4.外出デート【勝利】
土曜日の夜。
勝利がじれながら待っていると、てるから着信が来た。
「もしもし」
『あ、え、課長!?は、早いですね・・・』
まさか1コール目に取られると思っていなかったようで、戸惑う声が聞こえる。
「うん、まあ、待ってたから」
『・・・えっと、ありがとうございます・・・』
「どうだった?買い物は」
今日は多佳子と服を買いに行き、勝利は断腸の思いでそれを許容した。もちろん、てるにはそんなそぶりは見せなかったつもりだが。
『ええ、すごく勉強になりました。杏さんって、多佳子さんのお友達が来てくださって・・・』
てるもとても楽しんだようで、いろいろな話が飛び出す。きっと目を輝かせながら話しているんだろうなと、勝利は可愛い恋人の顔を脳内で思い描いた。
『それで、明日なんですけど』
「ああうん。この間はあんな風に言ったけど、てるは今日も一日出掛けて疲れてるんじゃないか?無理はしなくていい。これから先、何度だって機会はあるんだから」
『・・・』
仕事が忙しくはないとはいえ、土曜日も日曜日も出ては疲れるだろうと、気を利かせていったつもりだが、てるは黙ってしまった。
「てる?」
『あ、すみません。複雑な感情が混じり合って何からお話しようかと・・・』
「複雑?一個一個話したらいいんじゃないか」
『あの、『これから先、何度だって』は、ちょっと嬉しかったんです』
「うん」
『でも、その前のは、何ていうか、ちょっとショックでした』
「うん?」
『課長が気を遣ってくださっているのは分かってるんですが、でも、あの、会いたい、です。私が。・・・ダメですか・・・?』
自信のない声が聞こえる。てるはいつもそうだ。基本的にわがままを言わない。勝利に対してもいつも低姿勢。付き合うというのは、対等な関係であると勝利は考えているのだが、やはり上司と部下のせいか、てるは一歩も二歩も引いて接している。
それでも、『会いたい』と言ってくるようになっただけ、この2週間ほどで確実に進歩している。
「俺も会いたい。今すぐでも」
『い、今すぐは、ちょっと・・・もうパジャマです。夜も遅いし』
「パジャマのてる見たいな。今から行こうか」
『やっ、もう!またそんな冗談言って!ちゃんと、明日おしゃれしてから行きますから、それまで待ってください!』
勝利にとっては冗談ではなく本気だったのだが、さすがに却下された。
明日の待ち合わせ時間と場所を決め、通話を切る。
いつまでもてるの声を聞いていたかったが、そうも言っていられない。明日に備えて、早く寝ることにした。
それでも、明日のことを考えると期待に胸が膨らみ、遠足前夜の小学生のように、なかなか寝付けない勝利だった。
・~*~・~*~・~*~・
ここ10年ほどしてこなかった寝坊を、よりによってデートの当日にしてしまい、慌てて準備をして家を出た。
明日は仕事があるので、今日は昼前に集まり、ランチをし、少し店を覗き、お茶を飲んだら解散、というスケジュールだった。
待ち合わせ場所である駅前の地下街に行くと、てるが立っているのが見えた。
傍らに、見知らぬ男がいる。
「てる!」
わざと大きな声で呼ぶと、てるはパッと顔を上げ、こちらに駆けてきた。
「遅くなってごめん」
「いいえ、5分しか遅刻してませんよ?」
「・・・彼は?」
先程の男を睨みつけると、脱兎のごとく走り去っていった。
「んーと、どうやらお友達と約束していたのをすっぽかされちゃったみたいで、一緒に遊んでくれる人を募集中・・・みたいなことを言ってました。お気の毒ですねぇ。私は約束があるからって断ったんですけど、なかなか聞いてもらえなくて」
「ふーん・・・」
遅刻さえしなければ、そんな輩をてるに近づけることもなかったのに、と自分に対して憤りながら、改めててるをじっくり見る。
今日は珍しくスカートだ。コートを着ているため、中の服は見えないが、黒いタイツにショートブーツを履いているのは分かる。編み上げのブーツが可愛らしい。
眼鏡はせず、うっすらとだが化粧をしていて、いつもよりも大人っぽく見える。髪型も、飾りピンで前髪を留めていて、一生懸命おしゃれしてきてくれたことが分かる。
勝利が見ていることに気が付いたのだろう。てるがおずおずと聞いてきた。
「あの・・・どうですかね?」
「いつも可愛いけど今日はさらに可愛い。心臓撃ち抜かれた。やばい」
「え、いや、その、そんなには・・・」
まだまだ勉強中で、とかもっと可愛い人いますって、とか聞こえたが、勝利の心には届かない。
自分のために変わろうとしてくれた、それだけでも嬉しいのに、こんなに変身するだなんて。
やばい。今すぐ連れ帰って閉じ込めたい。
思考が危ない方向に向かいそうになるのを抑える。絶対に離さないという気持ちを込めて、自分よりずっと小さい手を繋いだ。
