第85話 初めての討伐(9歳)
このままでは決定打にならない。
相手の突進に合わせてカウンター気味にアースランスでもいいかもしれないが、正面になる第三の目を潰してしまいかねない。
ウインドボアは転倒から立ち上がる。
出血が増えており、動きは鈍い。だが闘志は失われていないようだった。
再び風魔法をサミュエルに向けて放ち続ける。
サミュエルはウインドボアを中心に円を描くように移動し、避け続ける。ここで攻撃してしまえば、相手はまた距離を取り直すだけだ。
そして、ちょうどいい大木が背中にきた時、敢えて木の裏に隠れ視線を切った。
ウインドボアは風魔法を使うことをやめ、突進の体勢に入る。
姿が見えなくなれば、さっきのように転ばされることはないと判断したのだろう。
木陰に隠れた獲物ごと貫こうと、勢いよく地面を蹴る。
最初の突進と同じように、矢のように放たれた巨躯。
しかし、足元の悪さと、消耗から当初の勢いはない。
木に大きな衝撃が走る。だが牙は幹を完全に貫けてはいなかった。
牙が幹に突き刺さった瞬間、木の影から飛び出し、上空へ舞い上がる。
木に縫い留められたウインドボアの背へ飛び乗ると、すでにアースランスで裂けた首元の傷へ、短剣を根元まで突き刺した。
「pgyyyyyyyyy!」
当然、ウインドボアの身体は暴れようとするが、首から先が木に固定されてしまっている。
最初のように牙で木を切り裂こうと首を振る。
だが、首元に受けたアースランスの傷がそれを許さない。牙は幹に食い込んだまま、わずかに軋むだけだった。
短剣の柄を左手で掴んだまま、サミュエルは右手でウインドボアの鼻先に手を向ける。
使うのは使い慣れた、初級魔術。だが今回は特別だ。範囲は広めに、さらに維持を長くする。
「水の精霊よ、我が魔力を糧に潤いを与え、形を留め給え。クリエイトウォーター」
詠唱が終わるとウインドボアの顔全体を水の塊が包む。
突然呼吸ができなくなったウインドボアがさらに暴れ始める。
サミュエルは魔術を維持するため、両足でウインドボアの身体をしっかり挟み、左手で柄を握り続けた。
陸地で溺れるという異常事態に混乱したウインドボアは、牙を引き抜くことも、木を切り裂くこともできず、身体の上にある異物を排除しようと必死に暴れ続ける。
そして暴れるほど呼吸は苦しくなり、やがて巨体はぴくりとも動かなくなった。
牙を木に突き刺したまま、脱力したウインドボア。
息を吹き返さないようにサミュエルはこのまま背に乗ったまま、クリエイトウォーターを維持し続けていると、ヘルガとリュシエルが近づいてきた。
「ハハハ、おめでとう。凄い戦い方したね」
「まさかこんな早く終わるとはな。そいつはもう死んでいる。降りていいぞ」
「でも、もしかしたら息を吹き返すかも……」
リュシエルは「ふぅ」とため息をつくと、詠唱を始める。詠唱が終わると風の上級魔術、ゲイルエッジでウインドボアの首を一刀両断にした。
「これで安心したか?」
「は、はい」
「まあ倒しても油断しないのはいいことだよ。魔物は生命力が強いからね。案外倒したと思って油断したらやられたって人も珍しくないからね」
リュシエルはサミュエルに近づくと、再び詠唱を開始する。
上級の光魔術によって、所々できた擦り傷や切り傷が治療された。
「ありがとうございます。でも、魔力は大丈夫なんですか?」
「帰ることも考えたら傷だらけで帰るリスクは高い。それに目標は仕留めたのだ。無理に温存する必要もない」
理由はつけているが、もしかしたらリュシエルなりの優しさなのかもしれないとサミュエルは思った。
「聞きたいことがあるが……まずは解体だ。頭を傷つけなかったことは褒めてやる。言いつけ通り、火の魔術を使わず、さらに第三の目を傷つけていない。目標達成だ」
「ありがとうございます」
「私が欲しいのは目だけだ。他の素材は好きにしろ」
