第90話 十歳式のその後(10歳)
十歳式も無事終わり、家族で夕食を囲んでいた。
セドリックが家族を労う。
「今日はみなお疲れだったな。サミュエルも立派だったぞ」
「ありがとうございます」
特別なことをしたわけではない。しかし、領主家の代表として堂々と十歳式を務め上げた姿に満足したようだ。
なお、ミシェルやマイケルのときも同じことを言っていた。
「場所が変わっても、式の流れは同じなんですね」
ルーカスがマルシュブルグでの十歳式を思い出しながら、比較した感想を述べた。
「国が違えば変わるかもしれないけど、フェルミナ王国では建国前からずっとこの形式だとは聞いているよ。だから地方でも統一されているのかもしれないね」
エドワードがルーカスの疑問に補足を入れた。
「たしか初代国王陛下って300年近く前の話ですよね?それより前から続いているんですか?」
「六柱の神話はずっと古いからね。その流れでできたのが十歳式だから建国以前からあるんだ。だから国内でも教会の影響力は大きいよ」
しかしこの世界には王権神授説でできた国は存在していない。
なぜなら神を騙れば神罰が下るからだ。
そのため、初代国王や皇帝が自らの力で国を興したという建国記が多い。
そして教会も神の名の下に権力を振るうことは許されない。
結果、教会は権威こそあれ、国政へ直接介入することはほとんどない。
「それでサムは……どの神様に祈りを捧げたんだい?」
エドワードがずっと気になっていたであろう質問をサミュエルにぶつける。
「テーラー神だろ?あれだけ魔術具のことが好きで学んでいるんだからさ」
なにをわかりきったことを。といった風にマイケルが代わりに答える。
「いえ、違います……」
「え?なんで?」
サミュエルは少し言いにくそうにそう否定したため、マイケルが不思議に思う。
いや、マイケルだけではなく、他の家族も不思議に思っていた。
「僕は、……名も無き【大神】に祈りを捧げました」
一同が驚いた。
特にマルシュブルグでの2年間の活躍を近くで聞いていたルーカスはなおさらだ。
「まさか名も無き【大神】とは……」
「また珍しいわね……」
セドリックとルーシーがその神の名を聞き驚く。なぜなら六柱には数えられない神であり、【大神】とは言われているが、神としての意思があるかどうかすらわからない存在だからだ。
「色々考えたんです。たしかに師匠もテーラー神ですし、他の職人の方もほとんどそうでした」
「ならどうして?いえ、責めているわけではないのよ」
レベッカがサミュエルにさらに問いかける。だがそれがまるで糾弾しているように聞こえたのかもと思い、すぐに訂正した。
「この2年間、学んで知ったんです。僕がやっていることは一つじゃないって。農家の人と協力もするし、生きるための糧ももらう。ものを作るための素材を手に入れるためには多くの人に協力してもらいました」
今日まで関わってきた人のことを思い出しながら語る。
意匠について教えてくれたミーナ。
外装の作り方を教えてくれたヘルガ。
魔術の理を語ってくれたリュシエル。
工房としての考え方を教えてくれたガレス。
先輩として手伝ってくれたトーマスとエリックとジェイク。
悩んだときには一緒に考えてくれるエレノア。
毎日自分たちの生きるための糧を運んでくれる親孝行な農家の娘。
難しい注文にも答えてくれる街の職人たち。
職人を守り、魔術具を販路に載せてくれるレオン。
そしてそんな人たちと繋いでくれた師匠であるルシアン。
「そう考えると、テーラー神だけではなくすべての神に感謝するべきじゃないかと思いました。ですがそれも違うと思ったんです。そう思ったとき、根源たる名も無き【大神】に祈りを捧げるのが一番納得できたんです」
「そうか……。サムがよく考えて出したのが【大神】ならもう何も言わないよ」
「そうね。昔からたまに捻くれた子が【大神】を選ぶことはあるけど、そこまで理由はないみたいだから心配していたけど……いまの話を聞いて安心したわ」
長年、辺境とはいえ男爵夫人を務めているルーシーは【大神】に祈りを捧げた者がいたことを知っている。
だがそれは他の子と一緒が嫌だという年頃の子どもならではの理由で、その全てが数年後には信仰対象を変えていた。
「どの神を信仰しても、神に誓った約束は必ず果たし、神を騙らなければ問題はない。それさえ守れば好きにすればいい」
セドリックの教えはすべての神に通じる話だ。
しかしサミュエルが【大神】を選んだ理由を全て話してはいない。それはたとえ家族でも言えない。墓場まで持っていかなければならない記憶なのだから。
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十歳式が終わってからも数日はヴァロンに滞在し続けた。
改良送風機を作ったり、発酵用の発熱魔術具の補修をしたり、魔術技師見習いとしてやっておきたいことを一通り終えると、マイケルに誘われて、魔物の出没が増えているという南門側へ向かった。
「サムももう討伐したことあるなら一緒にやろうと思ってさ!」
というのがマイケルの言である。
2年以上前にマイケルの討伐任務に同行させてもらった、グレイとエマも一緒だった。
「お久しぶりですね。といっても先日の十歳式で拝見させてもらいましたが」
「お久しぶりです、グレイさん。お恥ずかしいところお見せしました」
二人と再会の挨拶を交わし、早速南門から街を出る。
ろくに整備されていない道を少し進むとゴブリン4体と遭遇した。
