第84話 初めての戦闘(9歳)
サミュエルは焚き火の前に座って、考え事をしていた。
ただし、周囲を警戒しなければならないため、思考に没頭するわけにはいかない。
今日一日だけでも、色々なことを考えさせられた。
荷物は重く、肩紐は肩に食い込んで痛い。河原が近かったから石はすぐに集まったが、竈を作るだけでも時間がかかる。休むための天幕も、組み立てるだけで一苦労だった。
そして火の近くならまだいいが、少し離れるだけで虫が寄ってくる。
そして何より、この夜番の時間が勿体ない。
誰か一人が起きていなければならないせいで、全員が十分に休むことができない。
(この辺りを改善できれば遠征は肉体的にも、精神的にも楽になる。そうすれば難しい任務の成功率も上げられるようになる?)
とはいえ、魔物との戦闘そのものを楽にする方法はまだ思いつかない。
運搬が楽になる魔術具。
野営設備を素早く作れる魔術具。
虫除けの魔術具。
夜番が不要になる魔術具。
今思いつきそうなのはこの辺りだろうか。
(昔読んでた小説によくあった、アイテムボックスとかそういうのがあれば楽なんだろうけどなあ。)
見た目からは想像もつかないほど大量の荷物が入る袋や箱。さらに重さもほぼ無くなる。もし本当にそんな魔術具があるなら、商人も冒険者も軍隊も欲しがるはずだ。
とても自分に手が届く代物ではないだろう。
……いや、容量はともかく、重さだけならどうだろう。
重力軽減の術式を王都の本屋で見つけた本で見た記憶がある。虫除けや魔物避けの術式も載っていたはずだ。
あれを荷物に応用できれば、運搬はずっと楽になるかもしれない。
(でも使われていないってことは、何らかの落とし穴がありそうだな。帰ったら確認してみよう。)
虫除けや魔物避けの術式も、魔術具に応用できないか調べてみる価値はありそうだ。そう心の中のメモに書き留めた。
考えをまとめていると、ヘルガが起きてきた。どうやら夜番の交代のようだ。
何もなかったことを伝え、サミュエルは天幕の中に入り、寝ることにした。
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朝、リュシエルに起こされる。
寝心地が悪かったのか、全身がこわばっており、疲れも抜けきっていない感覚があった。
野営の片付けをし、水を補充、浄水をし、荷物を背負う。
「っつう……!」
肩に痛みが走る。
昨日一日、背負い袋を背負って歩いたせいで、肩紐が擦れたらしい。
その様子を見たヘルガが声を掛ける。
「どうしたんだい?」
「いえ、肩紐で擦れて痛めたようです」
「ああ、最初は誰もが経験するね。まあ慣れるしかないね」
「こいつでも塗っておけ。エルフの間でよく使われる傷薬だ。大抵の切り傷や擦り傷ならすぐ直る。まだ余分はあるからそれはお前が持っておけ」
そういってリュシエルが塗り薬を差し出し、ヘルガは緩衝材となる布を渡してきた。
「ありがとうございます……。でも、ここまで用意してあるなんて、準備がいいんですね」
「ヘルガも言っただろう?最初は誰もが経験すると」
どうやら、こうなることも予想済みだったらしい。なら始めから忠告して防がせてほしかったとサミュエルは思う。
「痛くなければこの辛さがわからんだろ?それに傷薬ぐらい、遠征なら誰でも持ち歩く」
どうやらサミュエルの考えも見透かされていたようだ。
「あれ?でもリュシエルさんって光魔術使えるんですよね?それで治療してくれても……」
「魔術を使わねば治せんような怪我なら使う」
魔力の温存も兼ねており、これぐらいなら我慢しろということなのだろう。
「じゃあ手当てができたら行くよ」
そうして目的地に向かい、野営地を後にした。
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「魔物……出ませんね」
警戒はしているが、ここまで昨日の猪ぐらいしか見ていない。ヴァロン周辺ではあれだけ見つけた魔物もまったく見ない。
「この辺りに魔物領域は発見されていない。だから魔物自体は少ないのだろう」
「でも目的の魔物はこの辺りで見たんですよね?」
「そうだ。だから正確には、発見されていない極小規模な魔物領域があるかもしれない。今回の目撃情報も、そこから出てきた個体なのかもしれん」
「それ……大丈夫なんですか?」
魔物領域があるかどうかすら把握できていないことに疑問を呈する。
「危険はある。だが優先して対処するほどではない。発見されない程度の魔物領域であれば脅威になりにくい。そして発見されていないということは人類の活動領域に影響がほとんどないということだ」
「でも今回みたいに溢れてくるんですよね?危なくないんですか?」
「危ないかどうかで言えば危ない。だがどこにあるかもわからない領域を探し、壊滅させる労力に見合っていない。将来的にこの辺りが開拓されればありえるが、今はその時ではない」
「……いた!見つけたよ」
ヘルガが目標を見つけたことを、二人に伝える。
「情報通りだな……だが通常のウインドボアより少し大きいな」
それは体毛が緑がかった巨大な猪だった。
大きさは昨日リュシエルが仕留めた猪の倍近く。苔むした木々に溶け込むような体毛は保護色なのだろう。
そして何より異様なのは、額にもう一つ備わった第三の瞳だった。
「私の目的はあの中央の瞳だ。そこだけは絶対に潰すな」
「はい」
「ではサミュエル。お前一人でやれ」
「は……え?」
一人で……あのでかい猪を?
