第81話 姉の結婚式(9歳)
結婚式の参列者たちは教会に入り、花嫁と花婿の入場を待つこととなった。
そして、新郎が先に入場し、司祭の前で待機していると、花嫁がエドワードにエスコートされ入場をしてきた。
(お姉様、本当に綺麗だな……。)
前世では自身はもちろん、誰かの結婚式に招かれたことすらなかった。だからこそ、初めて見る花嫁姿がお姉様でよかったと心から思う。
エドワードはミシェルの手をルーカスへと託す。
二人は並んで司祭の前へ進んだ。
司祭による口上の最後に聞き慣れない言葉があった。
「汝ら、それぞれの神に誓うか?」
「風の神、ヴィルフィ様に誓います」
「光の神、ルミナス様に誓います」
二人はそれぞれが信仰する神の名に誓う。
宣誓を確認した司祭は二人の誓いを承認した。
そして二人は口づけを交わし、参列者から祝福の拍手が沸き起こった。
こうして二人は夫婦となった。
「お幸せに……お姉様……」
サミュエルの口からは自然とそんな言葉がこぼれた。
結婚式を終えた一同は、そのまま辺境伯家の屋敷へ向かう。
これから婚礼の宴が開かれるのだ。
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辺境伯家での大広間にはすでに宴の準備が終わっており、各々が席につく。
するとエレノアは席に座らず、サミュエルに近づいてきた。
「貴方のお姉さん、綺麗だったわね!私もあんな結婚式を上げたいわ!」
やはりエレノアも女の子であり、花嫁姿に憧れがあるようだった。
「エレノア様は王子と結婚するのでもっと華やかですよ。きっと」
「そうね!」
「それまでにはちゃんとお淑やかになっていてくださいね」
「ふふっ、その時には立派な淑女になっていますわ」
サミュエルの願いに、エレノアは口元を優雅に隠して微笑んだ。
その立ち居振る舞いだけを見れば、誰もが理想の淑女だと思うだろう。
その姿を見ていたエドワードやマイケルは、先ほどまでとは別人のような振る舞いに思わず呆気に取られていた。
「あっ、お料理が運ばれてきたわ!」
次の瞬間には、エレノアは笑顔で料理の方へ駆けていった。
「貴族のご令嬢って……凄いのね……」
レベッカがついそんなことを口にしてしまった。
「ところでお父様、先程の式で一つ不思議だったのですが、いいですか?」
「なにが気になったんだい?」
「最後にそれぞれの神に誓っていました。以前神の名に誓ってそれを破ったら神罰が降るとも教わったのですが、大丈夫なのでしょうか?」
だからこそ、神に誓うという行為が重く、おいそれと口にはしない。そして誓った場合は大きく信用される行為とされている。
「あー、そうだな。この場合は少し複雑なんだが……」
エドワードは言葉に悩む。不義不貞、密通、離婚など生々しい話を子どもにするのが躊躇われたためだ。
「結婚の誓いというのはね、『相手を裏切りません』という約束でもあるんだ。だから、自分勝手な理由で相手を裏切れば神罰が下る」
エドワードはそこまで話すと、一度言葉を切った。子どもにどこまで話すべきか、少し考えているようだった。
「もちろん、どうしても夫婦を続けられない事情もある」
サミュエルは黙って続きを待つ。
「そのような時は教会へ申し出て、神官の立ち会いのもとで誓いを解く儀式を行うんだ。神に『この誓いはここで終わります』と認めてもらうことになる。だから神罰は下らないんだ」
なるほど、よく出来たシステムだなとサミュエルは内心で感心した。
エドワードはそんなサミュエルを見て、ふと思い出したように口を開く。
「それでサムは来年十歳式だが……信仰する神は決めたのか?」
「いえ……まだです。しっかり調べられていなくて……」
「あとで変えてもいいんだ。迷ったら光の神ルミナス様を信仰すればいいぞ。でも魔術技師なら地の神テーラー様もいいな」
「そうですね。毎朝、地の神テーラー様に祈りを捧げています。お兄様はどの神を信仰しているんですか?」
「俺か?俺は火の神イグナス様だな。戦の神とも言われているから魔物討伐や魔物領域開拓にはうってつけだと思ってさ」
