第82話 魔物の生態(9歳)
ミシェルの結婚式も無事終わり、ヴァロワール家の三人はミシェルやサミュエルとの別れを惜しみつつ、ヴァロンへと帰っていった。
サミュエルは家族と再会したことで、気になることができたため、おそらく一番詳しそうなリュシエルを訪ねることにした。
「リュシエルさん。今いいですか?」
「かまわん、入れ」
サミュエルが研究室の主から許可をもらい、中に入る。
「今日はなんの用だ?研究の手伝いでもしに来たのか?」
「いえ、魔物のことが知りたくて……、おそらく僕の知ってる人の中だとリュシエルさんが一番詳しいかなと思ったので聞きに来ました」
リュシエルはエルフである。エルフは森にある集落で生まれ、森で育つ。その生活環境から自然と他の種族より魔物と接触する機会が多い。そしてリュシエルは魔術のみならず、『魔』に関する物に対して研究している人物だ。
「それなら私に聞きに来て正解だ。この町で魔物について一番詳しいのは、おそらく私だからな」
やはりリュシエルに相談に来て正解だったとサミュエルは確信する。それに自分の研究分野を聞かれたのが嬉しいのか、対価を要求してこない。
「まず聞きたいのですが、魔物領域とはなんですか?」
「質問に質問で返すが、まずお前は魔物領域についてどこまで知っている?」
「えっと……、文字通り魔物が多く生息している場所であること。入った人ならすぐに魔物領域だとわかるぐらいに空気が違うということ。魔物領域にいる主を倒すとその空気が晴れ、魔物領域ではなくなるということ。ぐらいです」
「そうか。基本的なことは知っているようだな。それではお前は魔物領域に入ったことは?……聞くまでもなかったな」
「はい、ありません」
リュシエルはサミュエルの返答に小さく頷くと話を続けた。
「魔物領域そのものに関してはお前が言ったこと以外のことはわかっていない。というのが現実だ」
「そうなんですね……」
「だが視点を魔物に変えてみればわかってくることがいくつかある。そのうちの一つは、魔物は魔物領域で生まれることがわかっている。そして強い個体ほど魔物領域の奥で縄張りを築くため、力の弱い魔物は縄張りを持てず魔物領域から溢れてしまう」
「だから町の近くで兵士が倒す魔物は弱いのが多いんですね」
「そうだ。言ってしまえば生存競争で負けた落伍者だからな」
サミュエルがしっかり自分の解説を咀嚼できていることに満足し、さらに話を続ける。
「魔物も縄張りを築く理由は、生存本能や繁殖に根ざしている。そこは他の生物と変わらない。ではなぜ、魔物領域でなくてはいけないのか。少なくとも魔物が魔物領域以外で誕生したという報告はない。古い文献では、最高位の魔物たるドラゴンやフェンリルなどは、その限りではないとされている。もっとも、数百年に一度姿を現すかどうかという存在だ。記録も断片的で、真偽は定かではない」
そこでリュシエルは一度言葉を切った。
「少し脱線してしまったが、なぜ魔物領域でなければ繁殖できないのか?という疑問が生まれてくるわけだ。ではサミュエル。我々人類と魔物を比べた時、さらに魔物領域とそれ以外を比べた時、決定的な違いは何だと思う?」
「ええっと……。魔物は魔法が使えて、魔石があって、人類に対して攻撃的。魔物領域は……空気が違う?」
「そうだ。ここからは以前、お前とも話した仮説になるが、私は魔石は魔力を内包していると考えている。そして魔物領域独特の、人類が本能でわかる空気。仮説に仮説を重ねてしまうが、これは大気中にも魔力があり、それが濃いのではないかと私は考えている」
大気中に魔力……そんなものが存在していたとして、一体誰がそれを観測できるというのだろうか。リュシエル自身も、状況証拠から導き出した仮説にすぎないと理解していた。
「えっと……じゃあなんで魔物領域があるんですか?あと主を倒すと晴れる理由は……」
「それも先に言った通りわかっていない。あくまで過去の例からそうなったという事実があるだけだ。それに晴れると言ってもすぐ消えるわけではない。少しずつ空気が変わっていくと言われている」
リュシエルはそこでふと思案に耽る。
「これもあくまで私の仮説だが、主というのは先程も言ったように魔物領域でも強い魔物だ。魔力も他の魔物より遥かに多い。さらに、その周囲には数多くの魔物が集まっている。そうした魔物たちが持つ魔力が積み重なり、魔物領域特有の空気を生み出しているのではないかと私は考えている」
仮説ばかりだなと、リュシエルは少し自虐気味に呟く。
「だから主を倒せば、その群れもいずれ散り散りになる。結果として魔力濃度も少しずつ下がり、魔物領域ではなくなっていく……そう考えれば辻褄は合う」
ここまではいいか?とサミュエルに確認をとると、サミュエルは軽く頷いた。
「とまあ、後半は推測ばかりではあったし、そもそも魔物や魔物領域はまだまだわからないことが多いということだ。だが私は状況証拠からこの推測は大きく外れてはいないと思っている。それで、なぜ急にそんなことを知りたくなった?」
「えっと……、兄が将来魔物領域を開拓したいと話していたので……。あ、僕の故郷は近くに魔物領域がありまして、そこを開拓するのなら、なにか役立てないかなと」
「お前の故郷はたしか……ここから南西の辺境だったな。となるとたしかに魔物領域が近いな」
「知っているんですか?」
「ああ、私の故郷はここから南東の森だ。そこから南の山向こうがお前の言っている魔物領域と同じだ。そこから溢れた魔物が山を越えて来ることがあった。そうか……」
リュシエルは故郷を思い出しているのか、感慨深い表情をする。
「あんな辛気臭い村がどうなろうと、私の知ったことではない。と言いたいが腐っても故郷だ。魔物領域を開拓するための手伝いをするというのなら私も幾許か協力しよう」
「いいんですか?でもどういう形がいいんでしょうか?」
「お前の仕事はなんだ」
「えっと……魔術技師です……見習いですけど……」
「そうだ。なら魔術具で協力してやれ。それとお前は立場こそ見習いだが、世の凡骨な技師どもより、すでに成果を出していることを自覚しろ」
「え?あ、ありがとうございます……?」
もしかしていま褒められた?とサミュエルは考えた。
「その魔術具作りにも私も協力してやるということだ。感謝しろ」
「は、はい。ありがとうございます」
とりあえずお礼の言葉を伝える。そしてどんな魔術具がいいか考えるが……思いつかない。
「えっと……どんな魔術具がいいんでしょうか?」
「私が知るか。それを考えるのがお前たち魔術技師の仕事だ。しかしそうだな……、お前はなぜ思いつかないと思う?」
「え?」
「それはお前が魔物討伐を知らないからだ」
「え?でも僕は以前魔石を取りに付いて行ったことがありますよ?」
「お前の年齢だとおそらく、本当に付いて行っただけで倒してはいないだろ?あとどうせ日帰りだっただろ」
「うっ……」
サミュエルは図星を突かれ、言葉を詰まらせた。
「それを責めているわけではない。だが経験をしていないのなら経験をすればいい。ちょうど近日中、魔石や素材を取るために魔物討伐に行くつもりだった。お前も来い。喜べ、魔物を討伐させてやる」
思いもよらない提案に、サミュエルは一瞬言葉を失った。
急遽、サミュエルは数日に及ぶ魔物討伐へ同行することとなった。