サミュエルはほっと胸をなで下ろした。
「こいつは立派な牙だからね。サミュエル。あんたにこいつで初討伐の記念品作ってあげるよ。帰るまでになにがいいか考えておきな」
今回は毛皮と二本の牙、そして目玉と魔石を持ち帰ることにした。
肉は食用にできるため、こちらもヘルガのオススメの部位だけ切り出して持ち帰ることにした。
昨日と同じ野営地点にまで戻ってくると、野営の準備を始める。
せっかくだからと、ヘルガが先程仕留めたウインドボアの肉を調理してくれた。
「うわぁ……これ、昨日の猪より美味しくないですか?」
単純に旨味が強い。いや、それだけではない。コクというか、深みというか……上手く言葉にはできないが、昨日の猪とは明らかに違う。
「魔物食材の特徴だね。特にこいつみたいに普通の獣と似た魔物だと、その違いがわかりやすいんだ。魔物肉ならではの美味しさがあるんだよ」
「不思議ですね」
「だから一部の魔物食材は高級品だよ。美食家のお貴族様は魔物食にハマってしまうなんてことも珍しくないみたいだしね」
食事が終わり、反省会となった。
「さて、まずは討伐をよくやったと褒めておこう」
「あ、ありがとうございます」
「その上で聞きたい、なぜあんな危険な戦い方をした」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。わざわざ接近して相手に飛び乗る。魔術師がやる戦い方ではない」
たしかにリスクのある行動だったことは自覚している。だがサミュエルも意味無くあの行動を取ったわけではなかった。
「それは……相手に致命傷が与えられなかったからです。お二人は僕なら勝てると言ってくれましたが、アースランスだけじゃ全然倒せる気がしないからああせざるを得ませんでした」
「たしかに思った以上に頑丈だったね。でも傷ついてたし、出血もしていた。それに動きも鈍っていたのになんであんなことしたんだい?」
「それだけだったからです」
「何を言っているんだい?十分だろ?」
「ああ、そういうことか」
サミュエルの言っていることにヘルガは理解できないという様子であり、リュシエルは納得したようだった。
「考え方の違いだ。お前や私ならあのままじわじわと削って動けなくなってからトドメをさせばいいと思っていた。だがサミュエルは違う。致命傷を与えられないなら、多少危険でも確実に息の根を止めるべきだと考えたのだろう」
ヘルガはリュシエルの言葉に納得したが、サミュエルに注意をすることにした。
「サミュエル。今回の目的はなんだい?」
「えっと……ウインドボアを討伐することです」
「少し違うね。ウインドボアから目的の素材を手にいれることだ。そしてあんたは必要な素材を傷つけることなく、倒した。そこは目的達成できた。だけど早く倒すことでも鮮やかに倒すことでもない。あんたが無事に倒すことが大事なんだ。やられる可能性は少しでも無くさなきゃいけなかった。だからもっと長期戦になると思って見ていたから驚いたよ」
「そこは我々の落ち度だな。まさか普段慎重なこいつが、あれほど早期決着にこだわるとは思わなかった。我々もお前との認識を擦り合わせておくべきだった」
つまり二人は、今のサミュエルなら時間をかければ危なげなく倒せると考えていた。だが短時間で勝つにはまだまだで、そんな選択をするとは思っていなかったようだ。
「無駄に危険を冒したことは反省しろ。だがその結果いい部分もあったぞ」
「なんでしょうか?」
「素材の鮮度がいい。やはり長く苦しませると素材の質が落ちるからな。それに戦闘が長引けば、他の魔物や危険な獣を呼び寄せる危険も増える」
「安全に勝てるなら、それが一番だよ」
「さて、説教はここまでだ。夜番の順番を決めるぞ」
「サミュエルは昨日と同じで一番最初だね」
「わかりました」
焚き火の火が揺れ、森はゆっくりと夜の静けさに包まれていった。




