4.貪欲な恋心
てると勝利が細かいルールを決めたのは、次の新月が近付いてからだった。
連絡先も知っているのだし、とっとと自分の気持ちを伝えればよかったのだが、勝利は行動を起こさなかった。否、起こせなかった。
なまじ顔立ちが整っているため誤解されがちだが、勝利は恋人はおろか、好きな人ができたのもその人生において二人目なのだ。いわば恋愛初心者。
その若葉マークが、好きな女性に対してのアピールの仕方など知っているわけがない。しかも相手は『彼氏なんていらない』と公言しているというハードルの高さ。
結局、普段通り仕事をすることしかできず、次の新月が近付いて初めて、ルール決めのために食事に誘うことができたのだ。
てるは協力すると言った通り、ルール決めにも積極的だった。
「基本的には新月の日に吸血でいいんですよね?休みの時は、前倒しでいいですか?」
「そうですね。時々は出張なども入りますし。当日じゃなくても、事前に吸血しておけば衝動に流されることはないはずです」
「場所はどうしましょうか?行為が行為ですから、人目につかない場所じゃないとですよね・・・。カラオケ?漫喫?あまり行ったことはないですけど」
「ああいう個室は、防犯カメラとかがあるのでは?」
「あ、そうですよね。じゃあホテルとか?でも一回一回お金かかっちゃいますね」
てるの方から『ホテル』という単語が飛び出し、勝利は動揺した。箸で摘んでいたおかずを落とすくらいに。
「二人でホテルなんて行ったら・・・」
耐えられるだろうか。密室。二人きり。当然ベッドもあるわけで。
無理。襲う。
顔色が赤くなったり青くなったりしたが、てるがこれを「自分とホテルなんて嫌に決まっている」と判断したことには微塵も気付いていない勝利だった。
結局、一人暮らしである、どちらかの家しかないだろうと結論付ける。
そこでもまた勝利は苦悩した。
自分のホームである部屋に彼女を連れ込む方と、彼女のホームに自分が行く方。どちらが危険性が少ないだろうか。
もちろん、この場合の危険性は、てるの、だ。
ぶつぶつと呟いては、頭を抱える。どちらもダメだ。何故ならどちらにも寝具はあるし、密室だし、二人きりだし。ホテルと何ら変わりない。いや、どこに何があるか把握している分、自分の部屋はホテルよりたちが悪いかもしれない。
さんざん悩んだ挙句、「では、佐藤さんのお宅の玄関でお願いします」というのが精いっぱいだった。
てるは、会社に近い勝利の家の方がいいのではないかと提案してきたが、それは却下した。『夜遅くに女性を一人歩かせるわけにはいかない』という理由は本心でもあるが、より危険性が低い方を選択した結果だ。あまり差がないような気もするが。
何とか無事決め終え、新月の日を迎えた。
正直、勝利は、あんなに嫌悪していた吸血行為についてなんとも思わなくなっていた。
いやむしろ、楽しみにしていたと言っても過言ではない。
好きな相手の血の味を知ってしまった今、我慢などとてもできそうもない。
てるが自分から献血することを言い出してくれてよかった。そうでなければきっと、遅かれ早かれまた襲っていたに違いない。
てるの家は単身者用マンションの2階だった。
セキュリティが万全とは言えないところに不安を感じたが、そこまで口を出すわけにはいかない。
玄関に入ると、ふわりと、てるの匂いがした。
かなりまずい。早く吸血して落ち着けないと、暴走しそうだ。
てるは今更、「私絶対汗臭いです!ちょっとシャワーでも浴びて」なんて言っているが、もう一瞬でも待てない。
それに、風呂上がりのてるが目の前にいたらそれはもっと危険な事態になるわけで。
そこでふと、勝利は気付く。
もしかしたら、吸血されることが怖くなったのではないか。
・・・それならそれで仕方がない。
「やっぱりやめますか?」
そんな言葉で、消極的にやめることを提案する。
誰だって血を吸われたいとは思わないだろう。しかも勝利は、前回同意も得ずに、痛みを無くすこともしなかった。
てるが少しでも怖いと思うなら。
今なら引き返せる。
それなのに。
「女に二言はありません!どうぞぶすっとやっておくんなまし!」
てるの顔には、肚を決めましたと書いてある。気合が空回りして変な語尾になってしまったようで、自分でも気づいたのか顔が赤くなった。
ああ、どうして君は、逃げるしかしてこなかった自分のためにこんなことまでしてくれるのか。
