第91話 新たな目標(10歳)
サミュエルたちはマルシュブルグへと戻ってきて数日、以前から行っている、朝の鍛錬からお祈り、納品確認と与えられた仕事をすることで、人心地がついたことを実感した。
なお朝のお祈りは十歳式を境に、【大神】に捧げることにした。
故郷に帰ったことで目標ができた。
今の起こっている問題は、おそらく魔物領域からの魔物の増加。
これは魔物領域を消滅させないと、減らして落ち着かせることはできても、将来的に再発しかねない。
ならば故郷のため、そして家族のために魔物領域の攻略を目標に掲げよう。
まずは実現するための道筋を考えなければならない。
なにをすべきか、そしていま自分がどう考えているのかルシアンに相談をすることにした。
「魔物領域の攻略か……いいじゃねえか」
するとルシアンはあっさりとサミュエルがやりたいことを認めてくれた。
「お前のことだ。すでになにが足りていなくて、なにが必要か考えているんだろう?」
「はい。リュシエルさんから魔物領域についての事実と仮説。魔物との戦い方。現場で困っていることなど故郷でも聞きました」
「それで、なにがわかった?」
「ひとつは戦い方だと思いました。魔物領域はほとんどが森か山岳地帯と聞いています。そして経験としても森での戦闘はとても戦いにくかったです」
サミュエルはウインドボアとの戦いを思い出していた。
「安全に戦うために遠距離から攻撃をしたいのですが……木々が邪魔で遠くから狙いにくいです。それに対して相手は魔法で木々を物ともせず、なぎ倒しながらこっちを攻撃してきます」
そして次にエマたちとの会話を思い出していた。
「相手を遠距離からの攻撃で消耗させてからでないと、兵士でも近づいて攻撃するのは危険と言っていました。しかし、消耗させる手段が少ないときています」
中級魔術のアースランスを何度も入れてようやく消耗させたウインドボア。それでも危険を冒してようやく手傷を与えることができた。
「だから、障害物の多い場所でも遠距離から攻撃ができて、相手を消耗させる手段があれば、兵士も戦いやすくなるのではないかと思いました」
ルシアンはサミュエルの話を黙って聞いており、すべて話したと判断して質問をする。
「お前の考えはわかった。理屈も理解できる。だがそれを魔術具でやるのか?魔術具だと結局魔術使いしか使えず、根本的な解決にならないのではないか?」
「師匠の言う通りです。なので『魔術でも狙いにくい場所』で、『安全に遠くから攻撃』を『魔術使いが相手を消耗させるために攻撃』する手段を考えました」
「なるほど、直接倒す魔術具ではなく、消耗させる魔術具と。消耗さえさせてしまえばあとは魔術が使えない兵士が近づいてトドメをさすというわけか」
「はい。あと僕の考え通りなら、魔術使いは発動だけさせて、実際の攻撃は魔術が使えない兵士がやることもできます。それで教えてほしい術式があります」
「……なんだ。言ってみろ」
「爆発の術式です」
爆発の術式。文字通り対象を爆発させる術式だ。主に爆発の魔術として使われており、鉱山地帯での硬い岩盤で使われることが多い。
また紛争が多い地域では敵の城壁を破壊するために大規模な爆発魔術が使われることもあるという。
そのため、大規模な爆発魔術に関しては複数人で行うことになっている。
しかし爆発の術式を魔術具に組み込むと、発動と同時に魔術具そのものが爆発してしまうため、魔術具としては実用化されていない。
「……なにに使うつもりだ」
危険な術式であり、意図も測りかねたため、ルシアンは訝しんだ。
「爆発する魔術具を作ります」
それはそうだろう。とルシアンは思う。
だが魔術具に爆発の術式を組み込めば、当然その魔術具は爆発をする。そして魔術具として使い物にならなくなってしまう。
「それでどうするつもりだ?木や山ごと爆発させて魔物を押しつぶすとでも言うのか?」
「いえ、そこまで大きな爆発はいりません。大人の人間が片手で投げられる大きさの玉を爆発させます」
サミュエルのイメージは、前世の戦国時代に使われていた『焙烙玉』。
あれは土器に火薬などを詰めて、火を付けて投げる兵器だった。
これなら魔物の集団に投げ込んだり、木々に隠れていても近くで破裂させることで手傷を負わせることができると考えた。
「それだと魔術具は爆発して終わりじゃないのか?」
そこでルシアンとサミュエルの魔術具のあり方に考え方の違いがあることに気がついた。
サミュエルは使い捨ての兵器として考えていたが、この世界の人間にとって魔術具とは繰り返し使うものであり、矢のような使い捨ての道具という考えがなかった。
「師匠の言う通りです。これは1つ1回限りの兵器です」
「それはまた……贅沢な使い方だな……」
魔術具はその一つ一つがそれなりに高い。
小さく、単純な構造でも大抵の平民は所持することは稀である。
「そこは……安く済ませる方法も考えています。それで師匠にもう一度聞きたいのですが、大規模ではない、土器を破壊するぐらいの術式はどれくらいの大きさですか?描くと手のひらより大きい程度で収まりますか?」
「あ、ああ。どれだけの爆発にしたいかにもよるが、それぐらいならお前の術式ノートの半分ぐらいで収まるはずだ」
「それなら、今よりは安く、たくさん作る方法があると思います」
ルシアンは爆発の術式の使い方より、その方法の方が気になった。
「そんなことができるのか?」
「はい。魔術具が高いのは結局のところ、外装の機能性や外観、術式を描く手間。そして長期的に繰り返し使えるようにするための技術……なんですよね?」
「そうだ。そして職人が少ないということもな」
「なら、外装はこだわらず、1回限りの使い捨てならそこまで手間をかけなくてもいいのではないか、と考えました。魔術インク自体は比率さえ分かれば誰も作れますし、材料も普通のインクとそこまで変わりません」
ルシアンは黙って耳を傾けていた。
サミュエルは師匠が否定しないことを確認すると、頭の中で組み立てていた最後の案を口にする。
「ですので、短い術式なら紙に転写して、それを土器に詰めれば量産が容易いと考えました」
すでにサミュエルの想定では術式を凸版にして転写する方法まで思い描いていた。木版さえ作ってしまえば、あとは魔術インクを付けて何枚でも同じ術式を写せるはずだった。
それは長持ちさせるために、術式を鉄板に彫って、そこに魔術インクを流し込むというルシアン工房独自の方法とは対極の思想と運用だった。
「術式の転写……考えたことがないわけではないが……一画でもずれれば正常に発動しないのはわかっているな?」
「はい、なので比較的短い術式で、かつ手書きより多少大きくなってもいいと考えています。うまく行けば人が何度も描くより、正確に同じ術式が描けます」
そのためには最初の木版には徹底的にこだわる必要が出てくるが。
「だが発動したら一拍ほどで爆発するぞ……そこはどうする?」
「そこは時間遅延の術式で対応させます。検証は必要ですが……」
ルシアンが考えられる問題点についてはすでに洗い出されている。
ならば自身がやることはサミュエルを信じてやることだと考えた。
ルシアンは小さく咳払いをしてから口を開いた。
「わかった……爆発の術式は教えてやる。だが危険な術式だ。必ず俺がいるときに作業をするのが条件だ。いいな」
「はい!」
許可が出た。そしてこれは兵器開発の始まりにすぎないとサミュエルは考えていた。
「あと、お嬢には知られるなよ。知られたら必ず厄介なことになる」
「は、はい」
こうして秘密の兵器開発が始まった。