そんな話をしていると、花嫁と花婿が入場し、中央の席へとついた。
そして主催者であり、この場の最高位であるレオンが祝辞を述べる。
続いてエドワードやルーカスの父であるオスカーがお礼の挨拶を述べ、乾杯となった。
各々が食事を楽しみ、談笑をしていると、マイケルがふとこの場の空気に疑問を覚えた。
「なんかこの部屋……涼しいな。これだけ人がいたらもっと暑くなるはずなのに」
夏が終わったとはいえ、まだまだ暑い日がある。さらには人が集まり皆礼服に身を包んでいるのにも関わらず、汗をかくこともない気温にマイケルが不思議に思った。
「それは前に手紙にも書いた冷暖房具のおかげですね。えーと……ほらあそこ。あの天井近くの壁にある魔術具がそうです」
「夏は涼しく、冬は暖かいというやつか。いまいちわかんなかったけどこういうことか……。うちにも欲しいな」
「……高いですよ?」
「サミュエルなら作れるんじゃないのか?」
「作れますけど、あれは工房の商品です。勝手には作れませんし、一人で作るには手間もかかります」
「そういうものか。なら稼いで買えばいいな」
まあ、自分たちで使う分なら工房の人たちは何も言わないだろうが、しばらく冷暖房具作りから離れたいという気持ちがあり、作るのを拒否させてもらった。
「最近はお前のおかげで収穫量が増えているって農家の人たちが喜んでたぞ」
堆肥作りは順調に成果をあげているようだ。
「ただ、魔物の出没も以前より増えてきていてなあ……。堆肥を作るための素材には困らないけど、衛兵のみんなも忙しそうにしているし、魔物が町の近くに出るからヴァロンの人たちも少し心配してるんだ」
自身が知らないうちに、故郷では新しい問題が起きていた。
収穫量は増えた。その一方で魔物も増えてしまったのだ。
今の自分になにかできることはないだろうか。
そう考えたものの、見習いの自分にできることは思いつかなかった。
サミュエルが少し考え込んでいるのに気づいたのか、マイケルが苦笑しながら声を掛ける。
「まあこんなこと言ったけど、サムは心配しなくていいぞ。俺たちが頑張るからさ。お前はここで自分の道を進んでくれ」
それを聞いていたレベッカが口を挟む。
「でも来年は十歳式で一度帰ってくるのよね?嫁いだばかりで悪いけど、ミシェルと一度帰ってきて、みんなでお祝いしましょ。サムを最後に、当分は身内で十歳式は予定されてないのだから」
その何気ない言葉に、胸の奥がじくりと痛んだ。
自分が帰ることを当たり前のように待ち、祝おうとしてくれている。その感情を向けられるたび、前世では決して知らなかった温もりが胸を締め付ける。
「僕はてっきりこっちで十歳式を迎えると思ってました……」
「ルシアンさんとはすでに相談して決めてもらったわ。一生に一度の大事なことだから、故郷でしっかりやってもらってほしいって」
そういえば、師匠は自分の両親と話をすると言っていた。一体なにを話したのか気になって尋ねることにした。
「師匠は……その、なんて言ってましたか?」
「よく頑張っているし、おかげで工房も潤っていると褒めてたわ。だけど……」
レベッカは少しだけ困ったように笑う。
「……これは大きくなってからのお楽しみにしておきましょう」
「ええ……教えてくださいよ」
「そのうちルシアンさんが教えてくれるわ。私からもいつか話してあげるから楽しみにしていなさい」
それ以上聞いても教えてもらえそうになく、サミュエルは諦めることにした。
すると、エドワードがサミュエルたちを手招きしていることに気づいた。
どうやら、花嫁と花婿に挨拶をする順番がきたようだ。
三人はミシェルたちのもとへ向かい、順番に祝いの言葉を伝え、サミュエルの番となった。
「お姉様。おめでとうございます。ルーカスさん、これからはお義兄様と呼ばせてもらいますね」
「ありがとう、サム」
「ありがとう、サミュエル。これからもよろしく頼むよ」
こうして姉の晴れの日は、多くの祝福に包まれながら幕を閉じた。




