8.この想いを、君に
一晩寝たぐらいでは、殴られた腹の痛みは消えなかった。
女の細腕で・・・と思われそうだが、香澄は運動することが大好きで、今でもジムに通っており、しかもボクシングにハマったと聞いている。
そんな姉からの右ストレートは、いまだに勝利の腹に痛みをもたらせており、それと共に昨日話した事を否応にも思い出させる。
今日が、勝負だ。
勝利は自分の両頬をぱちんと叩き、玄関のドアを開けた。
・~*~・~*~・~*~・
創立記念パーティと言っても、ただ単に食事を楽しんでいる暇などなく、自社の重役に取引先の重役に・・・と、結局挨拶回りが主となった。
てるは多佳子と一緒に過ごしているようだったので、とりあえず安心する。
あの人がそばにいれば、不埒な輩は近付いて来ないだろう。
てると言えば、今日のドレス姿はとても綺麗だった。
ワインレッドというのだろうか。
勝利は色の名前には詳しくないが、深みのある赤いドレスは裾にかけてふんわりと広がっており可愛い印象ながら、肩とデコルテにかけての黒いレース部分はてるの白い肌を際立たせており、正直正視できないほどだ。
いつもはしないメイクも髪型も、てるの可愛らしさの中にある色気を引き出させており・・・勝利は多佳子を褒め称えたい気持ちと、恨みたい気持ちで板挟みになった。
まるで、自分だけが知っていた宝石の隠し場所を暴露された気分だ。
見惚れるほど綺麗だと思っているのに、結局勝利は一言も声をかけられないままだ。田淵などはいつものノリで『似合ってる』『綺麗』なんて言っているのに。こういう時に気の利いた一言が言えないから、勝利はダメなのだろう。
そんな田淵と連れ立って、挨拶回りをしていると、久子がすっと近付いてきた。
「赤家。総務の鹿野が、てるちゃんにちょっかいかけに行ったかも」
「あ?」
「別に女癖が悪いとかじゃないんだけど、ちょっと調子いいって言うか・・・きっとてるちゃんに、『前からいいと思ってたんだよね』くらい言ってそうだから」
「・・・そうか」
「ま、どうするかは自分で決めて」
それだけ言って、久子は離れていった。
「どうすんの?赤家」
「・・・」
てるの方を見ると、確かに、誰か男性と話しているのが見える。
勝利がそちらに向かおうとした時、マイクを通した声で渦中の人物の名前が呼ばれた。
『営業二課の佐藤てるさん、大当たりー!前に出てきてくださーい!』
どうやらビンゴで景品が当たったらしい。
てるは鹿野を置いて、ステージに上がり、何か大きい箱をもらって降りてきた。
今にもよろけそうな姿を見て駆けだしそうになった時、運悪く無視できない取引先の重役に捕まった。
「おや、赤家くんじゃないか。先日は世話になったね」
「いえ、こちらこそ、・・・」
すらすらと形式的な言葉が出てくるが、意識は完全にてるに向いている。
二課の部下3名がエスコートして、多佳子のもとに連れて行ったのを見て、とりあえず安心する。
しかし、もうすぐパーティも終わりだ。こんなことをしている暇はない。
今すぐ、てるのもとに行きたいのに。
「そういえば赤家君、この後、時間はあるかい?うちの娘に会ってみないか?手前味噌だが、なかなか気立てのいい子でね、」
「申し訳ありません」
いつになく、きっぱりと話を遮ったことで、相手は驚いたようだ。
「私には、この人だけと決めた相手がおりますので。失礼いたします」
そして後ろを振り返らずに、速足で進む。まっすぐに、愛しい人を目指して。
・~*~・~*~・~*~・
やっとたどり着いた時、久子の読み通り、鹿野が再びちょっかいをかけていた。
近くに多佳子はいたが、おそらく静観していたのであろう。てるが本気で困っていたら、出るつもりだったのだろうが。
それよりも。
自分以外の男がてるのそばにいることが、勝利には許せない。
帰りを一緒にと誘う鹿野から、てるを取り返す。
「私が一緒にいますので結構です」
「・・・え・・・?」
てるが呆けているのをいいことに、片手に荷物、片手にてるの腕を持って半ば引きずるようにしてをエレベーターホールに連れていった。
押したのは、上行きのボタン。
「あの、課長?」
「いいから着いてきて」