嬉しくて、切なくて、愛しくて、苦しくて。
そんな気持ちがごちゃ混ぜになったまま、せめて痛みだけは与えまいと、硬くなっていたてるの体をあやすように叩いてから、念入りに舐めた。
「・・・ん・・・」
小さく呻く声に、勝利の劣情が煽られる。
いけない、吸血に集中しなくては。
吸うことを宣言し、ぷつりとその肌に牙を立てる。途端、甘い血が口の中に広がる。一か月ぶりのその味に、体が震えるほど歓喜した。
「・・・終わりました」
「あ、お疲れ様です」
吸い過ぎないようにと注意し、最後にもう一度念入りに舐めあげてから声をかけると、ねぎらいの言葉がかけられた。
「それはこちらのせりふでは?」
「・・・あー、そうですかね?何か、ただ突っ立っていたような気がして」
幸い、痛みを感じさせずに済んだらしい。勝利はそっと息を吐いた。
しかし血をいただいたのでてるの体調が心配になる。めまいや気持ち悪さの有無を問うと、大丈夫だというので安心した。吸血は成功だったらしい。
「では私は、これで失礼します」
「あ、あ、え、と、本当に上がっていかなくていいんですか?」
申し訳なさそうに言うてるには悪いが、勝利の理性の糸はピンと張り詰め、今にも切れそうだった。
「・・・こんな時間にお邪魔している男が言うのもなんですが、付き合ってもいない男を簡単に部屋に上げてはいけません」
「はぁ・・・」
もっともらしいことで誤魔化して、てるの家を後にする。
「では」
「あ、はい、お気をつけて」
そんなささやかなやり取りでも、心が温まる。
恋とはすごいものだなと思う。
あとは、自分の気持ちをいつ伝えるか。
こうなったら長期戦だ。少なくとも月に一回は、プライベートな時間で会えるのだから、少しずつ距離を縮めていこう。
そう決意しながら、夜道を帰っていった。
・~*~・~*~・~*~・
プライベートで話すようになったこと、月一の吸血を確保したことで、勝利はてるを極端に避ける必要がなくなった。むしろ、積極的に接点を持ちたいと願うようになった。
自然と、仕事中も声をかけるようになり、周りもそのことに気が付いたようだ。
てるからは多佳子が気にしていた旨を聞いたが、そんなことで貴重な接触を減らすことはできない。
それに、多佳子はもう、とっくにすべて気が付いているのではないかと思う。勝利が吸血鬼ということ以外は。
それでも、足りない、と思う。
もっと、てるを見ていたい。そばにいたい。
その思いはどんどん膨らむばかり。
恋心とは貪欲なものなのだ。
しかし悲しいかな、勝利は恋愛初心者だ。
ここから先、どうやってアプローチしていけばいいか分からない。
そこで、こう言ったことに慣れていそうな、同期の田淵に(勝利としては)さりげなく相談してみた。
「女性へのアプローチってどうやるんだ?」
「ぶぅっ!」
飲んでいたお茶を盛大に噴き出した田淵に、無言でハンカチを手渡す。
「あ、悪いな。って言うかお前!前振りも何もなしに何言いだすんだ!」
「話したいことがあると言っただろうが」
「聞いたけどイキナリ過ぎるわ!・・・で、何?恋でもしちゃったの?勝利ちゃん」
「ちゃん付けするな気持ち悪い。・・・距離の縮め方が分からない。全然相手に気持ちが伝わっていない。そして相手は彼氏はいらないと公言している。どうしたらいいと思う?」
「はー、そりゃまたずいぶん・・・。でも、お前がマスク取って本気出せばイチコロだろ?そんなにイケメンなんだから」
「顔とかどうでもいいと言われた」
「・・・お前の顔、どうでもいいとか・・・すごいなそれ。んー・・・まあでも、マスクは取った方がいいんじゃないか?」
「そうなのか?」
「だって、顔が見えないって、なんか壁感じるぞ。あとはほら、軽めのボディータッチとか」
「ボディータッチ・・・」
「さりげなーく肩に手を置くとか、頭撫でるとか?あ、これ、気をつけないとセクハラになるからな」
田淵のありがたいアドバイスを忘れないようにと意気込んでいた勝利は、後半の注意を全く聞いていなかった。
吸血の際に、すでに肩に手は置いている。牙も首に立てている。
つまり、それより少し上の段階のボディータッチをしてみればいいのだろうか。
そのまま考え込んでいる勝利には、田淵の呟きは聞こえなかった。
「赤家が本気になる相手・・・面白そうだな」
勝利は乙女なヘタレチキンです、はい。




