第80話 温風整髪具(9歳)
翌日、サミュエルはルシアンと一緒に辺境伯家へ呼ばれた。
通された部屋にはレオンの他にエレノアも居た。
しかしいつもと雰囲気が違うような気がした。
「例の魔術具だが、使用人たちに試してもらった」
「結果はどうでしたか?」
「……直接使用者に感想を話してもらおう」
若干の間と言い方から、一瞬「すわ!クレームか?」と思ったがどうやら違うようだ。
「すごかったわ! あんなに早く髪が乾くなんて思わなかったわ!あと、なんだかいつもより髪がまとまった気がするの!」
どうやらエレノアが使用者代表でここに呼ばれたようだった。
「使用人たちも『便利です』って言ってたわ!これって前に馬車で話していた魔術具でしょう?」
「あの……レオン様……」
「言いたいことはわかっている……。使用人が使っているのを見て、エレノアが勝手に試してしまったのだ」
レオンは呆れたようにため息をつく。
「だからこそ、事前に安全確認を終えていてくれたことには感謝している。エレノアからも感謝したいということで同席をさせた」
「そういうことだったんですね……」
渋面を浮かべるレオンを尻目に、エレノアは満面の笑みを浮かべていた。本人は使用感を伝えるという大役を果たしたつもりなのだろう。
「それで……この魔術具は……」
「ああ、正式に製作を依頼しよう。あと名前を片手型送風具じゃわかりにくい。名前を決めてくれ」
ヘアドライヤー……と言うわけにもいかない。ならこっちの言葉に言い換える必要がある。
「えっと……温風整髪具なんてどうでしょうか?」
「わかりやすいな。では温風整髪具の生産を依頼しよう」
新たな依頼で再び工房が忙しくなりそうだ。しかし冷暖房具と違って、そこまで大変な魔術具ではないためそれほど時間はかからないだろうと予測された。
「あとよかったら1台完成するまでは試作品は借りても良いか?エレノアが気に入ってしまってな……」
レオンが家臣に対して申し訳なさそうに、申し出をしてきた。命令すればいい立場なのに許可を求めるあたりがレオンの人柄がよく出ていた。
それに対する返答はルシアンが答える。
「大丈夫です。すでに設計図もすべて揃っているためあとは製品用の外装を作るだけですので。問題ありません」
「ではとりあえずは試験に手伝った見返り分を1台先に作ってくれ、残りの生産台数は決まり次第、正式な依頼書を後ほど従者に工房に届けさせよう」
「サミュエル、ありがとうね!私のためになるって言ってたのは嘘じゃなかったのね!」
そういえば、そんなことを馬車の中で話したことがあったなと、サミュエルは思い返した。
喜んでもらえたのなら、この魔術具を作った甲斐があった。
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それから数日後、姉の結婚式当日。前日の雨はすっかり上がり、空には青空が広がっていた。もっとも、雨上がりの湿気だけはまだ残っていた。
「少し蒸し暑いけど……夏じゃなくてよかったですね……」
「そうだな。夏場に礼服はなるべく着たくはないからな」
サミュエルが父とそんな会話をしていると、新婦側の控室からどこか慌ただしい声が聞こえてきた。
「エレノア様!お待ちください!」
結婚式に参列するエレノアがドレス姿で新婦の控室から飛び出して行き、使用人がエレノアを呼び止めるが彼女の耳には届いていなかった。
少し前に新婦の姿をひと目見たいと言って入っていったのをサミュエルは覚えていたがなにかあったのだろうか?
なお男性陣は入るわけにはいかず、控室には女性しかいない。
「どうかされたんですか?」
エドワードが使用人になにがあったのかを尋ねると、使用人が応えてくれた。
「エレノア様がミシェル様のお姿を見て、綺麗だと褒めてくださり、談笑をしていたのですが、まだ準備が仕上がっていないことをお伝えすると、なにやら急に思いついたように飛び出していってしまい……」
使用人は少し言い淀みながら事情を説明した。
花嫁の身支度に関することだ。男性である彼らに詳しく話すのは憚られたのだろう。
使用人も何が起きたのかわからないようで、困惑した表情を浮かべていた。
しばらくするとエレノアが走って戻ってきた。その手には見覚えがあるものが握られていた。
エレノアは脇目も振らず新婦の控室へ駆け込んだ。直後、控室の中が再び慌ただしくなった。
その一部始終を見ていたマイケルがサミュエルに尋ねる。
「なあ、サム。あのエレノア様って辺境伯様のご令嬢……なんだよな?」
「はい、間違いないです」
「いつもああなのか?」
「はい。思い立ったらすぐ行動する方なので……」
サミュエルがマイケルの感想を肯定した。しかしフォローも入れることを忘れなかった。
「でも礼儀作法はちゃんとされていますし、場面によってはきちんと振る舞われます」
「この前お前がルーカスさんにエレノア様のことをああ言ってたのがわかった気がした」
おそらく先日の歓談でサミュエルが、「エレノア様の性格をご存知ですよね」と言ったことなのだろう。
それから少しすると、エレノアが先程持っていた物を持って控室から出てきた。
そこには仕事をやり遂げ、満足そうな顔の少女がいた。
「それって……やっぱり……。温風整髪具じゃないですか。どうしてそれを持ってきたんですか?」
サミュエルの見間違えではなかった。それは先日開発が成功した物の試作品。製品版はルシアン工房で鋭意制作中である。
「サミュエル!これ、貴方のお姉様の役に立ったのよ!喜ぶと良いわ!」
「すみません、一から説明してもらえないですか?」
「昨日雨が降ってたでしょ?だからミシェルさんの髪がうまく纏まらなくて困っていたの!そこで私は閃いたのよ!これを使えばいいんだって!」
女性であり、普段から温風整髪具を使っている人間ならではの思いつきだった。
そして思いついたらすぐに行動へ移す。それがエレノアという少女だった。
「そうだったんですね……それで上手くいったんですか?」
「そうよ!綺麗にまとまったわ!使用人たちも『いつもより仕上がりが綺麗です』って驚いていたもの!」
「それは……ありがとうございました。でもどうしてエレノア様が飛び出して行ったんですか?使用人に任せてもよかったんじゃ……」
「そのほうが早いじゃない! それに使い方を知っているのは私なんだから!」
なにを当たり前のことを?と言わんばかりの態度でエレノアは胸を張る。
「それはそれとして……辺境伯様には、このことを伝えておきますね」
「なんでよ! ちゃんと役に立ったでしょう!」
あとでレオンは、褒めるべきか叱るべきか頭を抱えるのであった。