そこから上に行く人はいなかったので、エレベーターでは二人きり。押し黙ったまま、すぐにエレベーターは着いた。
事前にとっておいた部屋に向かって歩く。逃げられる恐怖から、ここまで腕を引っ張ってきてしまったが、ドアを開けて部屋に促してからは離した。
勝利としては、最後の通告のつもりだ。
逃げるなら、今だぞ、と。
「お邪魔します・・・」
部屋に入ったてるにソファを勧め、勝利も隣にかける。
横に並んで、ここまで接近したことがないことに気付き、心臓が早鐘を打ち始める。
いや、今はそれよりも、話を。
「・・・昨日、うちの姉に会ったそうだな」
「え、あ、はい。帰宅しようとしたら呼び止められて・・・」
「いろいろ、騒がしかったろ。悪かったな」
「いえ、そんな・・・」
どこから話そうと考えた結果、姉を話のきっかけに使うことにした。
それくらいは許されるだろう。
そう、本題はこれから。
勝利は意を決して言葉を紡いだ。
「・・・姉に、言われた。佐藤さんが、俺から、離れようとしてるって」
「・・・え」
「散々言われた。手も・・・まあそれはいい。何をしてるんだ不甲斐ないって。・・・本当に、ずっと君に甘えてきてしまった・・・」
「課長・・・?」
まだ痛む腹に力を込める。この痛みは、今までの所業を考えれば当然の罰だ。
今日こそ、決着をつける。
「ちゃんと、伝えていればよかった。ヘタレでごめん。俺は・・・君が、好きなんだ」
てるをまっすぐ見つめて、ようやく、伝える。
「うそ・・・」
「嘘じゃないよ」
「だって・・・え、あの、久子さんは?」
「どうして斎藤がそこで出てくるのか分からないんだけど。俺が好きなのは、君。佐藤てるだけ。・・・泣かないで、ごめん」
ぽろぽろと、音もなく次々に落ちる涙を見て、勝利は悟った。
すべては遅かったのだ。
「ごめん、やっぱり・・・嫌だった、よね」
縋るような言い方になってしまったのは、我ながら女々しいと思う。
しかしてるから返ってきたのは、拒否の言葉ではなかった。
「ごめ・・・なさ、っく。び、くりして、止まら、ふっく、な・・・」
濡れた目で上目遣いにそんなことを言われて、理性が家出しそうになる。
「・・・うん、分かった。まずは泣き止んで」
勝利の思いを、拒否しているわけではないらしい。
それが分かっただけで嬉しい。
勝利は、泣いているてるを驚かせないように、そうっと抱き締めた。
てるの小さい背中を、あやすようにぽんぽんと叩く。
しばらくそうしていると、嗚咽が聞こえなくなってきた。その代わりに、「う・・・あ・・・」と、小さく戸惑うような声が聞こえる。
冷静になって、言葉の意味をもう一度考えたのかもしれない。
今までの勝利の行動を振り返り、どう返事をするか考えているのかもしれない。
どくどくどくどく。
勝利の心臓は張り裂けそうだった。
てるからの返事がない。
時間が経つにつれて、不安感は増していく。
もしかして、どう断ろうか考えているのでは。
いっそ引導を渡してはくれないかと、声をかける。
「・・・佐藤さん?」
「わたし、も、」
好きです、と。
吐く息に乗せられた小さな小さなつぶやきは、それでも、勝利の耳にしっかり届いた。
いろいろと限界だったのだろう。てるはそのまま、眠りについてしまった。
君がいなければ、俺の人生は狂っていただろう。
本能を無理やり押し込めた生活。きっといつか破綻していたに違いない。
今まで言えなくて、ごめん。
これからはもっと、思っていることをちゃんと伝えるから。
だから、見せてほしい。君の内面も。
全て知りたい。全て知ってほしい。
誰よりも君のそばにいたいんだ。
そんな想いを込めて、てるの頬をそっと撫でる。
そこでふと、『好きだ』と伝えるに留まっていることに気付いた。
明日になったら、改めて交際を申し込む。
勝利は一人、そう決心した。
意外と長くなった勝利編。
これはあれですね。勝利の乙女チックな独白が意外と長かったから・・・。
って言うか、遅すぎるだろう。
月一回の逢瀬(プライベートは)って・・・もっとちゃっちゃと行動起こせよ!
・・・と、作者も思いますが、何せ彼はヘタレなのです。
ここまで、ありがとうございました。
次は、二人のこれからのお話です。