接敵と同時にすぐに処理をしたが、その物音を聞きつけた新たなゴブリンやコボルトがさらに湧く。
一体一体は大したことはないが、いかんせん数が多い。
倒し終わった頃には魔物の血であたり一面が液体まみれになっていた。
「道を少し歩いただけでこの量は……たしかに多いですね」
「だろ?ここから南東に魔物領域があるんだが、そっちから来てるみたいなんだよな」
その話を聞いてサミュエルは少し思うことがあり、提案をする。
「その魔物領域の様子を見に行きませんか?」
「だめだ。危険だ」
その提案にグレイが即座に却下を告げる。
「いまは魔物が増えていて、間引くだけでも大変なのに、近づけばさらに魔物と遭遇します。もしかしたらゴブリンたちより強力な魔物も出るかもしれません。準備もなし、領主様一家のお二人がそんな場所に向かうことは許されません」
もっともな理由を並べ立てられたため、サミュエルは素直に引き下がることにした。
「しかたない、今日は魔物を間引くだけで我慢しよう」
マイケルは魔物領域開拓を志しているため、サミュエルの提案に乗りたいようだった。
「それにしても風牙刀凄いな。剣と違って刃が欠けたりするのを気にしなくていいのもいいや」
風牙刀は魔力を流さなければ、見た目が曲刀みたいな鈍器とほとんど変わらない。
「マイケル様、気にはなってたんですがそれどうしたんですか?しかも見たところ斬れそうもない片刃の剣なのに、よく斬れるみたいですし」
普段と違う装備品にエマがずっと気になっていたのだろう。これ幸いとばかりに質問をする。
「これはサムがくれたんだ。ウインドボアの牙を加工したものらしいぞ」
「サミュエル様が?ということはマルシュブルグでのお土産ですか?都会はこんな凄いのも売ってるんですね」
エマはどうやらサミュエルがマルシュブルグに行っていることは知っていたようだ。そしてそこで買ってきたお土産品だと考えた。
「いや、サムが討伐したウインドボアを自分たちで加工したみたいだぞ」
「……どういうことです?」
マイケルがサムから聞いた話を教える。サミュエルは本人が目の前にいるのに自分のことを話されるのはどこか気恥ずかしさを感じた。
「へぇ……一人で討伐して、その牙まで加工したんですか……」
「エマさんでも勝てますよね?」
エマの動きを見ていると、問題なく倒せそうな気がした。
女性とは思えない膂力に瞬発力。
武器さえあれば、あっという間に接近して一刀両断にしてしまいそうな気がした。
「戦ったことないからわかりませんが……話を聞いた限りじゃ風の魔法が厄介ですから一人じゃ無理かもしれません」
「風の魔法は目に見えないですからね。我々のような魔術が使えない人間にはなかなか近づけないし、下手に近づくと鋭い切れ味の牙でザバっとやられかねません」
どうやら問題は倒せる力ではなく、攻撃できるまで身を守る手段だった。
「サミュエル様みたいに、遠くから削って疲れさせたところを一気に……というのが我々にもいいのかもしれませんが、森の中だと遠くから攻撃する手段があまりないですからね」
そう言われて思い出す。たしかに魔術を打つときもなかなか射線が通らなかった。
危険を冒して、相手の魔法に合わせる形でアースランスを打つことで傷を負わせていた。
「それでその風牙刀?でしたっけ。ウインドボアの牙が手に入れば私にも作ってもらえるんですか?」
「いえ……これは魔術具みたいなもので……。作るのは簡単ですが、魔力を流さないと見た目通りほとんど斬れません」
「そうなんですか……それは残念です……」
エマは本当に残念そうだった。マイケルが風牙刀を振るうのを見て羨ましかったようだった。
そうしてその日は多くの魔物を狩り、死体を町まで運んで一日を終えた。
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そうして、工房での生活とは違う、慌ただしい日々を過ごし、マルシュブルグへと再び旅立つ日がやってきた。
「お父様、お母様。行ってきます」
「ああ、元気でな。あまり無茶をするんじゃないぞ」
「そうよ。健康でいてくれればそれだけでいいのだから」
二人はサミュエルが少し無茶をして討伐に参加した話を聞いて顔を青くしていたため、それを心配しての言葉だった。
ただ元気でいてほしい――この家族ならそう願うものだということは理解している。けれど、その想いを向けられるたび、胸の奥がじくりと痛む感覚だけは、今も変わらなかった。
「魔術具が好きだったからエドワードに似たと思ったが、サミュエルもヴァロワールの男だったというわけだ。多少の無茶なら儂は目を瞑ろう」
武功により叙爵したセドリックらしい発言であるが、孫を心配するルーシーに睨まれる。
「ミシェも元気でね。体には気をつけるのよ」
「はい。お母様。ルーカスさんたちが大事にしてくれてるので大丈夫です」
「結婚式のときにも言ったが……ルーカス殿、頼んだぞ」
「はい、お任せください。義父上、義母上」
三人はヴァロワール家の面々と別れの挨拶を終えると、馬車へと乗り込む。
ヴァロンからの二度目の出立。
サミュエルの中にはまた一つ、新しい目標が生まれていた。
これにて第6章は終了となります。
離れた場所から故郷を見つめ、十歳式という大きな節目を迎えたサミュエル。
新しく生まれた想いを胸に、どう行動するのか。
乞う、ご期待ください。
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