3.女子会再び【てる】
ドレス選びに来た時と同じショッピングモールの入り口に着くと、多佳子と、すらりとした美人が目に入った。
「お待たせしました多佳子さん!そちらの方が・・・」
「おはようてるちゃん。紹介するね。私の高校の時の友人で、大石杏っていうの」
「どうも、てるちゃん!大石杏です。気軽に杏って呼んでね。この間はうちの弟の店で買ってくれたんだって?ありがとうねー」
「え・・・と?」
「あ、ほら、下着屋さん。あそこ、杏の弟が立ち上げたの」
「ああ!」
そう言えば、友人の弟が、と聞いていた。てるはすっかり忘れていたが。
確か店の名は。
「『The Fox and the Grapes』でしたっけ?」
「わ、覚えてくれたのてるちゃん!嬉しいなー。武道にも言っておくね!」
どうやら、武道というのが杏の弟の名前らしい。
「ちなみに私の店は『Apricots』だから。分かりやすいでしょ?」
「ああ、お名前にちなんでるんですね・・・って、『私の店』?」
「てるちゃん、杏のお父さんは服飾デザイナーでね。JFブランドって知ってる?」
「は、はい、知ってます!」
てるのような服飾関係に疎い人間でも、一度は聞いたことがあるブランド、それが『JF』だ。
その服は質が高く、それ故に値段も高いのだが、一生に一着は持ってみたい、着てみたいという誰もが憧れるブランドである。
「父の服は、もちろん物がいいんだけど、高級だから若い人はなかなか手が出せなくてね。私はもう少し、普段から買える、使える服を作りたいと思ったの。もちろん、安くなったからって質はなるべく落とさないようにして、デザインだって妥協はしてないよ!」
どうやら一家で、服飾関係の仕事をしているらしい。
「まあそんなわけで。今日は私が、てるちゃんに似合う服をプロデュースするからね!」
「本職だから安心して任せられるよ。無理に押し付けそうになったら、私がちゃんと止めてあげるから」
「ふっふっふ・・・腕が鳴るわー。てるちゃん、磨き甲斐がありそうだもの。こんなにわくわくするのは、コンちゃんを着せ替え人形にした時以来かしらねー」
「はあ、あの、よろしくお願いします・・・?」
何となく嫌な予感がしつつも、まさか婦人服ブランドを持っている人に服を見立ててもらえると思っていなかったてるは、素直にお願いする。
三人はさっそく、『Apricots』に向かった。
「で、今日は、オフィス用とデート用の両方を購入予定でいいのかな?てるちゃん、どんな服が着たいとかある?ざっくりとしたイメージでもいいから」
「うーん・・・会社でも私服でも、ずっともっさりしたズボン姿だったので・・・す、スカートとか穿いてみたいなって思うんですけど、あまりフリフリしたのは、ちょっと抵抗感が・・・」
一課の佐藤麻里瑛の格好を思い出し、顔が引きつる。フリル、リボン、ふわふわで乙女チック。あれは麻里瑛だから似合うが、てるは自分が似合うとは思えない。
「仕事中は、スカートの方がいいとか、パンツスタイルがいいとかある?」
「私たちの仕事は、あまり動きがあるわけでもないので・・・どちらでも問題ないですね」
「そうねー。私も気分で変えてるし」
「ふむふむ。じゃ、まずは採寸から行こうか」
「・・・え」
「ちゃーんと自分のサイズを知ること。それが、服選びの第一段階だから!上半身と下半身でサイズが違うなんてこと、よくあるからね。はいじゃあ、試着室にレッツゴー!」
ちゃっちゃと試着室に閉じ込められた。なぜか多佳子も一緒に入っている。
「うちの店は試着室の広さも自慢よー」
杏自らメジャーを出し、てるに服を脱ぐように迫る。もうどうにでもなれの勢いで、下着姿になると、二人がてるの脚を見て、一瞬、止まった。
「て、てるちゃん、それ・・・」
多佳子に指差された先を見ると、そこはてるの太ももで、はっきりくっきり、赤い痕がーーー。
「ひ、ぎゃああああ!?」
「あらあら、愛されちゃってるーてるちゃん!多佳子、お相手知ってるんでしょ?どんなお方?」
「んー、外見は、『壁ドン、顎クイは腐るほどしてきたぜ』って感じのイケメン。中身は唯の恋愛初心者かな」
