第86話 牙の使い道(9歳)
焚き火の前にサミュエルは一人で座り、今日一日のことを振り返る。
戦闘に関してはすでに指摘されたとおり、急ぐ必要はなかったと気付くべきだった。
もっと地形を活かしてジワジワと相手を削っていくなら敵に組み付いて戦うことにもならなかった。
しかしそれとは別に思うこともある。
単純に敵を倒せるだけの火力が足りていなかった。
自分が使える中で一番威力が高い、アースランスを何度当てても倒れなかった。
そしてなにより、森の中ということで攻撃するチャンスが少なかったのも辛かった。
首元に当てられたのは危険を冒して、相手の風魔法に合わせて撃ったときと、相手が転倒したときぐらいだ。
持久戦に持ち込むにしても、効率よく敵に傷を負わせる手段があれば話は違ったかもしれない。
そのあたりも魔術具で解決できれば、魔術使いでも効率的に魔物を狩れるようになるかもしれないと考えた。
そしてサミュエルは視線を手元に移す。
手には、ショートソードほどの大きさがあるウインドボアの牙が握られていた。
ヘルガからも何に加工するか考えておけと言われたため、頭を捻っていた。
装飾品にすることも考えたが大きさから向かない。それに普段から装飾品を身につけるような生活はしていない。
なにか実用的な使い方ができないか考える。
ウインドボアはこれで木の幹を貫通させていた。あの巨体と速度から繰り出されたからこそできたのだと思った。
だが、それだけではその後の行動を説明できなかった。
貫いた木の幹ごと、横に切り裂く。
あとで確認したら、まるで鋭利な刃物で両断されたような切り口だった。
しかし手元にある牙は、丸みがかっており、鋭利な切り口ができる代物には見えない。
実際、薪を手にとり、牙を薪へ振り下ろしてみたが、乾いた音が響いただけだった。
薪の表面をナイフで削るように滑らせても、もちろん木屑すら生まれない。
ウインドボアとの戦いを思い返す。
木の幹を横一文字に切り裂いたとき以外も、突進で通り過ぎる枝なども切り裂いていた。
そしてそれらの行動の時、必ずやらない行動があった。
風魔法を放つことだ。
あれは風魔法を放たなかったのではなく、『放てなかった』のではないか。
牙で木や枝を切り裂いている間だけ、風魔法による迎撃が一切なかった。
すでに風魔法を放った際、こちらのアースランスを他の風魔法で勢いを落とし迎撃するという行動は取れていなかった。
つまり、牙で対象を切り裂くため、あるいは突進を強化するために風魔法を使っていた。その間は別の風魔法を放てなかったのではないか。サミュエルはそんな仮説を立てた。
魔力で切れ味を生み出していたのではないか。
もしやと思い、魔術具を使う時の要領で牙に魔力を流す。
すると、慣れ親しんだ魔力が通る感覚がした。
もう一度手元の薪に牙を振り下ろす。すると薪はほとんど抵抗もなくするりと両断された。
「なんだこれ……」
熱したナイフでバターを切るように――そんな表現が脳裏をよぎる。それと同時に手に痛みが走る。
牙の表面そのものが刃物のように変わったため、握っていた手の皮膚まで切ってしまったようだ。
リュシエルから貰った傷薬を患部に塗る。明日事情を説明して治療してもらおう。
そうして夜も更けていき、交代の時にはヘルガに傷を見られ、怒られた後、床についた。
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「ということがあったんです。治療してもらえないでしょうか?」
「ウインドボアの牙にそんな効果があったとはな」
サミュエルは昨夜の検証結果をリュシエルと共有する。
リュシエルは牙を手に取り、同じように叩きつけたりするが斬れない。
「確かにこのままではただの打撃武器にしかならない。治療してやるからお前がもう一度魔力を流して実演してみろ」
治癒魔法で治せるのなら、一度の怪我で検証まで済ませた方が合理的だ。リュシエルはそう考え、サミュエルに実演を求めた。
「はあ……まあいいですけど……。いきますよ」
昨夜と同じように魔力を流し、牙で薪を両断する。
「この切り口……たしかにウインドボアが切り裂いたものと相違ないな」
「そうですよね。じゃあ治してください。さすがに痛いです」
リュシエルは詠唱を始め、光の魔術で治癒をする。
「ありがとうございます」
「サミュエルが握った手を傷つけたことからも、牙全体に切れ味を持たせるものだというのはわかる。まさかウインドボアは牙にも魔力を利用する機能が備わっていたとはな……」
「他にもあるんですか?」
「第三の目がそうだ。だからこれを取りに来た。こいつで見たものに対し、風の魔法を放つと言われている。もしかしたら魔力を第三の目で見ているのではないかとも言われているため研究しようと思ったのだ」
リュシエルの説明を聞いたサミュエルは、自身の中で一つの疑問が生まれた。
「ウインドボアって珍しい魔物なんですか?」
「多くはないが珍しいというほどでもない」
「では何故、牙の機能に気づかなかったんですか?リュシエルさんの話だと知られていないか、知っていても一部の人みたいな感じですけど……」
「これは推測だが……用途の問題だろう」
「用途……ですか?」
「第三の目。これはこの魔物特有の器官だと一目でわかる。そしてこの目の視界に入らなければ風の魔法は撃たれない。自然と私のような研究者や魔術師は第三の目に意識がいくだろう。だが牙はどうだ?なにに使う?」
「えーと……飾りとかでしょうか?」
「そうだ。多くは家に飾るためや身につけるための装飾品だ。お前のように武器として使えないか考える者もいる……。だがそういった者は魔術が使えん。魔力を流してみようなどとは考えもしない。だから気づかない」
リュシエルは顎に手をやり、何か思いついたようにサミュエルを見てニヤリと笑う。
「まあ、仮に気づけてたとしても魔術師や魔術使いは使わない。魔術が使えるのにわざわざ接近して刃物や牙を突き立てる馬鹿はいないからだ」
「ぐっ……」
リュシエルの言葉にサミュエルは言葉を詰まらせる。酷い言われようだが事実だから仕方ないと言葉を飲み込んだ。
「言ってしまえば、『現状新しい発見ではあるが、使い道も特にない発見』といったところだな」
「それで、サミュエルはその牙をどうするか思いついたのかい?」
「はい、この牙に魔力を流せる柄を付けて、魔術が使える人が振るう武器にしようかなと。魔力を流した時だけ切れ味が生まれるので、普段は刃物より安全そうかなって」
それにちょうど二本の牙がある。一本は兄のマイケルにプレゼントしようと考えた。マイケルは魔術が使えるのに好んで剣を振るい、前に出る人間だからちょうどいいだろう。
「ならもう少し見栄えのいい形に加工して柄も付けてあげるよ。柄は内側に魔力を流すためだけに魔術インクでも仕込めばちょうどいいんじゃないかい?」
「そうですね。とりあえずはそれでお願いします」
「それじゃあ街へ帰ろうかね」
「はい」
初討伐で得たものは、牙だけではない。
自分に足りないものも、自分が進むべき道も見えた。
そのすべてを胸に、サミュエルはマルシュブルグへの帰路についた。