「か、課長?」
「はぐれるといけないから。行くぞ」
地下とはいえ、ここも冷える。待っていたてるの手は冷たくなっていた。自分の熱を分けるように、指を絡めてつなぎ直し、ランチのお店に向かった。
店内に入りコートを脱ぐと、てるの服がやっと見えた。今日は暖かそうなツイード生地のワンピースに、タートルネックのセーターを合わせている。
可愛らしいその姿に、勝利はてるから目が離せなかった。
「もう少ししたらクリスマスですね」
「街中はとっくにクリスマス一色だけどな。てる、クリスマスプレゼント、何がいい?」
「へ?」
「内緒で何か用意して・・・ということも考えたんだが、何だと喜ぶのか分からないから、本人に聞くことにした。何がいい?」
「え、え、えっと・・・」
目を彷徨わせながら、考え込むてるを見る。
「何か、おそろいのものがほしいです」
「・・・指輪か!」
「いえ、あの、もうちょっと、初心者に優しいものを・・・!って言うか、それ付けてたらすぐにばれちゃうじゃないですか!」
「俺は構わないが」
「私が構うんです!」
むしろ勝利としては、男除けに付けておいてほしいぐらいなのだが、残念ながら却下されてしまった。
「ば、ばれない感じので・・・」
「うーん・・・おそろいっていうのは良いな。物は思いつかないが・・・店回って考えるか」
「はい!」
そうして二人で、手を繋いで雑貨屋などを巡り、お揃いで買ったものはキーケースだった。ペアキーケースと言うもので、イニシャルを打刻できるというのでお願いした。できあがりは数日後だ。
「楽しみですね!」
「ああ、いいのがあってよかった」
お互いがお互いの分をプレゼントすることにした。会計を済ませ、引換券を受け取る。
勝利が手洗いに行って戻ってくると、てるがある店舗を覗いているのが見えた。
「何かいいのがあったか?」
「わっ!」
後ろからいきなり話しかけたため、てるは気付いていなかったらしい。かなり大きな声で驚いていた。
「ここは?石・・・か?」
「あ、天然石を扱うお店みたいで・・・ちょっと覗いてみただけです」
「初めての外出デート記念に何か買いたいな。何がいい?」
「い、いえ、私には不要です」
「俺が買いたい。てるに何か身に付けてほしい、俺のために。何が一番使いやすい?指輪はダメなんだろ。ネックレスとかか?」
『俺がしたい』を強調して言うと、何とかてるは折れてくれた。
実際、勝利は自分が買ったものを身に付けてほしいのだ。おそろいのキーケースとは別に、できれば見える位置で。
「え、と・・・イヤリングは、どうかなって」
「イヤリング?」
見ると、一見ピアスと見間違うほどの、小さな飾りがついたイヤリングが、ショーケースに並んでいた。
「あまり付けたことはないんですけど、最近のは痛くないし、ちっちゃくて可愛いのもたくさんあるって杏さんに聞いて・・・」
「いいんじゃないか。これ、取れないものなのか?」
ねじで止めるものもあったが、てるが見ていたのは輪っかの一部が開いており、そこに耳たぶを挟んで付けるタイプのものだ。
「意外と取れないみたいですよ」
「そうか。どれがいい?」
「う・・・可愛いのが多くて、選べない・・・」
二人でどれがいいかとみていると、一つのイヤリングに視線が吸い寄せられた。
「「これ・・・」」
同時に声を出してしまい、お互い顔を見合わせる。
「これ、てるに似合いそうだなって」
「わ、私も、これがいいかなって」
二人が選んだのは、赤っぽいしずく型の石が付いたイヤリングだった。鎖の先に石がついているため、揺れるようになっている。
「ガーネット、ですって。名前だけは聞いたことが・・・」
「パワーストーン?『前向きに目標に向かう』『絆を深める』・・・へえ、石にこんな意味があるんだ」
「それに、ちょっと、血のしずくっぽいし」
小声でつぶやいたてるの言葉を、聞き逃す勝利ではない。イヤリングから顔を上げ、可愛い恋人の顔を見つめると、目を逸らされた。そして、恥ずかしそうに俯いたままぼそぼそ喋りだす。
「あのドレスも、同じ理由で色を決めたって言ったら・・・引きますか?」
同じ理由・・・血の色。つまり、それは、勝利を思って。
今日だけで、何度この場でてるを押し倒しそうになったことか。中でも、今のは本当に危険だった。
勝利は血のしずくが揺れるイヤリングを持って、速足でレジに向かった。
「か、課長?」
「つけて、これ」
ラッピングしてもらおうとすると、てるが「すぐつけるので、タグだけお願いします」と横から言った。
てるも、楽しみにしていてくれるらしい。
勝利はそれだけで、天にも昇る気持ちだった。
おかしいな、さっさと月曜になって周りの反応を見るはずが・・・。