「どうした?なにを呆けている。さっさと準備をしろ」
「あの……あれを一人は無理では……それに僕初めての魔物との戦いですし……」
「ここまでゴブリンなどが出なかったのは残念だったな。今回が初めてになっただけだ」
「まあ無茶苦茶言っているようだけど、私たちも危なくなったら助けるから安心しな。それに私たちの見立てなら今のサミュエルなら問題なく勝てる相手だよ」
どうやらあのでかい猪は問題なく倒せると思っているらしい。
「緊張から実力が上手く発揮できないということはあるからな。その点を踏まえていつでも手助け出来るようにはしておいてやる。命に関わる前には助ける。だが痛い目を見るくらいは覚悟しておけ」
つまり、命に関わらない限りは手を出さないということだろう。
「できれば痛い目を見る前に助けてほしいのですが……」
「なら助けられる前に倒せ。そうすれば痛い目を見ることはない」
サミュエルはこれ以上なにを言っても無駄だと悟り、覚悟を決める。
ヘルガも「自分ならできる」と言うだけで、リュシエルの方針に口を挟まない。つまり、本当に勝てると判断しているのだろう。
「わかりました。でも注意することだけ教えてください」
せめてこれから戦う相手の特徴だけは聞いておきたかった。
その慎重さにリュシエルは感心し、口角を上げる。
「注意することは二つだ」
リュシエルは指を二本立てた。
「一つ。真正面に立つな。突進と牙が一番危険だ」
突進を警戒するのは、普通の猪と変わらない。
「二つ。あれの風の魔法に気をつけろ。目に見えない魔法ゆえ、回避が難しいから上手く物陰を利用するか動き続けろ」
魔法は詠唱を必要としない。それが目に見えない攻撃としてやってくる。
「あとは戦って覚えろ。お前は魔術師でもあるということを忘れるな。それと火の魔術はなるべく使うな」
「なぜですか?」
「森だからだ。森林火災の原因にはしたくない。だが命を守るためなら多少は許す」
「わかりました」
サミュエルは覚悟を決めて、ウインドボアに近づいていく。
向こうもこちらの存在に気づいたようだが、距離があるため警戒し、動きを止めただけだ。
「土の精霊よ、我が魔力を糧に大地の力を束ね、鋭き岩槍となりて敵を貫き給え。アースランス」
中級魔術のアースランスで先制をしかける。
岩で出来た槍で相手を貫く魔術だ。単純だが質量と速度があるため純粋に強い。
しかし、ウインドボアに当たる直前、アースランスは突如勢いを失い、突き出された巨大な牙に弾かれて砕け散った。
そしてこちらを睨みつけた次の瞬間、ウインドボアの正面の空気が歪むのを感じた。
「まずい!」
サミュエルはすぐにその場を離れる。直後、サミュエルが居た場所に周囲の草木を巻き込みながら何かが通過する。
走り続けるサミュエルを狙って次々とそれが放たれる。おそらく中級魔術のウインドランスのような、殺傷能力を持つ風を飛ばしてきているのだろう。
だが太い木を貫く威力がないのがわかり、大きめの木の影にサミュエルは隠れた。
そこで一息つき、相手の様子を伺う。
するとウインドボアは力を貯めるように身をかがめた瞬間、放たれた矢のように一直線に突進をしかけてきた。
「やば!」
すぐに木の影から飛び出し、ウインドボアはサミュエルがいた木に突進を当てた。
その巨大な牙は幹を貫通する。もしサミュエルがその場に残っていたら、木の幹ごと串刺しにされていたのは間違いない。
しかしウインドボアは木の幹に身体が固定されているため、チャンスと思い、サミュエルは再びアースランスを放つ。
「pgy!」
ウインドボアの土手っ腹に刺さり、悲鳴を上げる。今度は速度が落ちること無く真っ直ぐ刺さる。おそらく初回は風の魔法で勢いを殺されたと考えた。
だが傷が浅かったのかウインドボアは刺さった牙を振り抜いただけで、木の幹が横一文字に切り裂かれた。
「嘘だろ!なんであの牙で切れるんだよ!」
ウインドボアの牙は刃のように鋭くない。むしろ丸みを帯びている。それなのに木の幹は紙のように切り裂かれていた。
サミュエルは走りながら考える。
自身が使える魔術の中で、最も威力のあるアースランスでも身体に刺しただけでは致命傷にならない。
体躯が大きすぎておそらく内臓が傷つけられていないのだと思う。
だが傷つけられたウインドボアは怒り、再び突進を仕掛けてくる。
牙が周りの木々を切り裂くため、多少の障害物など物ともしない。
「クソ!こっちは木が邪魔で魔術が当てられないっていうのに!!卑怯だろ!」
本当に自分一人で倒せると思われているのだろうか。
だが二人は倒せると言った。なら今の自分でも勝てる方法があるはずだ。
ウインドボアから逃げ続けている内に、周囲には倒木が増え、地面も掘り返され、思うように走れなくなってきた。
それに伴い、ウインドボアはウインドランスのような魔法に切り替えてこちらに攻撃を仕掛けてきた。
風魔法を放った直後は、迎撃に魔法を使えないと思い、相手の魔法に合わせてアースランスを放つ。胴体では致命傷にならないと判断し、狙うは首元。
代償として僅かに相手の風魔法がサミュエルを掠め、傷を付ける。
狙い通り、初回のように勢いは殺されず、首元にアースランスが突き刺さる。
「ppggggy!」
今回は傷を深く負わせることができたが、やはり致命傷には至っていない。
再び突進の構えを見せたため、サミュエルは別の魔術を使うことにした。
突進してきたウインドボアがサミュエルの前方で大きく転倒する。
突進をしてくる前に、前方の掘り返された地面をクリエイトウォーターで広い範囲にわたってぬかるませておいた。
それに足を囚われ、滑らせたためだ。
サミュエルはすかさず、首元にアースランスを放つ。
ウインドボアの出血は増え、動きも鈍くなってきている。だが、致命傷には至らない。
少し危険だが、サミュエルは一つの賭けに出ることを決めた。




