肩噛まれました!」
「素直でよろしい」
今日のてるの服装は首元がV字に開いたニットのセーターだったので、少しずらせば肩が露出した。
確かに、前回と同じように、小さく内出血し、少し腫れている。
しかも。
「薄皮まで剥けて・・・!どうしてこんなところ・・・」
「あ、抱っこしてたら、服ごとガブッて。眠かったみたいですよ、そのあとすぐ寝ちゃったんで」
抱っこ。
そのまま寝る。
海斗君とやらは自分の彼女に勝手に痕を残したばかりか、抱っこして眠りについたという。
何という暴挙を。
相手がまだ1歳数ヶ月の赤子だと分かってはいたが、勝利は我慢できなかった。
とりあえず。
「てる、隠そうとしたな?それなりの覚悟はできてるんだよな?」
「・・・え?」
言葉の意味をまだよく分かっていない彼女を抱き上げて、場所を移動する。
治療がてら十分愛を確かめ合ってから、海斗君の行動にもっと注意するよう伝えよう。
勝利は頭の中で算段を立てながら、寝室の扉をゆっくりと閉めたのだった。
【こわいもの】
「てる、経理に行こうとは思わなかったのか?」
唐突に勝利に聞かれ、てるは咄嗟に言葉に詰まった。
「え・・・どうしてですか・・・?」
「いや、単なる疑問。これだけ事務ができるなら、事務にとどまらず簿記でも勉強して経理になった方が、勤める会社の幅も広がったんじゃないかって思っただけで」
勝利の言っている意味は分かる。
てるが学生時代、いろいろな資格を取って仕事に役立てようとした時のことを言っているのだろう。
あるいは、仕事を始めた後でも、勉強しようと思えばできたかもしれない。
ただ、それをしなかったのは。
「私、算数苦手なんです・・・」
「え?」
「苦手なんですよ!数学に行く前からもう苦手で・・・!数字見てるともう、背中がむずむずするというかなんというか、とにかくダメなんです!」
「でも、営業二課でも数字は取り扱ってるだろう?」
そう。
てるの仕事は営業事務。
営業の社員が取ってきた契約の見積書や工場に出す注文書などを作ることも、てるの仕事の一つなのだ。
「だから、それは死ぬ気で取り組んでいて・・・。ほら、パソコンや電卓使えば、計算は間違えないじゃないですか。合計だって平均だって、表計算ソフトであっという間ですし。あとは、自分でも何度も確認して、他の人にも確認してもらって・・・それで何とか切り抜けてます」
「そうだったのか・・・」
確かに、見積書や注文書だと、スピードが他のものより少し落ちるかもしれない。そうは言っても、十分に早いレベルなのだが。
「知らなかったな。仕事に関して、てるは怖いもの無しだと思ってた」
「それは私のセリフですよ。課長こそ、職場では怖いもの無しでしょう?」
そうてるに問われ、勝利は考える。
職場で、怖いもの・・・。
それを思いつき、ついぶるっと体が震えた。
普段ニコニコとしている、自分よりも体の小さいあの人が出す威圧感を前にしては、勝利など到底敵わない。口元は笑んでいるが目の奥は笑っていない顔で『赤家君?』と呼ばれたら最後。おそらく、明日の朝日は拝めまい。
自分をそんな気持ちにさせるのは、あの先輩だけだ。
目の前のてるは、そのことに気付いておらず、休日も一緒に過ごすくらい懐いているのだが。
「課長?」
「いや、何でもない。・・・誰にだっているさ、怖い者は」
勝利がそのまま黙ってしまったので、てるはそれ以上、突っ込んで聞いてこなかった。
勝利が我慢できない子・・・。




