第八話 探偵物語 〜グリーンを追え〜
朝のあらぎ島。
グリーンが、いつもより早く起きて出かける準備をしていた。
肩には工務店で使う道具の入った袋。
「グリーン、どこ行くん?」
レッドが聞く。
「ちょっと用事がある」
「どんな用事?」
「……ちょっとした用事だ」
それだけ言うと、グリーンは山道へ向かって歩き始めた。
朝露に濡れた草が靴先に触れ、ひんやりとした空気には、土と木の葉の匂いが混じっている。
遠くでは鳥の声が響き、山の斜面からは、風に揺れる葉のさらさらという音が聞こえていた。
「……怪しい」
レッドがつぶやく。
「怪しいな」
ホワイトも頷いた。
「何が怪しいの?」
イエローが聞く。
「いつもと違うやろ」
「それだけ?」
ピンクが首をかしげる。
「十分や!」
レッドは自信満々だった。
ブルーはグリーンの背中を見ながら言った。
「本人に聞けばいいんじゃないか?」
「それじゃ探偵にならんやろ」
「探偵ごっこ?」
ケロ助が目を輝かせる。
「せや!」
「ほんなら、俺も参加する!」
こうして、五人と一匹の尾行が始まった。
グリーンは山道を黙々と歩いていく。
道は次第に細くなり、
左右から伸びた木の枝が頭上で重なっていた。
木漏れ日が地面にまだら模様を落とし、
踏みしめるたび、
乾いた落ち葉がかさりと鳴る。
斜面の向こうからは、かすかに水の流れる音も聞こえてきた。
何度か振り返る。
そのたびに、後ろの五人とケロ助は慌てて岩陰や木の陰に隠れた。
グリーンは、そんな様子を見て小さく息を吐いた。
どうやら、途中から気づいているらしい。
それでも何も言わず、そのまま歩き続ける。
やがて道が大きく曲がった。
レッドたちが曲がり角を抜ける。
「あれ?」
グリーンの姿がない。
「おらん!」
ホワイトが辺りを見回す。
「どこ行ったん?」
イエローもきょろきょろする。
一本道だったはずなのに、グリーンの姿はどこにもない。
「消えた……」
ピンクがつぶやく。
「そんなわけあるかいな」
ケロ助が言った。
「絶対どっかに道があるで」
探してみると、岩陰に人ひとりが通れるほどの細い道があった。
「ここや!」
レッドが先頭に立つ。
「待って。ちょっと怖くない?」
イエローが言う。
「探偵に怖いもんなんかない!」
「レッド、さっきから探偵を何やと思ってるん?」
ブルーが呆れた。
細い道を抜けると、小さな洞窟が現れた。
入口から冷たい風が吹き出し、湿った岩肌は黒く光っている。中へ一歩入ると、外の鳥の声が遠のき、ぽた、ぽた、と水滴の落ちる音だけが大きく響いた。土と苔の匂いが鼻をくすぐり、足元の石はひんやりと冷たかった。
「洞窟や……」
ホワイトが声を落とす。
「グリーン、ここに入ったんかな?」
五人とケロ助は、恐る恐る中へ入っていった。
洞窟の奥には、古い石段が続いていた。
「階段まであるぞ」
「どこにつながってるんやろ?」
ケロ助が先に進もうとする。
「待ってぇ。俺、足短いんやから急かさんといて」
石段を登っていく。
途中には、岩をまたいだり、丸太を渡ったりしなければならない場所もあった。
ちょっとした天然のアスレチックだ。
「うわっ!」
レッドが丸太の上で足を滑らせる。
「レッド!」
ホワイトが手を伸ばす。
「うわぁ!」
今度はホワイトまでバランスを崩した。
「二人とも、何してんの!」
イエローが笑う。
ケロ助も、
「探偵って大変やなぁ」
と笑った。
ようやく石段を登りきる。
その先で、突然視界が開けた。
山々が連なり、その向こうまで見渡せる。朝の光を浴びた斜面は幾重にも重なり、谷間には白い霧が細くたなびいていた。遠くの川は銀色の糸のように輝き、吹き抜ける風が頬を撫でる。深く息を吸うと、山の清らかな空気に混じって、どこか青々しい葉の香りがした。
「……うわぁ」
全員が足を止めた。
しばらく、誰も何も言わなかった。
その絶景の中に、グリーンがいた。
少し離れた岩の上に座り、静かに景色を眺めている。
「……グリーンや」
レッドが小声で言う。
「何してるんやろ」
「誰か来るんかな?」
ホワイトが周囲を見回す。
「待ち合わせ?」
イエローが言う。
レッドが目を細めた。
「……密会かもしれん」
「密会?」
ケロ助が聞き返す。
「誰かと会うんや」
「誰と?」
「それは分からん」
「分からんのに密会なん?」
ブルーが呆れる。
五人とケロ助は、物陰からグリーンを見張った。
しかし、いくら待っても誰も来ない。
グリーンはしばらく景色を眺めたあと、立ち上がった。
そして、何事もなかったように山道を下っていった。
「……」
「……」
「なんやったんやろ」
レッドがつぶやいた。
ところが。
山道をしばらく進んだところで、グリーンが立ち止まった。
少し先から、誰かが歩いてくる。
「誰か来た!」
五人とケロ助は、慌てて身を隠した。
グリーンと、その人物が向かい合う。
二人とも周囲を確認している。
そして――
その人物が、グリーンに何かを包んだものを渡した。
グリーンはそれを受け取った。
「……!」
レッドが息をのむ。
「やっぱり密会や!」
ホワイトが小声で言う。
「何を受け取ったんや……?」
イエローが不安そうにする。