「さ、さすがにまだ顎は食べられたことないですっ!」
てるが慌てて言うと、二人は一瞬ぽかんとした後、爆笑し始めた。
「ち、ちがっ・・・あ、『顎食い』じゃなくて、ね・・・」
「て、てるちゃん・・・腹筋、崩壊、しそう・・・!そして、どこなら食べられた事があるのか問いただしたいっ・・・」
なかなかおさまらない二人を見てようやく、てるは自分が盛大な変換違いをしたことに気が付いたのだった。
そしてようやくおさまった二人にいろいろなアドバイスをもらいながら、仕事用にもプライベート用にも使えそうな服を数着と、デート用にお勧めの服を2着ほど買った。
フリルやリボンは控えめ、その代わりに刺繍やレースで女性らしさを出した服を中心にし、可愛らしさと大人っぽさを両立させたデザインだ。
仕事用のズボン(と、ついてるは言ってしまうが、パンツというらしい)は、てるにぴったりのサイズの物を買った。
「これに、ちょっと女性らしいトップス、あ、このシフォンのとかね。これを合わせるだけで、全然雰囲気違うから」
杏の言うとおりに試着してみると、どこにでもいそうなOLらしい恰好になった。
「今まで来ていた、ベストやカーディガンなんかも、組み合わせ次第では生かせると思うよ。このスカートに合わせて、ブラウスは・・・うん、これなんかいいかな。あまりきっちり首まで隠しちゃうと、せっかくの可愛らしさが半減しちゃうから、ボタンを一つ二つ開けたりとかね」
てるが今持っている服のことも聞きだしながら、アレンジ方法も一緒に考えてくれる。これは大変ありがたかった。自分では、買った服を習った通りの組み合わせでしか着られず、すぐに着尽してしまいそうだったからだ。
「あとは、首元にアクセサリーとかちょっと足すのもありだけど・・・あまりそこまで用意しちゃうと、彼氏さんが悲しむかな?とりあえず小物はまた今度にしようか」
「そうねー。ただでさえ、ドレス選びに服選びも奪っちゃってるからね」
「は、はい・・・ありがとうございました・・・」
今日習ったことが多すぎて、てるの頭はパンク気味だ。全部忘れないようにしたいが、自信がない。
「大丈夫よーてるちゃん。ファッションなんて、結局自分がいいと思ったもん勝ちなんだから。それでも心配だったら、服を組み合わせて写真撮って送ってくれれば、アドバイスできるよ。あ、これ私の連絡先ね」
スマホに連絡先を表示してもらい、てるは慌てて自分の方に打ち込む。何かあったときにはぜひ杏を頼りたい。
「ごめんねー、この後、私は約束があるからここで離脱なんだけど、少しは役に立てたかな?」
「少しなんて!ものすっごく助かりました!ありがとうございます、杏さん!」
「それはよかったー。これから頑張ってねてるちゃん。多佳子、またね」
「ありがとうね、杏。義妹さんによろしく」
杏の後ろ姿を見送る。たった数時間だが、とても勉強になった。
「妹さんとお約束だったんですか?お忙しかったんじゃ・・・」
「義理の、ね。大丈夫。あの子は、自分の周りの女の子が綺麗になる手伝いをしたいって、昔っからずっと言ってたから。変わりたいてるちゃんには、ぴったりかなって思って」
「はい。すごく、よかったです。・・・義理の、ってことは、弟さんの?」
「そう。お嫁さん。会ったことあるんだけど、もう武道君がベタ惚れでね。見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだったよ」
「そうなんですか。でもそれって、とても素敵ですね」
「そうね。さててるちゃん、お昼食べに行こうか!午後は『プチプラコスメお化粧塾』開講だよ!あと、眼鏡と、髪も少し整えよう!」
「はい!よろしくお願いします!」
二人はショッピングモールのフードコートを目指して、紙袋をガサガサ揺らしながら歩いていった。
ついつい、店名までがっつり出してしまいました。
『The Fox and the Grapes』でニヤリとした方、ありがとうございます。
かなりの通でございます。
ちなみにJFブランド、JF=Juicy Fruitsです。
・・・ネーミングセンスない・・・。




