第87話 帰郷(10歳)
ウインドボアとの戦いから数か月。大きな出来事もなく冬を越え、春を迎え、サミュエルは十歳になっていた。
「サミュエル。お前、来月の十歳式は故郷で挙げるんだろ?」
「はい、その予定です。」
「ならそろそろ帰る準備を始めておけ。」
「あ、それで一つ相談なんですが……改良送風具と冷暖房具を土産にしてもいいですか?」
今日まで工房の仲間と作り上げてきた成果を、家族にも見せたい。そんな思いからルシアンに相談した。
「実家の屋敷内で使う分には好きにしろ。お前一人で作るなら材料費だけでいい。誰かに手伝ってもらうならその分の手当はお前が出せ。それでいいならいいぞ。」
「ありがとうございます。」
改良送風具は実家で作れる。だが冷暖房具に関しては一人でやるには術式が多いため、マルシュブルグにいる間に作って、向こうで組み立ててしまおうと考えた。
その話をルシアンから聞いたガレスが弟子の三人に、冷暖房具の基盤部分の製作を手伝うように指示してくれたようだ。
「わざわざ手伝ってくれてありがとうございます。」
「いいよいいよ。師匠の指示だしこういう機会でもないと魔術具の製作になかなか関われないからね。」
「そうですね。いまでも冷暖房具の依頼はありますが、彫り止まりですからね。」
エリックとジェイクは普段の作業とは違うことができるのが嬉しいようだ。
「術式を描かせて貰える機会だ。俺達も助かる。」
二人の言い分にトーマスも同意する。
「でも本当に手当いらないんですか?なんだか申し訳ないような……。」
ガレスからも三人には手当は払わなくていいから、色々やらせてほしいと言われている。それでも遠慮してしまう。
「師匠がいいって言ってるんだ。なら問題ない。」
「じゃあさ、サミュエルが酒を飲めるようになったら俺達に一杯奢ってくれよ。」
「それはいいですね。たぶん私たちより早く独り立ちしそうですからね。」
「すでに俺達より稼いでるみたいだからな。それもいいな。」
三人よりサミュエルの方が稼いでいるのは本当だろう。だがそれでもサミュエルが負い目を感じないようにと提案してくれたようだ。
そうやって三人が手伝ってくれたことで出発までに基盤を完成させることができた。
残りは現地で組み立てるだけとなった。
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出発の当日、サミュエルの他にミシェルとルーカスも一緒に帰郷することとなった。
サミュエルの十歳式に合わせ、ミシェルの帰郷と自身の挨拶も兼ねて同行することになった。
「道中はよろしく頼むよ。」
「お任せください。」
ルーカスは護衛の兵たちに挨拶をした。ルーカスがレオンにお願いして護衛の手配もしてくれたようだ。
傍系とはいえ孫が妻や義弟と遠出するとなれば、辺境伯も護衛を付ける理由が立つ。ルーカスはその立場を利用して手配してくれたのだろう。
「ルーカスさん、わざわざありがとうございます。」
「構わないよ。こういう機会でもないとミシェルも帰郷する機会はないだろうからね。僕もミシェルの祖父母に挨拶へ伺いたかったからね。」
ルーカスにもヴァロンへ行く理由があり、ちょうどいい機会だったという。
片道で約10日、さらに魔物も出るかもしれない街道を行くのだ。
「サムはたくさん積み込んだようだけど、なにを持っていくのかしら?」
「屋敷でも使える魔術具をいくつか。冷暖房具が欲しいと言っていたのでそれも1台積んであります。組み立てるのはあっちでやりますけどね。」
ミシェルはどうやら大きな荷物を他の馬車に積んだことが気になったようだった。
そうこうしているうちに準備は終わり、馬車はゆっくりと走り出した。
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10日後、幸い道中で魔物や盗賊に遭遇することもなく、一行はヴァロンへと到着した。
約2年ぶりの帰郷――記憶の中とほとんど変わらない町並みに、サミュエルはホッとする。
「お帰り、サミュエル。」
「ただいま戻りました。」
「少し見ない間に大きくなったな。」
祖父母であるセドリックとルーシーが嬉しそうに目を細め、出迎えてくれた。
二人は昨年のミシェルの結婚式に参列できなかった。そのため他の家族と違って2年ぶりの再会となった。
「長旅で疲れただろう。まずは休みなさい。」
「ありがとうございます。」
荷物を部屋へ運び終えると、サミュエルは思い出したように声を上げた。
「そうだ。師匠から許可をいただいて、持ってきたものがあるんです。」
そう言うと、馬車から荷物を運び出す。
取り出したのは大きめの基盤、冷暖房具のものだった。
「以前欲しいと言っていた、冷暖房具です。このあと組み立てて取り付けますね。どこにしますか?」
「おお……ありがとうサミュエル……。では応接間に付けよう。家族が一番集まる部屋がいいだろう。」
「わかりました。それで……僕の作業部屋は残ってますか?」
「もちろん。お前が出ていったあとは掃除はしているが、それ以外は当時のままだ。」
その言葉に、胸の奥がじくりと痛んだ。前世では、自分の居場所を残して待ってくれる人など誰一人いなかった。その何気ない気遣いが、今もなおサミュエルの心を締めつける。
「ありがとうございます。今日は荷物を片付けたら、そこで冷暖房具を組み立てます。」
冷暖房具の組み立て自体は難しいものではない。基盤部分はすでに完成しており、残るのは術式同士を繋ぎ、外装へ収めるだけだ。
久しぶりに入る作業部屋は、持ち出した工具以外、あの日のままだった。
「ちゃんと残ってる……。」
壁には昔書いた術式。棚には修理した魔術具。そして苦い思い出が詰まった改良照明具――。この傷だけはまだ消える気がしない。
部屋で感慨にふけっていると、使用人が話しかけてきた。
「坊ちゃま、お久しぶりです。大きくなられましたな……。」
「カーク、久しぶりだね。それにアレンも。」
「お久しぶりです。なんだか立派な顔つきになられましたね。」
二人には家を出るまでずっと世話になった。サミュエルにとっては使用人の中でも特別な存在である。
「さっそくだけど、組み立てるの手伝ってくれないかな?組み立て自体は簡単だけど、大きくて僕一人だとちょっと難しいから……。」
「お任せください。指示をいただければ我々で組み立てます。」
二人の協力もあり、作業は日が暮れる前には終わった。そして冷暖房具を応接間へと運び込み、取り付け作業に入った。
「そんな高いところに取り付けるのか?」
「はい……。よし、これで完成です。」
取り付けた冷暖房具に早速魔力を流す。すると部屋へ穏やかな風が流れ、冷暖房具は問題なく動き始めた。
「おお……これが手紙にあった魔術具か。」
セドリックは感心したように頷き、ルーシーも嬉しそうに部屋を見回した。
「これで夏も冬も少しは楽になると思います。」
家族と久しぶりの夕食を囲み、道中の出来事やマルシュブルグでの生活を語り合う。
そうして約2年ぶりの故郷での一日目は、穏やかに過ぎていった。