ピンクも黙ってグリーンを見つめている。
ケロ助が小声で言った。
「どうするん? これ……」
「どうするって……」
レッドも困った顔になる。
「グリーンに限って、そんなことするとは思えんけど……」
「でも、あの渡し方……」
「まさか……悪の組織?」
「なんでそうなるん」
ブルーが小声で突っ込む。
「いや、だって怪しいやろ!」
「怪しいけど……」
五人は、どうしていいのか分からないまま、遠くから様子を見続けた。
やがてグリーンは相手と別れ、包みを大事そうに抱えて歩き始めた。
「追うぞ」
レッドが言った。
「まだ追うん?」
ケロ助が聞く。
「ここまで来たら最後までや!」
五人とケロ助は、再びグリーンを追いかけた。
しばらくすると、グリーンが小さな空き地に入った。
そこには、古びた木造の小屋があった。
「……犬小屋?」
ホワイトがつぶやく。
「犬飼ってるんちゃう?」
イエローが言う。
「まさか……」
レッドが目を見開く。
「グリーン、犬まで隠してたんか?」
「いや、何で犬を隠すん?」
ブルーが言う。
「秘密の犬や!」
「秘密の犬って何やねん」
ケロ助が笑う。
その時――
「ワン!」
全員が固まった。
「……犬や」
「やっぱりおる!」
「どこや!」
五人とケロ助が周囲を探し始める。
「犬小屋どこや!」
「こっちか?」
「いや、声はあっち!」
その時、グリーンが振り返った。
「……お前ら、まだついてきてたのか」
「……」
全員が固まる。
「いつから気づいてたん?」
レッドが聞く。
「最初からじゃない。途中からは分かってた」
「じゃあ、なんで言わんかったん?」
「……お前たちが何をするのか、ちょっと見てみたかった」
グリーンが、ほんの少し笑った。
その時だった。
茂みから、
「ワン!」
と犬が飛び出してきた。
「いた!」
レッドが叫ぶ。
現れたのは、りりぃだった。
「なんや、りりぃか!」
しかし、りりぃはグリーンには目もくれず、ケロ助を見つけた。
「……」
「……」
ケロ助が一歩下がる。
「ちょ、待ってや。俺、何もしてへんで?」
りりぃが一歩近づく。
「ワン!」
「うわっ! 来た!」
ケロ助が走り出した。
「待ってぇぇぇ!」
りりぃが追いかける。
「ケロ助、逃げろー!」
レッドたちが笑いながら見送る。
「なんで俺がこんな目に遭うんやーー!」
ケロ助の叫び声が山に響いた。
やがて、ケロ助が戻ってきた。
グリーンは、持っていた包みを地面に置いた。
「で、これが何か知りたいんだろ?」
「うん」
レッドが答える。
グリーンが包みを開いた。
中から出てきたのは――
小さな苗だった。
「……苗?」
「ぶどう山椒だ」
グリーンは苗を手に取った。
「少し変わった特徴がある苗でな。知り合いから分けてもらったんだ。うまく育つか、試してみようと思ってる」
苗からは、青く清々しい山椒の香りが立ちのぼった。葉をそっと撫でると、指先にぴりりとした香りが残り、鼻の奥まで爽やかな刺激が広がる。小さな葉の間には、これから実をつける未来がひそんでいるようだった。
全員が黙った。
しばらくして、レッドがぽつりと言った。
「……なーんや」
ホワイトも、
「秘密の取引かと思った」
イエローは、
「悪いことしてるんじゃないかって、ちょっと心配した」
ピンクも小さく頷いた。
ブルーは苦笑する。
「最初から本人に聞けばよかったんじゃないか?」
「それを言ったら探偵ごっこにならんやろ」
レッドが言う。
「まだ言うか」
グリーンが笑った。
「そういや、さっきの絶景のところでは何してたん?」
イエローが聞いた。
「ああ」
グリーンは少し考えてから答えた。
「たまに、あそこへ行くんだ」
「何しに?」
「景色を見に」
「……それだけ?」
「それだけだ」
「なーんや……」
また全員が笑った。
帰り道。
みんなで、あらぎ島周辺のぶどう山椒を使ったソフトクリームを食べた。
ひと口食べると、
冷たい甘さのあとから、
山椒の青々しい香りと、舌先をくすぐるぴりりとした刺激が広がった。
山の空気の中で味わうその風味は、さっき歩いた山道や洞窟、見渡した絶景まで思い出させてくれた。
自家製コーラも一緒だ。
「これ、うまいな」
レッドが言う。
「山椒の香りがする」
ホワイトも頷く。
グリーンは黙ってソフトクリームを食べている。
「新しい苗、ちゃんと育つとええな」
イエローが言った。
「そうだな」
グリーンが笑った。
その時、
「ワン!」
「……!」
ケロ助が振り返る。
「また来たぁ!」
りりぃが追いかけてくる。
「うわぁぁ! ちょっと待ってぇや!」
ケロ助が逃げ出す。
五人の笑い声が、あらぎ島に響いた。
今回は、グリーンを中心にしたお話です。
いつもはみんなの面倒を見ることが多いグリーンですが、今回はちょっといつもと違う行動を取ります。
それを見たレッドたちは、当然のように気になってしまい……。
気がつけば、五人と一匹の探偵ごっこが始まっていました(笑)
山道を進んだり、ちょっとした冒険をしたり、いろいろ想像を膨らませながらグリーンを追いかける五人。
果たして、グリーンはいったい何をしていたのでしょうか?
ぜひ最後まで読んでみてください。




