第19話 ハロウィンと、消えたお菓子
今年はハロウィンパーティやるよ!と意気込むイエロー
ハロウィンまで、あと三日。
あらぎ島の集会所は、オレンジ色のかぼちゃや黒いコウモリの飾りで、日に日にハロウィンらしくなっていった。
飾り付けを仕切るのはイエロー。パーティー用のお菓子もきっちり箱に詰め、ふたには念入りに貼り紙をした。
『ハロウィンパーティー用!
当日まで開けたらあかん!』
「よし。これで完璧!」
イエローが飾りの位置を直しに行った、そのとき。
「トリック・オア・トリート……」
かすかな声がした。
振り返る。
誰もおらん。
お菓子の箱を確かめると、ひとつ減っていた。
翌日も、同じ声。
そして、またひとつ減っている。
イエローは箱を抱きしめ、あたりを見回した。
「……おばけ?」
怖いどころか、頬がゆるむ。
「うわぁ、ハロウィン前から来てくれたん!?」
そのころ、棚の陰ではホワイトが口いっぱいにお菓子を頬張っていた。
「トリック・オア・トリート……。これ言うたら、お菓子食べてええんやな」
どうやら、誰かにお菓子をねだる言葉を、自分で食べるための合言葉やと思い込んでいるらしい。
本人は、ルールを守っているつもりやった。
そして、ハロウィン当日。
集会所は準備の真っ最中。
イエローが最後の飾りを整え、グリーンがテーブルを並べ、ブルーが照明を確認する。ピンクは魔女の衣装、ケロ助は黒猫風の衣装で、すでに準備万端や。
そこへ、レッドが大きなかぼちゃを抱えてやってきた。
「ワシ、ええこと思いついた!」
その言葉を聞いたグリーンは、無言で手を止めた。
ブルーも、ゆっくり顔を上げた。
この時点で、ろくなことにならん予感しかしない。
レッドは、くり抜いたかぼちゃを頭からすっぽりかぶった。
「どや! びっくりしたやろ!」
誰も驚かへん。
そもそも、かぼちゃの目の穴からレッドの顔が見えるわけでもない。そこに立っているのは、かぼちゃが二本足で歩いているような謎の物体やった。
レッドは満足して、勢いよく頭を振った。
スポッ。
……とは、抜けへんかった。
ぐいっ。ぐいぐいっ。
かぼちゃはびくともせん。
グリーンが駆け寄る。
「何しとんよ! 取れへんのか!?」
「取れへん!」
「威張って言うことちゃうやろ!」
グリーンが外そうとする横で、レッドはしばらく考えた。
そして、あっさり宣言した。
「もう今日はこのままかぶっとくわ!」
「諦めるん早すぎるやろ!」
しかし、レッドの頭の中では、すでに新しい遊びが始まっていた。
かぼちゃの上に王冠を載せ、マントを羽織る。
完成。
かぼちゃの王様や。
「ワシは王様や! みなの者、ひかえおろう!」
視界は悪い。足元もよう見えへん。
それでも王様は胸を張り、堂々と歩き出した。
右へ三歩。
左へ五歩。
なぜか元の場所に戻ってきた。
「王様のお通りや!」
「さっきから同じとこ回っとるで!」
ブルーの指摘も、王様には届かない。
「この城、広いなあ!」
「集会所や!」
グリーンのツッコミが響く。
レッドは、かぼちゃの穴から見える狭い景色を頼りに、さらに一歩。
そのまま、ピタッと止まった。
「……王様、道に迷った!」
「自分の足元すら見えてへんのやから、そらそうやろ!」
グリーンが王様を誘導し、ブルーはその様子を見ながら深いため息をついた。
その騒ぎの裏側で。
ホワイトが、そろりそろりとお菓子の箱へ近づいていた。
王様の大行進に、みんなの視線は釘付け。
今しかない。
箱を開け、お菓子をひとつ。
「トリック・オア・トリート……」
ぱくっ。
ほっぺたが、もぐもぐ動く。
もうひとつに手を伸ばした、その瞬間。
「……何しとんの?」
背後から、冷静な声。
ホワイトの手が止まった。
振り返ると、ブルーが立っていた。
ブルーはホワイトの口元、開いた箱、そして手の中のお菓子を順番に見た。
「なるほどなあ」
ホワイトは笑顔を作った。
「ブルー、お菓子食べる?」
「話をそらすな」
「おいしいで?」
「知っとるわ。パーティー用のお菓子やからな!」
