第94話 転写実験(10歳)
時間遅延の原版はヘルガとミーナが。爆発術式の原版は街の木工細工職人が作成してくれることになった。
完成までにしばらく時間がかかる。
それまでは通常業務の合間に、時間遅延の転写確認用の魔術具を作ることにした。
これは簡単な照明具であり、時間遅延がなければ一拍で、時間遅延の効果があれば五拍後に点灯する。
時間遅延の術式だけを転写した紙へ差し替えられるようにすることで、量産した術式を無作為に確認し、転写精度を確かめられるようにした。
「時間遅延も転写するならそっちの品質管理も重要だわな」
その魔術具を作ったサミュエルを見て、ルシアンは興味深そうに小さく頷いた。
「さすがに爆発術式で確認するわけにはいきませんからね」
これなら爆発術式と違って危険性はない上、これ一台で何度でも検証ができる。
あとは原版の完成を待つだけだった。
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数日後、爆発術式の原版が完成した。
やはりというか時間遅延の原版の方は時間がかかるため、先にこちらの確認をすることにした。
木版の凸部分に魔術インクを塗り、上から紙を押し当てた。
あとは版画の要領で上から紙を擦る。
慎重に剥がした紙の術式を見て、問題ないことがわかった。
早速、発動確認のため試験場へ向かった。
見事、想定通りの爆発が試験場に鳴り響いた。
「上手くいったみたいだな」
「はい!」
転写の結果に対して問題はなかった。だがルシアンが作業工程をみていて気になった点を指摘する。
「転写する際は木版が上で、紙が下じゃねえのか?擦るとき大変だろ?」
凹型の原版と違って、平ら面が少ない。そのため、上から擦る際も慎重にやらないと紙が歪みやすく、破れてしまいかねない。
「それは考えましたが、木版に塗布するインクの量が多いと紙に垂れて術式がおかしくなるんじゃないかなと思いまして」
「インクを付けすぎたり、垂れてくるのが問題……というわけか……」
「はい、それがなんとかなれば師匠が言うように上から押さえつけたほうが早いと思います」
「なら魔術インクの配合を変えてみるのはどうだ?今のインクに粘性のある液体を混ぜるのとかどうだ。樹脂なら安く手に入るぞ」
ルシアンのいう樹脂とは松脂のようなもので、この世界でも一般的によく使われている。
「それかインクの配合比率を変える……とかでしょうか?魔石の粉末を増やすとインクが伸びなくて描きにくくなりますが、今回の転写なので伸びなくなるのは問題ないかなと」
ルシアンはインクへの混ぜ物の種類を増やす、サミュエルは魔石の含有量を変えるという別の提案を出した。
「よし、どうせなら両方試してみるか。ちょっくら樹脂を買ってくるからお前は自分が思う魔術インクを作っておけ」
「はい!」
ルシアンはそう言い残し、軽い足取りで近くの雑貨店へと向かった。
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半刻が経過したころ、ルシアンが機嫌が良さそうな雰囲気を纏わせ、帰ってきた。
「樹脂を買う予定だったが……面白いものを見つけたぞ」
そう言って取り出したのは容器に入れられ、透明感のある気泡が含まれている液体だった。
「それはなんですか……?」
「こいつはな、スライムを加工して作られた粘液だ。粘性があって潤滑剤や接着剤にも使われる。樹脂と違って液体だから同じ接着剤でも使い道が違うってわけだ」
「初めて見ました……」
たしかにスライムもゴブリンと同じくらい低級で数の多い魔物だ。
ただ、攻撃性が低いため積極的に討伐されることは少なく、その粘液が加工品として売られているのをサミュエルは初めて見た。
「魔物を加工するには知識が必要だからな。お前の故郷にはなかったのかもしれんな」
ルシアンは瓶を軽く揺らし、中の粘液を眺めながら続けた。
「それとお前が魔物素材で作った風牙刀や堆肥の話を思い出してな。どうせなら魔物素材を使ってやるのも面白いかと思ったわけだ」
「加工に専門の知識が必要なら高いんじゃないんですか?」
「そうでもない。一度知っちまえば誰でも作れる。知ってるか知らねぇか、それだけの違いだ」
ルシアンは瓶の蓋を開けると、木皿へ少量の粘液を移した。透明な液体は糸を引くようにゆっくりと流れ落ちる。
「まあ、そんなことより、こいつを使ってみるか」
サミュエルも新たに調合した魔術インクを机へ置く。
二人は魔術インクへスライムの粘液を少しずつ混ぜ、粘り具合を確かめながら何種類かの試作品を作った。
インクへの魔力の通りを確認してから、その中から最も扱いやすいものを選ぶと、サミュエルは木版の凸部分へ薄く塗り広げる。
「前より垂れにくいですね」
魔術インクは術式の細い線から流れ落ちることなく均一に留まっていた。
「こんなもんか……。じゃあ押し付けるぞ」
紙の上に原版を押し付け、上から圧力をかける。
十分に押し付けたと判断し、ゆっくりと原版を引き剥がす。
ルシアンは軽く咳払いをして、言葉を続ける。
「どうだ?上手くいったか?」
「見たところ綺麗に転写できてますね……」
それからインクが乾いたのを確認し、試験場に持っていく。
今回も問題なく発動し、試験場に大きな音が轟いた。
「上手くいったな」
「はい、でも粉末や樹脂も試してみませんか?」
「そうだな。おそらくこいつで決まりだと思うが、代替品はあったほうがいい」
その後、樹脂を含ませたものと、魔石の粉末の配合比率を変えたもので試したところ、こちらも上手くいった。
だが、スライムの粘液ほど綺麗には転写できておらず、どちらもインクにダマができる箇所があった。
「悪くはないですが、出来栄えが違いますね」
「ああ、それとコストもスライムが一番安い」
「そうなんですか?」
「樹脂は取れる量に対して使い道が多い。一方でスライムの粘液も用途は多いが、取れる量は樹脂より多いからな。ただ加工の手間はかかるが使う量もこっちのほうが少なく済んでいる」
ルシアンは作業台に並べられた試作品と、隅に置かれた魔石の欠片へ視線を向け、小さく肩をすくめた。
「そして魔石のほうは……お前、結構な量砕いただろ?魔石自体大した価値はないがそれでも一回で使う量を考えるとな……」
「ではスライムの粘液を混ぜる……ということで決まりですね」
「そういうことだ、今後スライムの粘液も納品してもらえるよう、頼んでおこう」
こうして転写に使う魔術インクの目処は立った。
あとは、時間遅延の原版が完成するのを待つだけだった。




