第95話 五拍の爆発(10歳)
魔術インクを転写用に改良してから数日後、時間遅延の原版も完成した。
「他の作業の合間に作ったから少し時間かかったけど、出来はいいはずだよ。」
「そうだねー。見た目の装飾にこだわらなくていい分、細かい調整に力を入れられたからね」
ヘルガとミーナから原版を受け取り、サミュエルは二人に礼を伝え、早速試してみることにした。
「今から検証するって言うなら、その検証実験は私たちも見させてもらっていいかい?自分の仕事の結果を見たいからさ」
「うんうん。ちゃんと出来たか見たいし、転写するところから見せてもらえない?」
二人の要望で、転写するところから同席してもらうことになった。
「師匠、インクは新しい方を使いますか?」
「そうしろ。鉄板へのインクの付着具合も見たいからな」
ルシアンの許可を取り、サミュエルは鉄製の原版にスライムの粘液を混ぜた魔術インクを表面にしっかり塗りつける。
均一に広がったのを確認し、ゆっくりと紙に押し付けた。
木版と違って鉄製の原版は重く、押し付けた感触だけでは十分に転写できたのか判断がつかなかった。
慎重に紙を原版から剥がすと、綺麗に印刷されていた。
「ねえ、なんで新しい魔術インクとかいうの作ったの?」
先程の工程を見ていてミーナが疑問を投げかけてきた。
サミュエルは魔術インクを変えた経緯を説明すると、「なるほど」と納得はしたが別の考えがあるようだった。
「ならインクを手で塗る必要ないんじゃない?」
ミーナは原版の表面を指先でなぞり、凸部分の高さを確かめるように目を細めた。
「塗布用の転がし棒でも作って、それで塗ればいいんじゃない?高さは均一だから自然に動くし、インクも必要最小限の量で済むよね」
それを聞いたサミュエルは頭の中でローラーのようなものを想起する。
「それは……いいですね。早速試して――」
「待て、今は術式の検証が先だ。それが終わってからにしろ」
「はい……すみません」
転写した術式の検証を中断しようとしたサミュエルを、ルシアンが慌てて制止する。
その様子を見たヘルガは、おかしそうに笑みを浮かべた。
先日作った確認用の照明具に時間遅延術式の紙をセットし魔力を流すと、問題なく五拍後に点灯した。
「上手くいきましたね」
「どう違うんだい?」
魔術が使えないヘルガは見ただけでは、何をもって成功と判断したのかわからなかったようだ。
「あ、これは時間遅延術式が上手くいってないと一拍で発動するんですが、時間遅延が発動していれば五拍後に発動するんです」
「それってなにでわかるんだい?」
「えっと……魔術を流した人の感覚ですね」
「サミュエルの感覚を疑うわけじゃないけど……他の人からみて問題がなかったことがわからないと正確とは言えないんじゃないか」
ヘルガは魔術が使えないからこそ、発動が遅くなっているというのを証明されていないと感じた。
「たとえば時間遅延術式の外に、一拍で点灯する照明具も置いておけばどうだい? それが先に点いて、その四拍後にこっちが点けば、私にも成功したってわかるけど……どうだい?」
「そのほうがいいですね。じゃあ点灯術式を外側に取り付けて――」
「待て、それは後回しだ。今回は俺も魔力を流して確認する。ヘルガもそれでいいか?」
「ああ、二重確認できるならそれでいいよ」
今度はミーナがおかしそうに三人のやり取りを眺めていた。
ルシアンが確認をし、問題がないことがわかったため、その足で試験場に足を運ぶことにした。
爆発術式との組み合わせでの実験である。
ルシアンが頑丈そうな防具で身を固めて登場する。
ルシアンは喉を鳴らすように小さく咳払いをしてから言葉を続けた。
「今回も安全のために俺がやる。しかも五拍になっているから前より猶予がない。発動したら離れた場所に投げるからお前らは反対側から見ていてくれ」
指示を出し終えて実験開始の準備をしようとする。
すると工房の中から騒がしい声が聞こえてきた。
「――!――です!あっ!――!」
バタンッと大きな音を立てて扉が開かれた。
「ここに居たのね!なにをしているの!?」
エレノアが爆発術式にも負けないぐらいの音を立ててやってきた。
エレノアの後ろではガレスが片手で顔を覆い隠し、やってしまったといった顔をしている。
「……ただの運動ですから、戻ってもらっていいですか?」
「魔術具の実験でしょ?この場所でやることは知っているわ!」
サミュエルはなんとか追い返そうとしたが通じなかったようだ。
エレノアは離れた位置に全身を防具で固めたルシアンに目を付ける。
「それが新しい魔術具ね!どんなものなの?使わせてちょうだい!」
「駄目だお嬢!こいつは危険な魔術具だから触らせねえ!」
状況からすでに見破られたと悟ったルシアンは正直に白状した上で、エレノアには使わせられないと突っぱねる。
「それならいいわ!でもここで見させてもらってもいいでしょ?」
エレノアはそう言うと、微笑みながらサミュエルの隣まで移動してきた。
最初に無茶な要求をしてその後の本命を通す交渉テクニックを使ったようであり、思惑通り巧みに自身の本来の要望を通したようだ。
今年で9歳の娘にして恐ろしい技術をすでに身につけつつある。
「師匠、せっかくなんで俺も一緒に見ていいですか?」
エレノアを止められず、申し訳なさそうにしていたガレスがどうせならと、見学をさせて欲しいと申し出てきた。
「そうだな。もしかしたら今後量産するかもしれねえから、どんな魔術具かお前もみておけ。お嬢もレオン様には俺たちから報告するから誰にも話さないでくれねえか?」
「わかったわ!」
ただし説明もなしだと爆発音で驚くといけないので、二人には爆発して大きな音が出ることと、破片が飛び散って危険であることをサミュエルが伝える。
説明が終わり、全員が十分に距離を取ったことを確認すると、ルシアンは時間遅延術式と爆発術式を組み合わせた術式が入った土器を手に取る。
「それじゃあ始めるぞ」
魔力を流し込むと、土器を大きく振りかぶり、誰もいない方向へ投げ放った。
一拍。
土器は弧を描いて地面へ落ちる。
二拍。
ゴロリと落下した土器が止まる。
三拍。
四拍。
そして五拍目。
と乾いた破裂音とともに土器が砕け散り、土煙が舞い上がった。
「おお……」
ガレスが思わず感嘆の声を漏らす。
「凄い音ね!面白い魔術具ね!」
エレノアも目を輝かせながら爆発した地点を見つめていた。
ルシアンは爆発が収まるのを確認すると慎重に近づき、周囲を見回してから戻ってくる。
「予定通り五拍で起爆した。転写した術式も問題なく発動してる」
「成功ですね」
「兵器として十分使えるねえ」
魔物との戦いも多く経験しているヘルガからもお墨付きをもらえた。
サミュエルは安堵から自然と笑みを浮かべた。
時間遅延術式と爆発術式を組み合わせた使い捨ての魔術具。
それは世界初の使い捨て爆発魔術具が完成した瞬間であった。




