第88話 故郷の違和感(10歳)
十歳式まであと数日。屋敷では式の準備について話し合いが行われていた。
しかしルーカスがある程度は準備していると伝えてくれる。
「大体のものはマルシュブルグで用意しました。特に衣装の採寸などはヴァロンに到着してからだと大変だろうということですでに仕立てたものを用意してあります」
「サムの衣装はマイケルが使った物を仕立て直そうと思っていたのだけど……。ルーカスさん、ありがとうございます」
「祖父からもこの2年間の辺境伯家への奉公に対する礼だから気にしないで欲しいと言っていました」
サミュエルはマルシュブルグを発つ数週間前に、辺境伯家御用達の服飾店に呼び出され、採寸された挙句どの衣装がいいか色々試させられていた。
なぜかミシェルやエレノアも立ち会っており、サミュエルはされるがまま着せ替え人形にされ、それは苦い思い出となっていた。
「あとで礼の手紙を送っておこう。ルーカスからも伝えてほしい」
なにもしないというわけにはいかないため、セドリックは手紙を送り、それとは別にルーカスからもレオンに礼を伝えてもらえるよう頼んだ。
「それでサムは信仰する神様は決めたのかい?」
以前からサムがどの神を信仰するのか気にしていたエドワードが問う。
「はい。自分の中では決めています」
「そうか。なら当日までは口にしない方がいい」
あれから色々と調べ、自分にとって一番しっくり来る神様を選んだつもりだ。
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すでに十歳式に向けての準備があらかた終えていると知ったため、エドワードたちはサミュエルを解放した。
自由になったサミュエルは以前から気になっていたことがあり、カークと共に農家のある地区に向かう。
「どういったご要件で向かわれるのですか?」
カークがサミュエルに目的を尋ねる。
「2年前に改良した堆肥生産用魔術具の補強をしようと思ってね。いまのままだと数年で修理が必要になるかもしれないと思って」
当時は基盤に術式を描いただけであり、魔術インクが摩耗しやすくなっている。
工房で学んだ技術を使って補強することで、長持ちをさせようと考えた。
堆肥生産用魔術具へ近づいたその時だった。
ふと、サミュエルは足を止める。
「……?」
肌を撫でる風が少しだけ重い。
いや、重いというのとも違う。空気そのものに何かが混じっているような、不思議な感覚だった。
しかし、周囲を見渡しても変わった様子はない。
「どうかなさいましたか?」
カークが不思議そうに尋ねる。
「カークはなんにも感じない?」
「なんのことでしょうか?」
「こう……うまく言えないんだけど、さっきから少しだけ空気が違う気がするんだ」
「申し訳ありません。私にはなんのことか……」
「じゃあきっと僕の気の所為だね。ごめんね」
気のせいかと思い直し、サミュエルは再び歩き始めた。
堆肥生産用魔術具に近づくと、一人の男が声をかけてきた。
「カークさん、こんなところでどうしました?おや……そっちの坊主は……もしやサミュエル様ですか?」
声をかけてきたのは2年前、堆肥作りの実験で交流のあったトムの父親だった。
ヴァロンで銀髪は領主の人間しかいない。トムの父親も赤みがかかった銀髪の少年を見てサミュエルだと気づいたのだろう。
「お久しぶりです。十歳式のために一度帰ってきました。畑の調子はどうですか?」
「やはりサミュエル様でしたか。畑のほうがおかげさまで順調でさあ」
「なにか困ったこととか起こってないですか?」
「特にないですねえ。あ、でもここじゃなくて近くの門の方ですが、魔物がよく出るようになったとは聞いてまさあ」
「その話は僕もお兄様から聞いたよ。近くの門だと南門だよね?たしか魔物領域に近い方の……」
「そのとおりでさあ。魔物領域から魔物が溢れてきてるんじゃないかって噂になってて不安がっていまさあ」
魔物の増加による対処は忙しくはあるが追いついている。だが町民の不安は最もだと思い、サミュエルは考える。
「その……畑みたいにサミュエル様の魔術具とかでなんとかなりませんかね?」
「さすがにそれは無礼ですよ」
トムの父親の嘆願にカークが口を挟む。トムの父親は深く考えず、何とかしてほしいという思いから口にしたのだろう。
だが、本来頼るべきは領主だ。その子息へ助けを求めるということは、『現領主では解決できない』と受け取られかねない。
「す、すみません。そんなつもりはなくて……」
「わかっています。みなさん不安なんですよね。お兄様たちも対応に追われていますし、今すぐとはいきませんがなにかできないか考えてみます。ただ今日は堆肥生産用魔術具の調子を見に来たのでそっちをやりますね」
そう言って、サミュエルは堆肥生産用魔術具をフル稼働させ、一度在庫を空にしてから基盤の補修に入った。
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堆肥生産用魔術具の術式はシンプルで術式自体も短いため、その日のうちに補修を終えることができた。
屋敷に戻ったが、夕食までにまだ時間があり、サミュエルに声をかけてくる者がいた。
「お、サムか。どこ行ってたんだ?」
「お兄様。畑がある区画に行っていました。堆肥生産用魔術具を長持ちさせるように補修しようと思って」
「そうなのか。ありがとうな。農家の人はなんか言っていたか?」
「はい、南門のほうで魔物が増えてると聞いて不安になってるって」
「やっぱりか……。手は打ってるが魔物自体が減っているわけじゃないからな。不安になるのはわかるが……こればかりはな……」
やはり以前から陳情が届いているらしく、領主一族として頭を悩ませているようだ。
「魔物といえばそうだ!お兄様ちょっと待っていてください!」
「お、おう」
サミュエルはそう言うと、一度部屋に戻り、一振りの剣のようなものを取り出し、マイケルの場所まで戻った。
「これ、お兄様へのお土産です」
「なんだこれは?」
「ウインドボアの牙です」
渡したのは、牙の形を活かして曲刀状に加工した風牙刀だった。
「去年の秋に討伐した魔物の牙を武器にしてみました。ちょっと庭で振ってみてください」
早速庭に出て試しに振ってみる。
「軽いな……。だが刃もない。これで斬れるのか?」
「そのままだとそうですね。だけど魔力を流してください」
マイケルは言われるまま魔力を流すと、牙が魔力を帯びたのがわかった。
「それで試し斬りしてみてください」
「お、おう……。そりゃ!」
掛け声とともに、牙で巻藁を袈裟斬りにする。
するとほとんど抵抗も感じることがなく、斜めに切り裂かれた。
「うわ!なんだこれ!凄い切れ味だな!」
マイケルは思わずその切れ味に驚きの声を上げてしまった。
「魔力を流すとよく斬れる武器になるんだ。でも魔術が使える人にしか使えないからそれはお兄様専用ですね」
「こんな牙を持つ魔物……どうやって倒したんだ?」
その質問に対して、サミュエルは倒したときの話をした。
「そうか……お前も強くなったんだな……」
その話を聞いたマイケルはどこか寂しそうだった。しかしすぐに表情を切り替える。
「それでこの武器の名前はなんだ?」
「風牙刀って呼んでます」
「なるほど。この風牙刀はもらっていいんだよな?」
「はい、僕も一振り持ってます。魔力消費も少ないので普段使いできると思います」
「そうか。お揃いだな!ありがとうな!」
マイケルは嬉しそうに風牙刀を眺める。
その横顔を見ながら、サミュエルは兄の表情にわずかな違和感を覚えていた。
十歳式を目前に控え、故郷へ戻ってからの用事もひとまず片付いた。
あとは当日を迎えるだけだった。




