3.狙うは自然失恋
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この辺りからどんどん勝利が・・・?
好きな人ができてしまえば、吸血衝動は避けられない。
だから、今までずっと異性を避けて来たのに。
気付いた時には落ちている、それが恋なのかもしれない。
しかし、てるはまだ若い。
勝利のこの気持ちに気付かれずにいれば、そのうち、てるに恋人ができるだろう。
そうすれば、自然に失恋することになる。
それは悲しいことだが、仕方がない。
とにかく、この思いが外にあふれてしまわないように。
勝利は細心の注意を強いられることになった。
しかし同じ部署で働いているので、いやでも姿が目に入る。
特別な意味はないのに、てると目が合うだけで、勝利の心は勝手に揺れ始める。
一番困ったのは新月の時だ。
吸血衝動が強くなる時に、その相手が目の前をうろうろしているのだ。吸血鬼にしか分からない、甘い匂いを振りまいて。
勝利はマスクをつけるようにした。
最初は新月前後だけだったが、次第に毎日つけるようになった。我慢しているせいか、自身の吸血欲求がどんどん膨らんできているのを感じたからだ。
そして、てるには話しかけないようにした。
幸い、部下が次々とてるに仕事を頼んでいるから、自分から頼まなくてもそこまで不自然ではなかった。
事務に用があるときはできるだけ多佳子にお願いした。そんなことが続いたからか、多佳子は何かを感づいたらしい。もともと、勘の鋭い女性なのだ。しかし、突っついてくるようなことはしない。それがありがたかった。
てる自身は、そんなに気にしていないように見えた。勝利の願望かもしれないが。
勝利は、てるにいい相手が現れ、幸せになってくれるのを願いながら、吸血衝動と戦っていたのである。
そうして1年以上、うまくいっていたというのに。
6月のある日。
それは起きてしまった。
一瞬の出来事だった。
偶然に偶然が重なっただけの。
しかしそれを【偶然】の一言で片づけるには、あまりにも様々な要因が重なり過ぎていた。
てるが怪我をして出血し、
そのまま勝利のもとに近付き、
勝利はコーヒーを飲むためにマスクを下ろしており、
そしてその日は新月ーーー吸血衝動が最も高まる日だった。
結果、てるを空き部屋に連れ込んで勝手に吸血するという、犯罪じみた、いや、丸きり犯罪を犯してしまったのである。
本能に従うまま吸血し、ようやく失った理性が戻ってきたとき、勝利は絶望した。
今までの努力がすべて水の泡だ。自分はとうとう、堕ちてしまった。嫌悪している奴と同じところに。
しかし一人で勝手に絶望しているわけにもいかなかった。目の前には、最大の被害者である佐藤てるがいるのだ。
幸いだったのは、てるが話を聞くことを了承してくれたことだった。
後から考えれば、あんな目に遭わせた加害者の事情を聴いてくれるよう懇願するという、勝利に都合のいいことしか言わなかったのによく了承してくれたと思う。
しかしその時、勝利は混乱していた。ずっと嫌悪していた初めての吸血、そしてその甘美な味。長い間味わうことがなかったその味に、すっかり酔ってもいたのだ。
だから、てるの首筋にまだ傷が残っているのを見て、治すためだと自分に言い訳しつつも舐めてしまったのは仕方がないことなのだ。きっと。
・~*~・~*~・~*~・
きちんと事情を話したいと、勝利がてるを連れてきたのは個室のあるリストランテだった。昔、家族でも来たことがある。
完全個室制のため、込み入った話がしやすい。
しかし、入る前に、てるからまさかの一言を食らった。
「だって課長、私のこと嫌いでしょう?」
確かに、話しかけなかったし、どちらかと言えば避けていた。これ以上接触を増やして、吸血衝動が抑えられなくなると困るからーーー結局、本日決壊してしまったのだが。
だがそのせいで、勝利がてるを嫌っていると勘違いされるなんて。
実際は真逆なのに。
しかしそこまでは伝えることができずに、『嫌ってない』というのが精々だった。
慣れないメニューに首を傾げるてるに見惚れないように、話す内容をもう一度吟味する。
どういう反応をされるかは分からない。が、言いふらすようなことはしないと、何故か確信はしていた。
結果。
吸血鬼だと告白したまではよかったが、てるの食事への興味には勝てなかった。
仕方がないので、勝利もとりあえず食べた。てるは珍しい高級料理にはしゃぎながら、美味しそうに食べていく。
確かにここの料理は美味しいが、勝利はそれ以上に心が満たされていくのを感じた。
ああ、好きな人と一緒に食べる食事って言うのは、こんなにも美味しいものなのか。
