第97話 東の森へ(10歳)
辺境伯のレオンには、一つだけ拭い去れない汚名があった。
それは国境を預かる辺境伯でありながら戦下手と言われていることだ。
きっかけは40年ほど前に起こった辺境伯領の西側にある国との戦争だった。
辺境伯としての義務と、次期当主として手柄を立てるべく、戦場へと向かった。
王国軍が来るまで耐えれば数の差で押し返せる。しかしそれでは手柄にならないと思い、前線に出た結果、敵軍の罠にかかり、窮地に陥ってしまった。
当時、辺境伯家の騎士であったセドリックのおかげで九死に一生を得ることができ、その後、王国軍が到着し、そのまま押し返すことに成功したため、白紙の和平で戦争を終えることができた。
しかしそれ以来、辺境伯軍は脆弱だと貴族社会で囁かれるようになってしまった。
幸いにも、今日まで戦争は起こらなかったが、汚名を返上する機会も訪れなかった。
レオンは自身でも戦下手だと自覚し、自領の経済の発展に尽力し、その結果各領との強固な連携を築くことができたと自負している。
しかし、それでも、辺境伯領の兵が脆弱だと言われることに忸怩たる思いを募らせていた。
だが先日、ルシアン……いやサミュエルが作ったという魔術具を見て確信した。
これが量産された暁には、辺境伯軍への評価を覆せるだけの軍事力を手にできるのではないかと。
もし予定している魔物討伐の結果が期待どおりであれば、次の一手に出るつもりだった。
----------
2週間後、東の森へ討伐に向かう日がやってきた。
時間遅延爆発具を十分な数を用意し、他にも野営に使えそうな魔術具も用意した。
さらに時間遅延爆発具には一部改良を加えた物もいくつか用意したため、こちらも機会があれば試そうと考えていた。
任務自体は難しいものではないため、出陣式のようなものは行わないが、レオンがエレノアを連れて、任務に向かう兵士たちを労いに来ていた。
一人一人の兵に言葉をかけ、兵は感激の表情を浮かべていた。
そして最後にレオンはサミュエルへと近づき、言葉をかけた。
「急な命令ですまなかった。今回は時間遅延爆発具の実戦投入の結果と、魔術使いとして協力してくれるぐらいでいい。お前の安全の確保を第一とするよう、隊長にも伝えてあるから安心してほしい」
レオンは安心させるように一度うなずくと、ふと思い出したように言葉を続けた。
「それと戻ったら今回かかった経費とともに、報酬も用意する。期待していてくれ」
その言葉が終わるのを待っていたかのように、レオンの隣で静かに控えていたエレノアが一歩前へ出た。
「サミュエル!お土産期待してるわよ!」
「あの……エレノア様?遊びに行くわけではないんですが……」
他の街に行くのならともかく、まさか討伐任務で森に行くのにお土産を要求されるとは思わなかった。
「知ってるわよ!だけど貴方、故郷に行ったときもお土産がなかったじゃない!ルーカスはくれたわよ!」
完全に忘れていた……というのもヴァロンにはお土産にできるような珍しい物や特産品などなく、あげる物が思い浮かばなかったのだ。
それにしてもルーカスはエレノアになにをあげたのか不思議だった。
「うっ……ヴァロンでのお土産がなかったのはごめんなさい……。でも今回は討伐なのでお土産にできるような物なんてありませんよ……」
「貴方、その腰にあるのが魔術具なんでしょ?そういうの欲しいの!」
エレノアはサミュエルの左腰に佩いた曲刀――風牙刀を指さした。
「なんで知ってるんですか……」
「遊びに行ったとき何度か作ってたじゃない」
その件については完全に忘れていた。だがそれなら知っていても不思議ではなかった。
困り果ててレオンのほうへ顔を向けるが、レオンと目があった瞬間、目を逸らされてしまった。
こうなってしまってはどうしようもないらしいと悟り、サミュエルは承諾する。
「わかりました……。だけど武器は駄目ですよ。魔物素材でなにか取れたらそれで魔術具を作ればいいんですね……」
「それでいいわ!」
