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新月の夜にあなたと  作者: ぽてとこ
彼の話
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2.恋は突然に

無事大学を卒業し、とある企業に入社した勝利は、新人研修で同期とほどほどに仲良くなり、営業二課に配属された。

社会人としては、さすがに異性との接触をシャットアウトすることはできない。大学の4年間で程よい距離の取り方を学んだ勝利は、会社では誰に対しても敬語で接することにした。この頃には、女性であっても、人付き合いできる程度の関係が築けるようになっていたのだ。同期の斎藤久子(さいとうひさこ)がいい例である。


営業二課は、一言で言うと腐敗していた。

パワハラ・モラハラだらけの使えない上司、その上司に理不尽な叱責を食らい続けて麻痺している部下。

訴えればどう考えても勝てそうなのに、その気力もないらしい。勝利はげんなりした。


そんな時、こっそり話しかけてきたのは、営業事務の多佳子(たかこ)だった。その頃は結婚しておらず鈴木(すずき)だったが、他にも鈴木姓がいたため、下の名前で呼ばれていた。


「やっと根性ありそうなのが来たね。待ってたよ、赤家君」


彼女は上司を糾弾する機会をたった一人待っていた。しかし、一人で訴えるだけでは弱いと判断し、ひたすら証拠を集めながら、じっと我慢していたらしい。


「悪いんだけど、君から訴えてくれないかな?私は追随するから」


目立つのが嫌なのか、多佳子はそう言い、勝利が自身が受けたパワハラなどの証拠をある程度集めると、コンプライアンス委員会に訴えた。

そしてあれよあれよという間に上司は降格、営業二課は新たな上司を迎え、やっと普通に仕事ができる環境が整ったのだ。それが嬉しくて、仕事に熱が入ったのは仕方がないことだと思う。それまでは、まともに仕事などさせてもらえなかったのだから。


社内でもその騒動は有名になり、それと共に勝利の存在も広く知られるようになってしまった。

それは面倒な女子社員らのアプローチが増えることに繋がったが、ばっさばっさと斬り捨てるうちに少しは沈静化した。

勝利はますます仕事に打ち込み、二課には新しい人員が増え、生まれ変わった。

そして勝利は課長補佐を経て社内最年少課長に就任した。

その際、人事にお願いしたのだ。


「優秀な営業事務の男性を一人、つけてください」


多佳子は仕事ができるが、娘がまだ小学生になったばかりで、急に具合が悪くなるなど休まなければならないことがある。今までも営業事務はもう一人いたが、その一人は社内で嫌がらせに会い、仕事を辞めてしまった。それは、自分のファンであるという女子社員の仕業であると知り、何をしに会社に来ているんだと思ったが、勝利にはどうしようもなかった。

そこで、男性をお願いしたのだ。


後日、人事から内線で、「佐藤(さとう)てるを二課に」と聞いた。

こちらは男性と聞いていたから、そのことを疑わなかった。珍しい名前だとは思ったが。履歴書も後から送られてきたはずなのだが、ちょうどトラブルが発生し、その対応に追われている間に異動日の4月1日になってしまった。


そして二課にやってきた佐藤てるは、女性だった。


勝利は速攻、人事に訴えた。「また社員を社内嫌がらせなどというくだらないことで失う気ですか」と。しかし人事は取り合わなかった。「一番優秀なのを回したんだから、文句言うんじゃない」と。

男性の事務は少ない。なぜなら、男性の方が営業に回されやすいからだ。


勝利は諦めた。人事がそのつもりならば仕方がない。やめても自分のせいじゃないからなと心の中で毒づいて二課に戻ってくると、多佳子から仕事の説明を受けていたてるが顔を上げた。


「おかえりなさい、課長」


その一言に、心のどこかが動いた。しかしそのときは、勝利が自覚するほどの動きではなかった。




人事課が言うように、佐藤てるは大変優秀だった。申し分ないほどだ。正直、勝利としては嬉しい誤算だった。

心配していた嫌がらせもないようで、勝利は安心した。てるに抜けられると、正直痛い。てるが入ったことで、二課はより一層活気づいた。


てるは個性的な格好をしていた。

今どきの女の子にしては珍しい、というより、ダサいと言った方がいいかもしれない。

もさもさした髪、丸い大きな眼鏡に、化粧っ気のない顔、ブラウスの上にベストやセーター、だぼっとしたズボン。

しかし勝利は大して気にしなかった。仕事に支障がないからである。




てるの歓迎会で、課全体で居酒屋に行った時だ。


少し飲んだのか上機嫌のてるが、先輩社員に聞かれたことに素直に答えているのが離れていた勝利まで聞こえてきた。


「てるちゃんはさ、課長のことどう思う?」

「はいっ!赤家課長は大変素晴らしい方です!私も課長みたいに仕事ができるようになりたいです!」

「あー、そうじゃなくてさ、課長、かっこいいでしょ?こういう彼氏いたらどう思う?」


これはわざと聞いてるな。勝利はすぐに気付いた。

少し前のことになるが、勝利に見とれて仕事が滞った女子社員がいたのだ。

異動してきてから今まで、てるにそう言う様子はないが、探りを入れているのだろう。


「はい?彼氏、ですか?彼氏はいりません」

「えーでも、イケメンだよ?うちの課長」

「顔とかどうでもいいんで。それより二課を立て直したときのお話聞きたいです!」


これには驚いた。どうやら聞いた部下も驚いているらしい。

今まで顔だけで寄ってくる女はいたが、『どうでもいい』と一刀両断してくる女性には初めて会った。しかも、自分より7つも年下の、まだまだ若い女性なのに。


てるは先輩社員から、過去の勝利の仕事っぷりを聞いて目を輝かせているらしい。自分の、仕事部分のみに興味がある女性。


初めて、佐藤てるという女性に、興味をもった。




てるは仕事中はほとんどミスをしないが、時々抜けた発言をする。


この間も、「台風って5日くらい経つと、九州から関東まですっぽり覆うくらい大きくなるから厄介ですよね」と多佳子に言っていた。

どうやら、天気予報の台風の予報円を、【台風の成長具合】だと思っていたらしい。


「違うよてるちゃん!あれは、【あの範囲のどこかを通る】ってことだよ!」

「え、だって、台風はどんどん大きくなるものかと・・・」

「それにしたって、九州から関東を覆うくらいの台風来たら、たぶん日本は機能しなくなると思うよ!って言うか、今まで来たことないでしょ、そんな台風!」


爆笑しながら言う多佳子に、「そうでしたっけ・・・?」と首をかしげている。

仕事できびきび働いている時と違い過ぎて、勝利もこっそり笑った。


何にもないところで転んでいたり、ぶつかっていたり。

コンビニで買ってきたティラミスをちびちび食べて、最後はスプーンで容器が綺麗になるまでこそげ取っていたり。

疲れている社員にはこっそり飴やチョコを机の上に置いていたり。


何気ない仕草を見ては、心が温まるような、いやにドキドキするような、そんな気持ちが生まれていることに気付き、勝利は愕然とした。




まずい。

自分は、佐藤てるに恋をしている。

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