ブルーが箱の中を確認すると、また数が減っていた。
「……まさか、ここ数日のお菓子も?」
ホワイトは目を泳がせた。
右を見る。
左を見る。
逃げ道を探す。
その先では、かぼちゃの王様がグリーンに手を引かれ、ゆっくりと集会所を一周していた。
「王様、帰還やー!」
「最初からそこにおったやろ!」
今なら逃げられるかもしれない。
ホワイトが一歩踏み出す。
ブルーが、すっと横に動いた。
「どこ行くん?」
ホワイトは、そっと元の位置に戻った。
「……ここ、ええ場所やな」
「そうか。ほな、ここで話そか」
ブルーの笑顔が、逆に怖かった。
観念したホワイトは、とうとう白状した。
数日前から、お菓子を食べていたこと。
そのたびに、小声で「トリック・オア・トリート」と唱えていたこと。
そして、本人はそれで正しいと思っていたこと。
「言うたら食べてええんやと思て……」
ブルーは額を押さえた。
「それは、お菓子をもらうときの言葉や!」
騒ぎを聞きつけ、イエローたちが集まってきた。
「あの声、ホワイトやったん!?」
イエローは目を丸くした。
数日前から楽しみにしていた、おばけの正体。
まさかの、盗み食い犯。
「なんやぁ……。おばけやと思て、めっちゃワクワクしとったのに!」
「ごめんごめん。でも、お菓子はおいしかったで」
ホワイトがへらっと笑う。
「そこは反省せえ!」
グリーンの声が飛んだ。
そのとき、かぼちゃの王様が胸を張って戻ってきた。
「騒がしいぞ! 王様に報告せえ!」
「おまんは今、何も解決してへんやろ!」
グリーンのツッコミで、集会所はまた笑いに包まれた。
こうして、ハロウィンパーティーは無事に始まった。
おやっさんも、おばちゃんも、先生も、へっぽこロボもやってきて、会場は大にぎわい。
魔女のピンクがケロ助を連れて歩き、みんなでお菓子を食べ、レッドは最後までかぼちゃの王様をやり通した。
ただし、王様は食べるたびにかぼちゃを持ち上げなあかん。
「王様、お菓子食べられへんの?」
イエローに聞かれ、レッドはぴたりと固まった。
「……あ」
今、気づいたらしい。
「王様、腹へった!」
「自分でかぶったんやろ!」
また笑いが起きた。
楽しいパーティーは、あっという間に終わった。
みんなで片付けをして、最後にイエローが別に取っておいた予備のお菓子を確認する。
パーティー用とは別の、小さなお菓子が三つ。
誰にも渡してへん。もちろん、ホワイトにも食べさせてへん。
ところが。
「……あれ?」
三つあったはずのお菓子が、二つしかない。
イエローは箱を持ち上げ、裏返し、底まで確かめた。
ない。
落ちてへん。
箱の下にもない。
「ちょっと待って! これ、予備のお菓子やで!?」
グリーンが片付けの手を止めた。
ブルーは箱を調べ、ホワイトを見た。
「今度は食べてへんやろな?」
「食べてへんて! 今回はほんまに知らん!」
ホワイトは両手を上げた。
「前の分は食べたけど、これは食べてへん!」
「前の分を自白するん、もうやめえ!」
グリーンのツッコミが飛ぶ。
けれど、今度は誰も食べた形跡がない。
みんなが顔を見合わせる。
そのとき。
誰もおらん、何も置かれてへん、集会所の片隅。
空っぽの空間から、金色のお菓子の包み紙が、ふわりと浮かび上がった。
風は吹いていない。
誰も近づいていない。
包み紙は、見えない誰かがそっと手を離したみたいに、ゆっくりと宙を漂った。
みんなの目の前を通り過ぎ、床へ舞い落ちる。
一瞬前まで笑っていたレッドも、口を閉じた。
かぼちゃの王冠が、こくんと傾く。
「……今の、誰や?」
返事はない。
イエローは、床の包み紙を見つめた。
怖がる様子はない。
むしろ、その目は、何かを見つけた子どものように輝いていた。
「……おばけって、ほんまにおるんかなぁ」
誰も答えられへんかった。
窓の外では、あらぎ島の夜が静かに広がっている。
かぼちゃの王様も、盗み食い犯も、冷静な名探偵も。
その夜ばかりは、誰にも説明がつかんかった。




