2.治療と嫉妬【勝利】
最近は仕事がそこまで多くないため、二人そろって帰れることも多い。
そのため金曜日である今日も、勝利の家で一緒に夕飯を食べることにした。
今日のメニューは鍋。
具材を切って煮込むだけのお手軽な料理だが、二人で食べるとどんなご馳走よりもおいしいと、勝利は感じている。
食べ終わって片付け、ソファに座ってのんびりテレビを見ていると、てるがくるりと勝利の方を向いた。
「あの!か、課長は、どんな服装が好きですか!?」
「うん?」
「あ、えと、どんな服装の女の子が好きですか?」
顔を真っ赤にして聞くてるのあまりの可愛らしさに、こみ上げてくる諸々の衝動を抑え込みながら、質問の意図を探る。
「俺が好きなのはてるだけど」
「・・・いやっ、あの、そう、ではなくて・・・」
首まで真っ赤にしながら、しどろもどろと言葉を並べるてるの話を要約すると。
『明日、多佳子と服を買いに行くから、勝利の好みが知りたい』
勝利は悶えそうだった。いや、心の中では盛大に悶えていた。
しかし。
「どうして多佳子さんと・・・?俺もてると行きたい。明日予定があるって言ってたのはそれだったわけ?」
「あ、の、その、まだちょっと、外出デートは、ハードルが高いなぁ。と・・・」
「ハードル?」
「ただでさえ課長の周りには、久子さんとか香澄さんとか美人さんばっかりなので・・・」
「二人とも、見た目はともかく性格は苛烈だぞ?特に姉に至っては、弟を下僕扱いだし・・・。いつだったか、同期で飲み会してるときに乱入して、大変な目に遭った。斎藤とは妙に気があったみたいだから、酒乱が二人になって・・・」
勝利は思い出したくないとばかりにブルッと体を震わせた。
「姉と斎藤の話はどうでもいい。というかしたくない。できれば顔を合わせたくない。口もききたくない」
「あれ?じゃあ、課長が話したんじゃないんですね」
「何がだ?」
「初めて香澄さんに会った時、私、名前を呼ばれて・・・。てっきり課長から聞いたものだとばかり」
「俺は、てるが自己紹介したのかと・・・いや、それもおかしいか。名前を知っていたにしろ知らなかったにしろ、てるを吸血相手だと分かって声をかけて来たんだからな。・・・まあ、情報源は大体分かる。今度確認しておくから。それで、俺はいつ、外でてるに会えるの?」
有耶無耶にされたくなかったので、話題を無理矢理元に戻す。
余裕がないのは百も承知だが、自分との外出デートが掛かっているのでなりふり構ってはいられなかった。
「あの・・・明日、デートに着ていく服も買う予定なので、日曜日でもいいですか・・・?」
愛しい彼女に上目遣いに見つめられて、NOと言えるだろうか、言えるわけがない。
仕方なく、買い物デートは多佳子に譲ることにした。・・・とても悔しいが。
この間のドレスも選べなかったのに・・・。勝利は一歩も二歩も、多佳子に後れを取っている気がしてならない。
「で、『どんな格好が好き?』か。いつもの格好のてるも好きだけど」
「こんなひどい格好でもですか?」
「ひどい格好って自覚があるのに、その格好をしているのはどうして?」
途端にてるの体が固まった。表情もこわばり、よく見ると小さく震えている。
「わ、たし・・・」
「ごめん、責めてるわけじゃないんだ」
ゆっくり抱き寄せ、温めるように背中をさする。そういえば、てるを抱き締めるのは久しぶりだ。
「言いたくないことだってあるよな。ごめん。君が好きなことに、変わりはないから」
腕の中で少しずつこわばりが解けていくのを感じながら、勝利は反省した。
何かあると思っていた。てるがあの格好を貫いている理由。
それがあまり楽しくない記憶に由来しているようなのは、行動の端々で感じていた。
だからこそ、自分には話してほしかった。聞いたうえで、支えたいと思ったのだ。
しかし、まだ時期尚早だったらしい。
「明日か。天気は良さそうだな。場所は?ばれないように着いていこうかな」
わざと明るい声でおどけて言うと、それを遮るように弱弱しい声で、てるに呼ばれた。
「ん?どうした?」
「私、あの、昔、服装のことでからかわれたことがあって・・・」
「・・・うん」
「だから、あの、怖いんです。ちゃんとした服着るの」
「うん」
「・・・ごめんなさい。いっつも、こんな格好で・・・」
そう言うと、顔を俯けたまま、黙ってしまった。その表情は、勝利からは見えない。
それでも、話してくれたことは、大きな一歩だと勝利は思った。
「もう一度言うけど。俺は、どんな格好でもてるが好きだよ。それは忘れないで。・・・まあでも、この間のドレス姿は綺麗だったから、たまにはスカートを穿いてくれると、俺としては嬉しい、かな」
前半は真剣に、後半は少しふざけた雰囲気で言うと、てるは顔をあげて、少し笑った。
「・・・あー、でも、スカートは履けないかもしれません・・・」
「ん?どうして?」
