第96話 時間遅延爆発具(10歳)
試作品を完成させた次の日の午後、サミュエルは今回の魔術具の報告書を作成した上でルシアンと共に辺境伯の下へと訪ねていた。
「なにやら新しい魔術具ができた報告があるとか。先触れでも内容は伏されていたが……秘匿するような物でも作ったか?」
今回の報告の場を設けるにあたり、情報がほとんど秘匿されていたことから、レオンは推察をする。
「ご明察のとおりです。こちらをご覧ください」
「どれどれ……『時間遅延爆発具』か……なかなか仰々しい名前だな」
ルシアンはレオンにサミュエルが作成した報告書を納めた。
あのあと、名前は暫定的に『時間遅延爆発具』にしようと4人で話し合って決めた。
報告書を受け取った辺境伯は、読み進めるうちに表情を強張らせていった。その変化は傍から見ていてもわかった。
「……なるほど。これは……。たしかに大っぴらには言えないな。機密にしたがるのもわかる。それでこれを知っている者はどれほどいる?」
その問いにルシアンが言葉に詰まった。原因は――。
「私とここにいるサミュエル。あとは制作に関わった工房の職人二人と現工房主のガレスです。あと……お嬢が……」
「……なぜエレノアが知っている?いや、責めているわけではないぞ」
「昨日最終実験をする際に、ガレスが止めるのを聞かず試験場まで来られ、一目で魔術具の実験だとバレました。無理に隠し通すのも危険だと思い、実験を見せる代わりに誰にも話さないよう約束してもらいました」
エレノアはしっかりと約束を守ったため、レオンも今回の魔術具については初めて耳にすることとなった。
「それで……現物は持ってきているのか?」
「いえ、危険物のため、今回はあえて持ってきませんでした。実物の動作をみる際は万全の態勢の下でやるべきだと考えております」
「それもそうだな。明日、のこの時間にでも実演してもらいたい。場所は……我が家の練兵所でどうだろうか?」
「承知しました。それでは威力も確認できるよう、案山子も複数体用意していただけるとわかりやすいと思われます」
「わかった、用意させておこう。あとわかっているとは思うが、エレノアにこの魔術具を触らせないでくれ……頼むぞ」
明日、辺境伯家の練兵所で約束を取り決め、その場を後にした。
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翌日の昼過ぎ、サミュエルたちは時間遅延爆発具の実演を行うため、辺境伯家の練兵所へと足を運んでいた。
昨日頼んでおいた案山子は一体ずつではなく、実戦を想定して数体が密集するように配置されていた。
兵士たちは周囲の安全確認を進めていた。
「思ったより大掛かりですね」
「兵器の実演だからな。辺境伯様も万一は避けたいんだろう」
ルシアンとサミュエルが準備を終えて待っていると、レオンも姿を現し集まっていた面々を見渡した。傍にはなぜかエレノアがレオンに付いて来ていた。
話を聞きつけたエレノアがおそらくレオンに見たいと頼み込んだのだろう。
すでに一度見ていることもあり、孫娘に甘いレオンが折れたのは想像に難くない。
「待たせたな。それでは始めてくれ」
「承知しました」
ルシアンは一礼すると、防具の装着具合を確かめながら土器を手に取る。
「まずは報告書にも記載した通り、時間遅延爆発具を一つ使用します。発動後、目標へ向けて投擲しますので、皆様はこのままこちらでご覧ください」
レオンは静かに頷き、兵士たちも緊張した面持ちで案山子の並ぶ先を見据えた。
ルシアンは目標までの距離を確かめると、土器へ魔力を流し込む。
「いくぞ」
短く告げると同時に、大きく振りかぶって案山子へ向けて投げ放った。
土器は弧を描いて飛び、案山子の中心へと落下する。
土器が落下して三拍ほどの静寂のあと、強烈な破裂音が辺りに響いた。
土煙が晴れると、中心に落ちた土器を囲むように並んでいた案山子は、いずれも木片や土器の破片による傷を負っていた。
「たしかに報告にあったとおり、爆発ではなく、爆発で生じる力で周りを傷つけているな。だが……」
レオンは傷ついた案山子を見て、思うことがあった。
「傷が浅くないか?これなら従来品の攻撃用魔術具……そうだな火槍杖や風嵐杖とかのほうが威力があるのではないか?」
