1.変わりたい【てる】
ここからは話によって視点が変わります。【 】内で示します。
パーティから10日間ほど経ったある日。
てるは多佳子と一緒に資料室の整頓をしていた。
ちょうど、仕事は山を越えたところで少し余裕があり、ずっと気になっていた『どんどん積み上げられている最近の資料』をきちんとファイリングすることにしたのだ。
本当は営業事務の二人の仕事ではないのかもしれないが、誰かがやるのを待っていてはずっとこのままだろう。
上司の勝利の許可も得たことだし、と、二人は片っ端から書類を年月日別に振り分けていた。
「よし。ちょっと休憩しようか。ずっと働き詰めだったからね」
「あ、はい」
休憩スペースで多佳子は缶コーヒー、てるは缶の紅茶を買い、一口飲む。
「あ、そう言えばてるちゃん、あのコーヒーメーカーはどうなったの?」
多佳子が言っているのは、創立記念パーティでてるが引き当てた賞品のことだ。正直、てるはコーヒーをあまり飲まない。宝の持ち腐れだと思ったが。
「課長のお宅に引き取ってもらいました。コーヒー、お好きなので」
「ああ、じゃあちょうどよかったね」
「はい」
「で、どうなの?お付き合いの方は。順調?」
「順調・・・でしょうか」
あのパーティの翌日から、てると勝利は正式に付き合い始めた。以来、勝利はまめにてるに連絡を取ってくれている。
もちろん、平日は会社でも顔を合わすのだが、それとは別に、だ。今まで吸血関連以外の連絡が一切なかったことが嘘みたいである。
デートもした。
二人とも早く上がれそうな日に、勝利の自宅で一緒に夕飯を作ったのだ。二人とも、自炊経験があるので料理下手ではないが、自分の分しか作らないので料理上手というわけでもなく、レシピサイトで食べたい料理を探して作った。少し焦がしはしたものの、とてもおいしかった。
そう、交際はのんびりペースながら、順調、と言えるのだろう。が。
てるは今日、何度目になるか分からないため息を吐いていた。
「どうしたのーてるちゃん?今が幸せ絶頂期なんじゃないの?」
「多佳子さん・・・いえ、その、それはまあそうなんですけど・・・」
主に女子社員の視線が恐ろしくて、付き合い始めたことは周りには秘密にしている。しかしお世話になった多佳子だけには、二人そろって報告したので、多佳子は知っている。
「んー?何か不満があるなら、お姉さんが聞いてあげるよ?しっかし、あんなナリで課長も男女交際は初めてなんて、信じられないね」
「ええ、私も最初は信じられませんでした」
『好きな相手しか吸血しない』
それを知らなかったら、てるは今でも信じなかっただろう。
勝利は、『吸血したくない→好きな相手を作らない』で、この10年以上を過ごしてきたらしい。
だから、お付き合いをするのはてるとが初めてなのだ。それはお互い様だが。
その割に、寝てしまったてるの化粧を拭くだけのシートで落として化粧水も塗ってくれたり、ヘアピンを抜いておいてくれたり、クロークに預けっぱなしの荷物(昼間会社で着ていた服)を受け取りに行ってくれたりと、かいがいしく世話を焼いてくれた。
女性の扱いに慣れていることをこわごわ指摘すると、『酔った姉に命令されたことが何度もあるから嫌でも覚えた』と苦々しそうな顔で言われ、納得した。
「でーもー、あのまま高級ホテルに泊まったんでしょ?ツインルームだったけど」
「多佳子さん!泊まったって言っても、本当に泊まっただけで、何もなかったんですから!」
「んー本当かなー?ツインだって、やることはやれるからなー」
ふふふと笑う多佳子はからかいモードだが、本当はおそらく分かっている。てると勝利にはまだ肉体関係などほど遠いことに。
両想いになってから、二人は手すらも繋いでいないのだ。
その代わり、と言っては何だが、勝利は「今までちゃんと伝えてこなかった分、これからはきちんと言葉にするから」と言って、事あるごとに『好き』『可愛い』『ずっと一緒にいたい』と言ってくれる。
その度にてるは嬉しいが恥ずかしくて、うまく返事ができないでいた。
「で、どうしたのかな?そのため息は」
また無意識についていたようで、多佳子に指摘されて気付く。
このところてるを悩ませているのは、勝利自身のことではなく。
「えぇと・・・、あの、課長ってモテるんだなーと再認識したと言いますか・・・」
「うん」
「可愛い女の子が、毎日のように課長のところに行ってるのを見ると、なんか、こう、胸がぎゅうってなるって言うか・・・」
「うん」
「正直、私なんかでいいのかなーと思う気持ちもあるし・・・」
「うん」
「課長は、そのままでいいって言ってくれてるんですけど・・・」
「ほほぉ」
「・・・でも、今のままじゃ、課長の隣に立つのは、無理って言うか・・・。付き合う前は、なんとも思わなかったんですけど、付き合うようになって、外を一緒に歩くのとか、ちょっと、恥ずかしいって言うか・・・」
「自信がない?」
無言で頷くてるの頭を、多佳子はポンポンと撫でる。
「そうかそうか。てるちゃんが嫉妬ねー。でも自信がないからどうしたらいいのか分からない、と。んー・・・自信をつけるには、自分のこと大切にして、もっと好きになってあげないとね」
「自分を大切に・・・?」
「そう。厳しいことを言うようだけど、てるちゃんは過去のことがあって、外見に関しては少なくとも、自分を大切にしてない。貶めていると言ってもいい。そのままで自信をつけるのは、無理だよ。自信って言うのは、『自分を信じる』って書くんだから。誰よりもまず、自分が『これなら好きな人の隣にいても大丈夫』って信じてあげなくちゃね」
「・・・そう、ですね・・・」
あの時から、てるの時計は止まったままだった。卑屈な考えから、自分でもひどいと思うような恰好を貫いてきた。
しかし、そんな格好であることを気にせず、勝利はてる自身を見てくれた。その気持ちに、応えたい。
「変わりたい、です。私。自信をもてる自分に、なりたい」
「ようし!そうと決まれば週末に服買いに行こう!あ、一人友達呼んでいい?こういう時に役に立つのがいるの!あとはねー、ドラッグストアの安いコスメでそれなりの化粧をする術とかなら私が教えられるよ!」
「あ、それはありがたいです!化粧品って、どうしていいか分からなくて・・・」
「任せて!これでも家計をやりくりしてる主婦ですから!」
ドン、と胸を叩く多佳子にてるは微笑む。
変わりたい。自分のために。自分のことを好きでいてくれる、あの人のために。
それは、てるの中から自然に湧き上がってきた気持ちだった。