あらかた食べ終わって、改めて話し始めた。
「吸血鬼って言うと、どんなことを想像しますか?」
「え?うーん・・・太陽とニンニクと十字架に弱くて、夜な夜な血を吸うって感じですかね?あと、血を吸った相手を吸血鬼にして仲間を増やす・・・とか?あ、すごく長生きだって話も聞いたことがあります」
「そうですよね。でもそれ、現代の吸血鬼はもう、全部当てはまりません。人間との混血が進み、寿命は普通の人並みになりました。吸った相手を吸血鬼にするような特殊能力がなくなった代わりに、弱点もない。ほとんど人間と同じなんです。まあ、若干、血の匂いには敏感なのですが。そして、毎夜血を吸う必要はありません。食事で栄養を摂取できているので」
「そうなんですか。・・・あれ?でも、今日は?」
「量は必要ないですが、時期が来ると、無性に吸いたくなるんです。それこそ、我慢できないくらいに」
「時期と言うのは?」
「新月ですね。月が欠けてくると、どんどん衝動が抑えがたくなる」
「へぇ。狼男の反対みたいですね。何故新月なんでしょう?」
「先祖は新月の夜、闇に乗じて吸血していたから、その名残じゃないかと言われています」
「ああ、なるほど」
分からないことは質問をしながら、話を聞くてるは、吸血鬼という存在に対して寛容だった。普通ならまず「信じられません」からになりそうなものだが、実際襲われたからだろうか、すでに『存在するもの』として扱ってくれている。
話が早くて助かる。
ただ、『好きな相手から吸血する』、それだけはどうしても言えなかった。
言ったら、告白しているのと同じだからだ。
それに、勝利は吸血を続ける気はなかった。やはりトラウマは、払拭できていない。
てるへの気持ちを伝えてしまえば、また同じことを繰り返す。それは許せないことだった。
それなのに。
てるは言ったのだ。「たかが吸血で、赤家課長を失うわけにはいきません!」と。
勢いあまり、自身のトラウマまで暴露する羽目になったが、てるは諦めなかった。
一生懸命考えこんでいるのが分かる。何とか、勝利が吸血を受け入れられる方法はないかと。
何故そこまでしてくれるのか分からなかったが、勝利はそれだけで十分だった。自分のために、何かできないかと考えてくれる、ただそれだけで。
『ありがとう』、そう言おうとしたその時、てるが叫んだ。
「美保義姉さんっ!そうだ、おっぱいだ!」
さすがに赤家も絶句した。
好きな相手がおっぱいおっぱい連呼しているのだ。もう、どうしていいか分からない。
しかしよくよく話を聞くと、母乳の意味だと分かる。少し落ち着いた。
勝利は知らなかったのだが、母乳は血液からできるらしい。だから、赤ちゃんは吸血鬼みたいなものだと。
そして、牛乳を飲んでいるてる自身もまた、吸血鬼(牛限定)みたいなものだから、吸血を嫌悪しなくてもいいのだと。
驚いた。
目から鱗が出た気分だ。
論理としてはめちゃくちゃだ。こじつけが過ぎる。しかしそれでも、今までとらわれていた吸血への嫌悪が、ぼろぼろと崩れていくのを感じた。
勝利の顔に、自然に、笑顔がこぼれる。
しかし話はそれだけでは終わらなかった。
てるが、『献血する』と言い出したのだ。
それは願ってもないことだった。勝利が吸いたいのは唯一人、てるだけなのだ。吸血に対する嫌悪感を無くしていくには、てるの協力が不可欠だった。
これはもう、てるに告白するしかない。ありがたい申し出を受け、そして今度こそ気持ちを伝えようとした矢先。
「ああでも、課長も災難でしたね。どうせ血を吸うなら、地味な私なんかより一課の佐藤さんみたいに可愛い人の方が良かったですよね?」
「・・・え?」
咄嗟に、何を言われているのか分からなかった。
『どうせ』?『私なんか』?『可愛い人の方が良かった』?
「すみません、あんなタイミングで怪我しちゃって。まあでも、課長なら選ぼうと思ったら選り取り見取りなわけですし、そのうち、吸血に理解のある美人さんが現れると思いますから、それまで私で我慢してくださいね!あ、今日の分って足りてます?もっと要ります?」
てるは完全に誤解している。怪我をしたのが誰でも、勝利が血を吸っていたと思っているのだ。
そうではない、君の血だから吸ったんだと心の中では叫んでいたが、実際は言葉にならず。
「失礼いたします。食後のドルチェをお持ちいたしました」
「うわ~!私、ティラミスって大好物です!課長、頼んでくださったんですね!ありがとうございます!」
好きだと知っていたから頼んだティラミスに、てるの意識のすべてを奪われ、結局何も話せずに終わってしまったのだった。
ヘタレめ・・・!
今後、ヘタレ加速予報。