「私、しょっちゅうぶつけたり転んだりするので、足がいつでも痣だらけなんです。今日も会社で棚に思いきりぶつかっちゃったし・・・いつもズボンだから、血が出るようなことは滅多にないんですけど。この間のパーティの時は痣がだいぶ薄くなってたんで、なんとか誤魔化したんです」
「ああ、なら・・・治せばいいんじゃないかな」
にっこり笑って言うと、てるはきょとんとした顔で首をかしげた。
「でも結構、痣って残るんですよ。少しずつ色が変わりながら1週間以上残ってたこともあるし」
「うん、大丈夫。治してあげる」
その言葉に、てるもようやく意味が分かったらしい。顔が引きつっている。
「い、いえ、放っとけば治りますし・・・」
「だめ。せっかくスカート穿く気になったんだろ?綺麗な足してるんだから、痣があったら勿体ないよ。はい、こっちのハーフパンツに着替えて」
「え、いや、あの、今、冬だし。タイツとか穿けばいいかなって、今、気付い、」
「あ、その服のままで脱がせるって言うのでも俺はいいよ?二択ね。脱ぐか、着替えるか」
『治療しない』という選択肢はさくっと消すと、てるは渋々、まだましな『着替える』を選択した。
洗面所で着替えてもらうと、勝利のハーフパンツはてるには大きいため、すねの中ほどの丈になった。ウエストは紐なので、キュッと結んでおけば脱げることはないだろう。
「あの、着替えました・・・」
「はい、じゃあこっち座って」
ソファに座らせ、その前に跪く。てるは羞恥からか、両手で顔を覆っている。そっと裾をめくって膝を露出させると、確かに右膝に大きな青痣があった。
「ひゃんっ」
何も言わずに舐めたので、その感触に驚いたらしい。可愛らしい叫び声に気をよくして、勝利は何度も舐めあげる。
吸血鬼の唾液には鎮痛と治癒の効果がある、と以前てるに話したが、どんな傷でも治す万能薬なのではなく、『自然治癒力を高める』効果があるのだ。それ故、小さな怪我や痣など、比較的治りの早いものは、少し舐めるだけで跡形もなく消える。骨折などの大きな怪我は、自然治癒に任せられないので、治すことはできない。
吸血する際に相手を傷つけないために発達した能力なので、牙の刺し傷程度しか治せないのだ。もちろん、自分には効かない。おそらく、吸血鬼同士も効かないのではないかと思う。吸血鬼同士で血を吸うことはないからだ。
そんなことをぼんやり思いながら膝を見てみると、すっかり綺麗になっていた。
良かったと思うとともに、残念な気持ちがこみあげる。
何だ、もう終わってしまったのか。
諦めきれなくて、もう少し上まで裾をまくると、左膝の少し上、太ももに、小さな痣を見つけた。うっすらとしているから、少し前についたものかもしれない。
「これも、ぶつけたのか?」
「え?・・・あ、これ・・・」
目隠しをいったん外して自分の痣をまじまじと見たてるは、衝撃の言葉を口にした。
「あ、海斗君に付けられたやつかな?」
「・・・あ?」
かいと。カイト。海渡?か?
そんなやつ、会社にいただろうかと、勝利は超高速で脳内の人物事典をめくっていく。
いない。少なくとも、勝利の知っている中には。
「あ、海斗君って言うのは甥っ子です!先日1歳になったので、そのお祝いに行ってきたばかりなんです」
そういえば、てるは先週末に日帰りで実家に帰っていた。
海斗君とやらの誕生日パーティだったのだ。
「それで、どうしてこんなところに痣が・・・?」
こみ上げるどす黒い気持ちを押し殺して、てるに問う。
「海斗君、いま新しい歯が生えてきて、あちこち噛みたい頃なんですよ。私がイスに座ってたら、足につかまり立ちしてきて。可愛いなーって見てたら、ズボンの上からがぶりと噛まれました!」
どこか嬉しそうに話すてるを見て、先程押し込めた感情が膨れ上がるのを感じる。
「跡に残るほど、強く噛まれたのか・・・」
「まだ加減とか知らないですからねー。私もあまりの痛さにびっくりして、つい叫んじゃいましたよー」
あははと笑うてるは、気が付いていない。勝利のオーラがどんどん暗闇に染まっていることに。
勝利は無言でその程よく肉付きのある太ももを掴むと、べろりと舐め始めた。
「ぎゃあっ!か、課長?」
「他の男に跡をつけられて、黙っていられるか」
「お、男って・・・まだ1歳ですよ?授乳中の赤ちゃんですよ?」
「尚更だな。赤ん坊は小さな吸血鬼なんだろ?他の吸血鬼に付けられた跡なんて・・・絶対、消す」
「や、ちょ、課長ぅうう!」
それから勝利は、これでもかと小さな痣があったところを舐め、仕上げに自分の跡を残した。
そのころには、てるは息絶え絶えで、自分が何をされているのか分かっていないようだが。
多佳子だけではなく、赤子である甥っ子にまで嫉妬してしまうとは・・・つくづく、自分は心の狭い人間(吸血鬼だが)だなと思うも、てるのことに関しては、一歩も引けない勝利だった。
ヘタレ×両想い=変態