「だけど期待しないでくださいね。魔術具のできる魔物素材が手に入らないかもしれないので」
「そしたらまた次の機会を待つわ!」
どうやら彼女の辞書には諦めるという言葉は載っていないらしい。
「はぁ……それではいってきますね……」
サミュエルの言葉を聞くと、エレノアは軽くスカートの裾をつまみ、優雅に一礼した。
「ご武運をお祈りしております。どうかご無事でお戻りくださいませ」
こうして急に令嬢らしい振る舞いを見せるのだから、エレノアは卑怯だとサミュエルは思った。
----------
サミュエルたちはマルシュブルグを出て東に向かう。
以前のリュシエルたちと討伐に向かった時と同じく、近くの村まで馬車で移動することになった。
部隊の人数は自身を含め11人。
魔術を使える者が自分以外にも2人いると聞いている。
サミュエルは馬車の中でその2人と打ち合わせをしていた。
「よ、よろしくお願いします……」
「よろしくね」
「よろしく」
二人は20代ぐらいの男性と女性で、気さくな態度でサミュエルに接してくれた。
「そんな固くならなくていいよ。ほら、力抜いて」
「す、すみません……」
久々に初対面の人たちだけの空間に放り込まれたため、緊張してしまっている。
「時間遅延爆発具だっけ?訓練でいくつか使わせてもらったけど、あれって君が作ったんだよね?凄いね」
「魔術具を使い捨てする贅沢ができるなんて思わなかったよ」
「あ、ありがとうございます……」
二人は気さくに話しかけながらも、今回の任務について話を切り出した。
「それで打ち合わせなんだけど……ぶっちゃけた話、俺達って基本的に支援なんだよな。水筒係だったり、野営時の補助だったり」
「そうそう、だけど今回は魔術具を使って、戦闘も支援するんだよね。だから魔力の使いすぎには注意しないとね」
「あと、どこに向かってどう進むかは隊長が決めるから、俺たちはそれに付いていくだけだからそこまで深く考えなくていいってところかな」
二人ともこういった任務に慣れているのか、気負った様子はない。
むしろ魔術が使える数少ない隊員ということで、待遇はいいようだ。
「それで……その隊長はどこにいるんですか?」
「ああ、馬車の先頭で先導しているのが隊長だよ」
そう言われ、馬車の御者台越しに前を見ると、防具で身を固めて40代ぐらいの男性が馬に跨っていた。
「ああやって毎回、先頭にいてくれてるのさ。何かあってもすぐに対応できるようにね」
サミュエルは挨拶をしておこうと思ったが、どうやらそれどころではないらしい。
村に付いてから改めて挨拶をしようと考えた。
それからしばらくして、目的の村に到着する。
兵士の人たちが村人に聞き込みをし、どの辺りに魔物が出たのか。どれくらい居たのかを確認している。
「あの……いまいいでしょうか?」
「ん?ああ、君はサミュエルだったな。レオン様から話は聞いている。どうした?」
「いえ……今回はお邪魔してしまうことになってすみません。挨拶もまだだったので……」
隊長はなにやら気づいたような反応をし、カカッと笑い飛ばした。
「なんだ、そんなことか。律儀な奴だな君は。レオン様からも君の安全を最優先にするよう言い付けられているから安心したまえ」
どうやら隊長はサミュエルが保身のために根回しにきたと勘違いしたようだ。
「い、いえ、そうではなくてですね……」
「なに、気にしなくていい。我々はいつも通り、任務をこなす。ただその間に君は自分が作った魔術具を使えばいい。その時は我々も協力するから遠慮せず言ってくれ」
人見知りから言い淀んでしまったのを、隊長は図星を突かれて困っているのだと受け取ったようだった。
だがそれでも隊長は気にすることなく、お互いに上手くこの任務を終わらせようと言ってくれた。
「聞き込みが終わったようだ。いつでも出られる準備だけはしておいてくれ。また後でな」
村から出発する前に、隊長は聞き込みをした兵士たちと打ち合わせに向かった。
サミュエルは一抹の不安を胸に、出発の準備を始めるのだった。