火槍杖は中級魔術のファイアランスを放つための杖型魔術具であり、火属性の適正がない魔術師が戦場で多く使われている。
風嵐杖は風の上級魔術のウインドストームが放てる魔術具でこちらも杖型である。上級魔術が使える者は中級魔術が使える者の半分にも満たない。中級魔術より広い範囲の敵を何度も切り刻む魔術であり、戦場で多く活躍している攻撃用魔術具の一つだ。
「レオン様の言う通りです。魔物を倒すだけならそれらには劣ります」
「ではなぜこれを開発した?」
ルシアンは答えようとしたが、サミュエルを見た後、小さく咳で喉の調子を整えてから口にする。
「ここからは時間遅延爆発具を考えたサミュエルが説明します。サミュエル、任せたぞ」
「え?僕ですが?」
事前に何も聞かされていなかったサミュエルは、慌てて頭の中で説明する順序を組み立てる。
「えっと……では変わりまして……。まずこれは魔物領域での戦闘を想定しています。そのため場所は平原などではなく森林や山岳地帯と障害物が多い場所を想定しました」
過去の出来事を一つずつ思い出しながら、サミュエルは語る。
「たとえば今、師匠が我々がいる場所に向かってファイアランスを打ってこようとした場合、みなさんならどうしますか?」
「それはもちろん、胸壁の陰に隠れるな」
現在、レオンやエレノア、そしてサミュエルたちは安全のため、ルシアンからみて胸壁を挟んだ向こう側にいた。
「はい、そうするとファイアランスは当たりません。ですが土器を投げ込まれたら?土器そのものは当たらないでしょうが、我々の後ろに落ちます。そして爆発するとまともに被害を被ります」
「むむむ……」
「投げる方からすれば投げる瞬間だけ物陰から飛び出せばいいので安全に攻撃できます」
レオンは通常の魔術とは使い方が違うことには納得はいったが、もう一つのほうが質問することにした。
「では威力が低いのは?」
「消費魔力と生産性の問題です。これなら1つで初級魔術2回分程度で済みます。これなら中級魔術より効率よく攻撃ができます。生産性も同じです。何度か検証して使いやすい大きさと消費魔力を考えるとこれくらいがいいと判断しました」
ここでようやくレオンは、威力を抑えたのが欠点ではなく、量産と継戦能力を優先した結果なのだと理解した。
「ゴブリンやコボルトなどの低級な魔物ならこれだけで倒せるかもしれません。倒せなくてもまともに動けなくなり、あとは兵士が近づいてトドメをさせば終わります」
「サミュエル……あなたなかなか酷いこと考えつくわね!」
その言葉にサミュエルは若干ショックを受けていたが、その場にいた兵士たちは顔を見合わせ、それぞれ戦場での使い道を思い浮かべていた。
「……ある程度強い魔物でも確実に傷を負わせ、消耗させることができます。広範囲に攻撃をばらまくので固まっている敵にも有効ですし、相手が一体でも高い確率で傷を負わせて消耗させられます」
「なるほどな。生産性と運用の効率化のため今の形になったということか……。では魔術使いがこれを投げるのか?」
「いえ、魔術が使える者は発動だけさせて、兵士が投げるという形にしたほうが効率的だと思います。発動から五拍で爆発するので訓練は必要ですが、投擲用の武器にあらかじめ装填しておいて、魔力を流し終えると同時に投げればより遠くかつ素早く投げることができると思います」
レオンは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「なるほど……。机上の空論ではなさそうだ」
時間遅延爆発具の運用方法まで含めて考えられていることに感心しながらも、実戦で本当に通用するのかは別問題だった。
「ちょうどいい。東部の森で魔物が増えているとの報告が入っている。近いうちに兵を派遣して討伐を行う予定だ」
レオンはサミュエルを真っ直ぐ見据える。
「サミュエル、お前も同行しろ」
「えっ、僕がですか?」
「ああ。自分で考えた魔術具だ。実戦でどのように使えるか、その目で確かめてこい。兵士たちにも運用方法を教え、不具合があれば持ち帰れ」
「……はい、わかりました」
「では出発は2週間後とする。それまでに時間遅延爆発具を量産しておけ。頼んだぞ」
こうして時間遅延爆発具は実戦で真価を試されることとなり、サミュエルも辺境伯軍と共に魔物領域へ足を踏み入れることになった。




